第1話 まだ、学園の中です
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【レオン先生の独り言】を投稿しています。
新聞部に頼まれて始めたはずが、いつの間にか締め切りまでできてしまった先生。
よろしければ、そちらものぞいてみてください。
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その日、レオンは学園の正門まで戻ってきていた。
外出するためではない。
「では、ここから始めましょうか」
隣に立つセレナが、門の内側へ手を向けた。
並木の間を、広い道がまっすぐに伸びている。
その先には噴水があり、さらに奥には石造りの校舎が見えた。
窓の並ぶ長い壁面。左右に伸びる棟。庭園を囲む回廊。
初めて来たときにも見た景色だったが、今日は荷物も、向かう先で待つ用事もない。
レオンは、回廊の奥に続く庭までゆっくりと見渡した。
「こうして見ると、やはり立派ですねえ」
「こうして見なくても立派です」
「ええ。それは、もちろん」
レオンは白縁の眼鏡を押し上げた。
きっかけは、職員室での何気ない会話だった。
セレナが庭園の話をすると、レオンは、まだそちらまで足を延ばしたことがないと答えた。
赴任してから、授業の準備や生徒との時間を優先しているうちに、
歩く道が決まってきていたのである。
「せっかくですから、一度ご案内します。
卒業されて二十年ぶりとの事ですから、随分と変わってると思いますよ」
「では、お願いしましょうか。先日は、生徒に近道を教えてもらいまして」
「どちらへの?」
「食堂です。あれは助かりました」
「今日は、途中の景色も見てくださいね」
セレナは笑って、歩き始めた。
レオンもその隣に並ぶ。
「王都のほうは、少しは歩きましたか?」
「いえ、そちらもまだ」
「では、いずれご案内します。まずは、ご自分の職場からですね」
王都アビドスディエンに隣接する、王立魔法学園リュケイオン。
その正門を入ってから、二人はまだ、一つの建物にも着いていなかった。
*
「本学園には、およそ千年の歴史があります」
並木の影を踏みながら、セレナが言った。
「こうして見ると、その長さを感じますね」
「ええ。もちろん、今見えている建物が、すべて創立当時のものというわけではありません。
長い間に建て替えたり、増築したりしていますから」
近づくにつれ、石の色の違いが見えてきた。
風雨にさらされて角の丸くなった壁。その隣には、輪郭のはっきりした石が並ぶ。
回廊の途中で、窓の形も変わっていた。
レオンがそちらへ目を向けると、セレナも足を緩めた。
「古いところを残しながら、必要な施設を足してきたんですね」
「そういうことです」
「では、あの継ぎ目のところで、棟をつないだのでしょうか。窓の間隔も変わっていますね」
レオンが指した先を見て、セレナもうなずいた。
「ええ。よくお気づきですね」
「毎日使っている廊下も、外から見ると面白いものです」
セレナは、次の角では反対側の壁も見てもらおうと思った。
噴水のそばまで来ると、視界が開けた。
左右には低く刈り込まれた植え込みと花壇が続き、その向こうにも道が伸びている。
遠くに見える屋根のいくつかは、正門からは木々に隠れていたものだった。
「敷地は、どのくらいあるのでしょう?」
「およそ三百ヘクタールです」
レオンは、歩みを止めた。
いったん左右を見て、それから、今来た道を振り返る。
「……今日、全部回るんですか?」
「主な場所だけです」
レオンは庭園の先へ目を向けた。
「生徒は六学年で六百人ほどでしたね。全員がここで暮らしても、まだ余裕がありそうです」
「寮も、後でご案内しますね。王都に実家のある生徒も入寮しますから、休日でもにぎやかですよ」
「家が近くても、友達と過ごす休日は別の楽しみがありますからね」
「ええ。それを支える教員が六十人ほど、それ以外の職員が百五十人ほどいます」
「合わせて二百人余りですか。授業でお会いする方々のほかにも、ずいぶんいらっしゃるんですね」
「図書館にも食堂にも、人は必要ですから。これだけの建物や庭園を維持する仕事もありますし」
言いながら、セレナは庭の一角へ目を向けた。
そこでは、大柄な男が植え込みを刈り込んでいた。
太い腕に、よく日に焼けた顔。
傍らには落とした枝を積む荷車があり、少し離れた場所では、別の男が道を掃いている。
「庭のお手入れをされる方ですか」
「警備の方です」
「おや」
レオンは、もう一度男たちを見た。
そのとき、庭を横切っていた生徒の足元から、紙くずが一つ転がった。
「おい。落としたぞ」
低い声が飛んだ。
生徒が振り返る。
男は剪定の手を止め、紙くずを指さしていた。
「あ、はいっ」
生徒はすぐに引き返して拾った。
男が短くうなずくと、今度はしっかりポケットにしまい、足早に去っていった。
レオンは、その背中を見送った。
「きれいな庭ですねえ」
「皆さん、きれいに使ってくれますから」
男は何事もなかったように、枝を刈り始めた。
*
「警備の方は、庭の手入れもされるんですね」
「掃除もです。学園内の力仕事は、基本的に警備の方々が担当しています」
セレナは歩きながら答えた。
「見回るだけでは気づかないこともあるそうですよ。
窓の留め金が緩んでいるとか、塀のそばに足場になるものが置いてあるとか」
「なるほど。毎日、手を入れているから分かることもありますね」
「魔導具も使いますけれど、最後に確かめるのは人ですから」
後ろから車輪の音がした。
二人が道の端に寄ると、布をかぶせた荷物を載せた荷車が通っていった。
押しているのも、警備の男だった。
「おはようございます、先生方」
「おはようございます。お仕事、ご苦労さまです」
セレナに会釈を返した男が、ふと、脇の道へ顔を向けた。
「お前ら、寮に戻ったら部屋を片づけとけよ。メイドさんたちに迷惑かけんな」
生徒が二人、肩をすくめた。
「分かってますって」
「昨日も聞いたぞ、それは」
返事を待たずに、男は荷車を押していった。
レオンが、少し笑った。
「頼もしい方ですね」
「ええ。生徒たちのことも、よく見てくださっています」
道の先で、荷車が止まった。
建物から出てきたメイドが何かを言い、男が荷物を一つ持ち上げる。
片手では難しかったらしく、持ち直して両腕で抱えると、二人は短く言葉を交わした。
メイドの笑い声が、こちらまで聞こえた。
「皆さん、仲がよろしいんですね」
「一緒に仕事をする機会が多いですからね。ご夫婦で勤めている方もいますよ」
「それは、すてきですねえ」
レオンは目を細めた。
セレナも、荷物を抱えて建物へ入っていく男を見送った。
「さて、次はこちらです」
そう言って曲がり角を示したが、隣から足音が続かなかった。
振り返ると、レオンは上を見ていた。
校舎の屋根の向こうに、大きな緑の枝が広がっている。
正門から見えたときは、奥に林でもあるのかと思った。
だが、歩くにつれて見える範囲が変わっても、その枝葉はひと続きのままだった。
「セレナ先生。あちらは、一本の木ですか?」
「ええ。あの木も、後でご案内します」
レオンはもう一度、屋根と枝葉を見比べた。
「それは楽しみです」
二人は、木々の間に続く道へ曲がった。
庭園の道を進むうち、噴水の音が遠くなった。
代わって、何かがぶつかる音が聞こえてくる。
続いて、掛け声。
木々の間から、観客席のある大きな施設が見え始めた。
「あちらが練習場です」
「練習場にも、観客席があるんですね」
「本番の会場にも使いますから。同じように試合のできる場所が、学園内に十二か所あります」
「十二か所」
レオンは、ゆっくり繰り返した。
そして、目の前の施設を眺めた。
セレナは、その視線が観客席から外壁へ、外壁から周囲の庭へと移っていくのを見た。
「……今、維持費のことを考えましたね?」
「いえ。大変立派な施設だなあと」
「それは、先ほども聞きました」
レオンが穏やかに笑った、そのときだった。
練習場のほうから、ひときわ大きな音が響いた。
少し間を置いて、もう一度。掛け声が続く。
レオンは顔を向けた。今度は外壁ではなく、その向こうを見ようとしていた。
「練習中のようですね。少し拝見してもよいでしょうか」
「ええ。そのつもりで――」
答え終える前に、レオンは入り口へ歩き始めていた。
「レオン先生。入り口は、そちらで合っていますけれど」
立ち止まって、レオンが振り返る。
「案内は、私にさせてくださいね」
「これは失礼しました」
脇へ寄って待つレオンの前を、セレナは少しだけ足を速めて通り過ぎた。
『みちくさ先生の魔法学園改革記』の外伝です。
更新は新聞部と同じで22時半です。
2日に一度はどちらかでエピソード追加予定です。




