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ドレッドノート  作者: 岩裂根裂
第4章・蒼紅邂逅
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第39話・すれ違う心

 「よし、避難は無事完了だな!」


 「なんとかなったな……怪我人が出なくてよかった」


 「ふーっ、あんなに声を張り上げたのは久々だぜ」


 蒼吾、ガイ、ジークの三人は、他の大会参加者達と協力し、会場の観客達を無事誘導することができた。

 その3人の元へ、一人の男性が近づいてくることに気づくと、ジークが気さくに声をかける。


 「ようレーさん。避難した連中はもう落ち着いたかい?」


 「ええ、なんとか。大会参加者の皆さんが率先して動いてくれたおかげで、大した被害も出ずに済みました。ありがとうございます」


 灰色のスーツを着た糸目の男。名は、レー・リングフィンといった。聞けば彼は、フランシス・カンパニーの社員で、社長から指示を受け、大会の様子を見に来たのだという。

 その糸目からはあまり感情を読み取れないが、蒼吾達に感謝しているのだろう、ということは辛うじて分かった。


 「しかし、フランシス・カンパニーか。ガングレイヴの野郎もこの戦争に参加すんのかい?」


 「ええ、勿論。シーダム大陸の族長となったカムイ・グラムールは、全大陸に攻め込むことを宣言したと聞きます。大陸を守るためにも、今は立たねばならないのです」


 「……そうだよな。余計なこと考えるよりも、今まず、みんなを守らないとな」


 シーダム大陸以外の全ての大陸への侵攻を宣言したカムイ。レスタリカは勿論、蒼吾とガイの故郷シンガジマ大陸や、リーフがいるアリシバン大陸にも、その魔手は伸びるだろう。

 この状況で、自分がガングレイヴに負けたことなど、持ち込めるはずもない。

 大陸に暮らす人達のために、今自分に出来ることをやる。蒼吾は固く決意した。


 「時に。ジーク殿がレスタリカ大陸に暮らしている事は承知済みですが、そちらのお二方……えっと……」


 「俺は高槻 蒼吾。こっちはガイ。気軽に呼んでくれよ、レーさん」


 「おや、あなたが……」


 蒼吾という名を聞いて、レーは何かに気づいたように、片方の目だけをうっすらと開く。

 自分がどうかしたか、と蒼吾は尋ねるが、レーは首を振り「なんでもありません」と返した。

 

 「話を戻しましょう。あなた方は、レスタリカ大陸の人間ではありませんね?」


 「ああ。俺と蒼吾は、シンガジマ大陸から来た」


 それなら話が早い、とレーは掌を拳で叩いて、一つの紙を取り出した。

 そこには、レスタリカ大陸からの使者となってシンガジマ大陸の者達に、これから起こる戦争のことを伝えろ、といった内容が書かれていた。


 「あなた方にもついて来ていただきたいのです。お恥ずかしいことに私は、シンガジマへ赴くのは初めてでして……大陸の人と話せる人が欲しかったのです」


 「なるほどな……分かった。ついて行こう。いいか、蒼吾?」


 「おう! みんなに早いとこ伝えないとな!」


 「ありがとうございます。では、こちらへ」


 レーが手招きする方へ、蒼吾とガイは歩き出す。

 ジークはすでに家族の所に行く、と言い残して去っていった。


 出口に差し掛かったところで、蒼吾の手が何者かに引かれる。

 蒼吾が振り返るとそこには、暗い表情を浮かべるフェイが立っていた。


 「フェイ……?」


 「レーさん、ガイさん……すみませんが、先に行っていてくれませんか?」


 どこか重い雰囲気を漂わせるフェイを見て、ガイは何かを言いかけるが堪え、分かったと答えて歩いていく。

 出口の前には、フェイと、フェイに手を握られた蒼吾の二人が取り残された。


 「フェイ、どうしたんだよ? 俺たちも早く行かないと……」


 「蒼吾さん。蒼吾さんは、戦争に、参加するんですよね?」


 「……うん。レスタリカや、シンガジマのみんなを、守らないと」


 「戦争に行ったら、今度は、傷つくだけじゃ済まないです。蒼吾さんは……死んでしまうかも、しれないんですよ」


 死。

 その単語を聞き、蒼吾はわずかに肩を震わせる。

 しかし蒼吾には、戦争に大しての恐怖という感情が生まれなかった。

 今まで何度か自分を狙う敵や、そうでない敵とも戦ってきた蒼吾には、死という概念を恐れる心がなかった。


 だからこそ。

 ガングレイヴと戦う蒼吾を見てからずっと抱えていたフェイの想いを、蒼吾は察することが出来ない。


 「俺は死ぬのなんか、怖くないぜ」


 「……蒼吾さん……」


 「大丈夫、心配するなよフェイ! カムイなんてやっつけて、みんな守ってやるって!」


 フェイとは対照的に、笑顔で話す蒼吾。

 その笑顔はフェイに、あるものを思い出させる。

 大丈夫だと言い残して、自分の目の前で死んでしまった、両親の姿がフェイの脳裏に浮かぶ。


 両親は、フェイにとっての大切。

 今目の前にいる少年も、すでにフェイにとって大切なものだった。

 自分は大切なものを、一度失っている。

 だからもう失いたくなかった。それなのに蒼吾は、死と隣り合わせの戦場へ行くと言う。


 フェイは、感情を抑えられなかった。


 「……死んでからじゃ、死んでからじゃ遅いんです!! 取り返しなんてつきません、やり直しなんて出来ません、失ったらそれまでです!!」


 「フェイ……!?」


 「戦争は誰かを倒して、誰かに倒されての繰り返しです。戦う以上、その中に蒼吾さんだって入っています! どうして……どうして、分かってくれないんですか……」


 蒼吾は、ここまで感情を爆発させるフェイを見たことがなかった。その理由が自分だと言うことにも気づけずに、ただただ驚いている。

 思いの丈を叫ぶフェイの顔には、涙が伝っていた。


 「ごめんなさい、蒼吾さん。戦争に行って、目の前であなたが死ぬようなことがあったら、私は……。

 ごめんなさい。私はこれ以上……あなたを見守ることができません……」


 「フェイ、待ってくれよ! 俺は……!」


 「ッ……ごめんなさい……!」


 蒼吾を押し退けて走り去るフェイ。

 蒼吾は彼女に手を伸ばすが、その手は届かずに空を切る。

 蒼吾はその場に、立ち尽くすことしかできなかった。

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