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マテリアルクロネストン  作者: 鮭38号
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2/2

黒猫の蹴りは熊をも飛ばす

 現在、スラム街


 土地勘が皆無な状態ででたらめに走り回った結果、狐のお面の青年は行き止まりに追い詰められていた。

 ───万事休す。絶体絶命。

 あまり良い意味ではない四字熟語やことわざが脳裏を駆け回る。

「さぁて兄ちゃん。どうケジメつけてくれんのかなぁ?」

「………ジャパニーズカルチャー“Dogeza”でもしたら許してくれるか?」

 まるで少しも怖れていないように振る舞う狐と、怒りで肩を上下させている熊。

 そんな二人のやり取りを見ていたもう一人の熊が口を開く。

「おい。少し落ち着け」

「これが落ち着いてられますか!俺達が丹精込めて!肥料から作った野菜をどこぞの馬の骨とも分からないようなヤツに喰われて!とりあえず野郎のきたねぇ首落とさねぇと気が済みません!」

「だから、な?冷静になれ。あの野郎にもなんか事情があったんだろ。とりあえずは話を聞こう。な?」

「そうだそうだー」

「お前は黙ってろ」

「ハイ」

 横から茶々を入れてきた青年が黙るのを確認し、もう一度、熊が口を開く。

「お前、何をどれだけ食った?」

「へ?」

 想定外の質問に、青年はすっとんきょうな声を上げ、硬直する。

「質問に答えろ」

「え、えーっと………人参を、3本」

「よし。お前、利き手はどっちだ?」

「は?………右手だけど」

 またしても想定外。

「そうかそうか。よ~しよし」

 そしてその答えをた聞くと、熊は満足そうに首を上下させ、そして、


「左手の指、3本置いてけ」


 処刑方法を、言い放った。


 突然の物騒な発言に、青年は後退りしながら聞き返す。

「………えっと。聞き間違えかもしれないのでもう一度お願いします」

「指3本、置いてけ」

「………聞き間違いじゃなかったか。で?どう切り落とせと?ナイフも無いのに」

 精一杯の虚勢と貼り付けの余裕を見せる青年に対し、

「それなら心配いらない。ここに鉈がある」

 熊は、非情に冷酷だった。

「おかしいだろ!なんで鉈を持ってんだよ!お前らは常日頃から鉈を持ち歩いてんのかよ!?」

「ああ。俺達“熊”は常日頃から鉈を持ち歩いてる」

 絶句。

 さらに数歩下がると、背中に壁がぶつかった。


「さて、覚悟はできたか?」

 二匹の熊は、じわりじわりと距離を詰めてくる。


 ───バイバイ左手の指たち。今までありがとう。

 青年は覚悟を決め、ギリリと歯を食い縛る。


「おっちゃんたち、何やってんの?」

 小さな人影は、自らの疑問を口に出す。

 その声に熊達は振り返り、青年は斜めに傾く。


 そこには、10代くらいと思われる子ども───まるで猫のような格好をした子どもが立っていた。


「見せモンじゃねーぞ!とっとと家帰んな!」

 怒鳴る熊に対し、

「ニンジンの3本程度でカッカしすぎじゃない?どうせ見てなかったら気付かなかったんでしょ?」

 子どもは平然と、微塵も怖れる事無く言葉を返す。

「………少しは痛い目みないと分かんないか?あぁ!?」

 子どもの毅然とした態度が気に食わなかったのか、或いは自らが手塩にかけて育てた物を侮辱されたと思ったのか、熊は怒りのままに、腰に装備していた鉈を抜いた。

「………止めといた方がいいよ。おいらに攻撃しても良いことにはならないよ?」

「あぁそうだな………ガキ一人バラしちまったら、後味悪いよなぁぁぁ!!」

 命乞いをするような子どもの言葉に触発され、熊はやや興奮ぎみに駆け出し、子どもの頭を目掛けて躊躇無く鉈を降り下ろした。


 次の瞬間には既に、激しい音と共に熊が壁にめり込んでいた。


「「は?」」

 もう一匹の熊と青年は、同時に素っ頓狂な声をあげる。

「おっちゃん。そこ、危ないよ」

 子どもは、くるりと回りながらながら呟く。

「右に2、3………5歩」

「なんの話だ」

「………そこ、危ないよ」

 子どもは、同じことを繰り返す。

 もう一匹の熊は、腰の後ろの鉈に手を掛けながら後ろに5歩下がる。

 すると、丁度熊から5歩手前の場所に何かが突き刺さった。それは、今壁にめり込んでる熊が持っていた鉈だった。

 「危なかったね。あと5歩前にいたら死んでたよ」

 子どもは、さも当然そうに、少しだけ偉そうに言う。

「………おい、ガキ」

 熊が重々しく口を開く。

「何?おっちゃん」

「………ひとつ教えてくれ。アイツを、どうやって壁にぶち込んだ?」

「………見てたから分かるでしょ?」

 当然でしょ?とでも言いたそうに目を細め、首を傾げる子どもに対し、

「俺さっぱり分かんなかったから教えてほしいなー。ダメ?」

 青年は軽く言う。

「お前は黙って「しょうがないなー。じゃあ教えてあげる」

 意外に効果はあった。

「えっとね、くるっとまわって蹴った」

 説明終了。

「………あの、もっと分かりやすく………」

 微塵も理解できなかった青年に対し、

「なるほど………斜め右上から振り下ろされた鉈に対し、素早くその左股のホルダーからナイフを取り出して跳ね返し、さらにそのまま回転し威力を増幅させた一撃を見舞ったという事か………!」

 理解力B+。一を聞いて十を知る熊だった。熊は続けて言う。

「その速さ、その身のこなし、そしてその特徴的な風貌───御頭様から聞いてはいたが、まさかこうも早く出会うとは思わなかったぞ!」

 ───あれ?こいつ口調とキャラ変わってない?青年はそんな呑気で場違いな事を考え、お茶が欲しいなーとさらに場違いな事を考え始めるのであった。

 そんな脳内お花畑真っ最中の青年をほっといて、熊は話を続ける。

「さて、ならば正々堂々一騎打ちで事を張ろうではないか、『音速の黒猫《ブラックキャット》』よ!」

 5歩前進し、地面に刺さった鉈を拾いながら楽しそうに熊は怒鳴る。

 『音速の黒猫《ブラックキャット》』と呼ばれた子どもは、その名称に眉をひそめながら言う。

「おいらはただの黒猫だよ。音みたいに速く動くなんてことできない」

「我々のような一般の者からすれば、貴様の動きなど音と同様よ!」

「………褒めてんの?それ」

 照れ隠しなのか、黒猫はフードを引っ張り顔を隠す。

「さて、こちらの準備は整ったぞ」

 右手に腰から抜いた鉈を逆手に、左手に拾った鉈を順手に持ち、腰を低くしながら熊は言う。

 それに対し、

「おいらはいつでもいいよ」

 ナイフをくるくると弄びながら、黒猫は言った。


 10数メートルある二人の間に緊張がはしる。これが西部劇なら、風と共に回転草(ダンブルウィード)が出てくるのだろうが、そんな物は出てこなかった。さらに言えば無風だった。ついでに言えば、青年は後ろでごろーんと寝っ転がっていた。


「それではいざ───参る!」


 その言葉と共に、熊は駆け出し、さらに左手の鉈を思い切りぶん投げた(、、、、、)。

 黒猫は少し目を見開き、右手にナイフを持ち替え、飛んでくる鉈を弾く。その反動で軽くよろける。

 それと同時に、熊は腰からもう一本鉈を引き抜き(、、、、、、、、、、)、逆手で持つ。

「誰も一本だけしか持ってないとは言っておらんぞ!!」

 すでに、熊の鉈が黒猫の首を跳ね飛ばせれる距離。完全に熊の間合いである。小柄な体格で、さらに武器《ナイフ》のリーチも短い黒猫に、勝ち目があるは言い難い。

「その首貰い受ける!!」

 熊は大きく腕を広げ、まるでカブト虫と闘うクワガタのように二本の逆刃の鉈を振るった。


 そして、鉈は空を切った。

 そこに、黒猫はいなかった。


 熊は、鉈を振るった格好で、まるで彫像のように動かない。

 そして、

「最後に言いたいこと、ある?」

 右手に小銃を握り、左手だけで熊の肩の上で倒立している黒猫は言った。

「───やはり貴様、見事なり!」

「うん。ありがと」

 その言葉と共に、スラム街に乾いた音が響いた。


 伐採される木のように、ゆっくりと倒れる熊。肩から素早く降りた黒猫はそれを受け止め、地面にゆっくりと寝かせる。

 そして、唖然としている青年に歩み寄り、

「大丈夫?おっちゃん」

 優しく、そう言った。


「いや、俺まだおっちゃんって歳じゃないからね!?」

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