第40話・二つの優しさに触れて
走り去っていくフェイの背中を、ただ見守ることしか出来なかった蒼吾。
床にへたりと座り込み、自分の過ちにようやく気づいた蒼吾は、俯いて拳を床に叩きつける。
「俺はなんて……バカなことを……!」
フェイは両親を失っている。今は、姉とも離れ離れになってしまっている。
それらは全て、戦いによって起きてしまったもの。両親の死も、ガングレイヴが、フェイの姉であるフォウを連れて行ってしまったのも。
そして今。フェイが全てを失うきっかけとなった、人と人とが争う場所。それも、大陸を巻き込むほどの戦いに、蒼吾は身を投じようとしていた。
フェイが止めないわけがない。
蒼吾は、自分がこんなにもフェイに想われていることを嬉しく思うと同時に、そのフェイの想いに気づけなかった罪悪感に包まれていた。
何も察せない、愚かな自分に腹が立つ。
謝りたくても、フェイは今目の前にいない。
戦争が始まってしまうのなら、自分はフェイを守らなくてはならないのに。蒼吾は取り返しのつかないことをしてしまったと、ひどく後悔した。
「蒼吾!」
そんな彼の元へ、慌てた様子のガイが駆け寄る。
俯いていた蒼吾はガイを見上げる。今にも泣きそうな表情を見て察したのか、ガイは何も言わずに、微笑みながら手を差し出した。
「ガイ……俺……」
「……似合ってないぞ、その顔は」
差し出された手を取ろうかと迷う蒼吾の手を、ガイが引っ張り上げる。
蒼吾は驚いたようによろめきながらも、しっかりと立ち上がった。蒼吾が立ったことを確認すると、ガイは「行くぞ」と言って歩き出してしまう。
「何も、聞かないのか?」
走り去っていくフェイの姿を、ガイも見たはず。蒼吾とフェイの間に何があったのかを問いただすことも出来たはずなのに、ガイはそれをしなかった。
不思議に思う蒼吾。ガイは彼の方へ振り返り、優しい表情で話し始める。
「聞かなくたって分かる。お前のことだ、フェイの気持ちを察せずに傷つけてしまった、と言ったところか」
「……すごいな、ガイは。俺のこと、全部お見通しなんだな」
「当たり前だ。何年一緒にいると思ってる?」
胸を張りながら、自信満々な顔つきでガイが言う。その立ち振る舞いをしてるガイの方こそ似合ってない、と思ってしまい、蒼吾はクスッと笑い声を漏らす。
ガイはそんな蒼吾を見ながら「ようやく笑ったな」と微笑む。
元気いっぱいの蒼吾の気持ちが揺らいでいては、こっちの調子も狂ってしまう。そんな時は、自分が冗談を言って、場を和ませる。
蒼吾とガイ。二人の親友は喧嘩した時や、どちらかに悲しい出来事があった時、いつもこうしていた。
「やっぱり、ガイと話すと落ち着くよ」
「それは何よりだ。なら蒼吾、やるべきことは定まったな?」
蒼吾の表情は、先ほどまでとは比べ物にならないほどに晴れやかなものになっていた。
見守ってくれると約束してくれたフェイに、あんな顔をさせた自分を恥じる気持ちは無くなっていない。だからこそ。
「ちゃんと向き合って、フェイと話して、それで……しっかり、謝る!!」
「そうだな。そうするためにも、カムイとやらを片付けないとな!」
「おう!!」
拳を合わせる二人。
歩き出すガイの背中を、蒼吾が追う。
故郷を離れても、二人の友情は変わることはなかった。
そして、その故郷を守るために。
彼らは今一度、シンガジマの大地を踏む。
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レスタリカ大陸の都市カルガザンド。その都市に暮らす人々が憩いの場とするロド広場に、フェイはいた。
戦争が起こる、という情報が流れて来てか、ロド広場にもう人影はなかった。
誰もいない。わずかな風の音と、電車の走る音だけが、フェイの耳を満たしていく。
「私……最低だ……」
静けさに包まれた広場の椅子に腰掛けて、フェイは独りごちる。
自分は、一人の少年との約束を破って、今この場所にいる。その事実に、フェイの心が針に刺されたような痛みを覚える。
初めて出会った時からずっと。この人はきっと、自分を置いて行ったりしないと勝手に信じ込んでいた。
両親のように。姉のように。自分の前から、いなくなったりしないと信じていた。
けど。いつだって誰かのために戦って、何度だって立ち上がった少年を、少女は信じ抜くことが出来なかった。
今までの戦い全てが、彼の夢の為であることは分かっている。フェイの夢の為に戦ってくれていたことだって分かっている。
それでもフェイは、傷つく彼を見たくなかった。戦争に行ってしまったら、彼は両親のように死んでしまうかもしれないと思っていた。
それを目の前で見たら。これ以上大切なものを失ってしまったら。自分は今度こそ……心を壊してしまうと、今の彼女は、失うことを何より恐れていた。
見守るって言ったのに。
自分勝手だ。最低だ。
自分を責める言葉だけが頭に響く。
「私……どうしたら……」
膝を抱えて目を閉じる。
こんなことをしている暇があるのなら、すぐにでも謝りに行ければいいのに。
フェイの心は、暗く曇っていた。
だがそんなフェイの元に、一筋の光が差す。
「ヘイ彼女! 随分辛気臭い顔してるじゃない?」
二つの車輪をつけた機械に跨った女性が、ロド広場の前に止まる。
その女性は、黒いポニーテールを揺らしながらピースサインを作り、フェイに笑いかけた。
「フォルティスさん……!」
「はーいフォルティスでーす。ようやく出番が回ってきたわよ」
フェイがフォルティスの元へ近づいていく。
するとやはりと言うべきか、フォルティスは今この場にいない、二人の男性についてフェイに問う。
喧嘩別れをしてしまい……とは言えずに、言い淀むフェイ。その表情から「まあ何かあったのだろう」程度のことを察すると、フォルティスはフェイの頭を撫でた。
「何も、聞かないんですか……?」
「話したくなったらでいいわよ。そんなことよりフェイちゃん、アタシとドライブに行かない?」
フォルティスは機械────レスタリカ大陸で、バイクと呼ばれている機械の後部を、ここに乗れ!と言わんばかりにバシバシと叩く。
どちらへ?とフェイが尋ねると。
フォルティスはニヤッとした笑みを浮かべながら、こう返した。
「寒いとこ」
「…………えっ?」
「さぁ、乗った乗った!」
フォルティスはフェイを手招く。言われるがままにバイクの後部に座ると、頭の上から何かを被せられる。
「わ!」
「これがないとバイクはキッツいからね。さーて、飛ばすわよ!!」
フォルティスがフェイに被せたものは、頭全体がすっぽりと収まる、メットと呼ばれるもの。
フォルティスも同じものを被ると、バイクのエンジンを起動させる。
「寒いとこって、どこです!?」
「ゼルドヴィン大陸ってとこ! シーダムの連中が攻め込んでくるなら、相応の準備をしないとね!」
エンジン音が響く。それが2、3度繰り返されて驚いたのか、フェイはフォルティスに抱きつくような形になる。
しっかり捕まっててね、とフェイに告げ、バイクを発進させるフォルティス。
フェイはフォルティスの背中に寄り添いながら、フォルティスへ深く感謝の念を込める。
蒼吾達と道は違えども。
彼女達も、戦争に関わっていくこととなる。




