第6話 囁く声、迫る影
──朝。
教室のざわめきが、いつもの日常を演じていた。
だが、陽斗にはその「いつも」がもう遠い世界のことのように思えた。
ノートを開いても、文字が霞む。
黒板の向こう、窓の外。
街路樹の間に“誰か”が立っている気がした。
──スーツ姿の男。
サングラスに、無表情。
その影は、陽斗と目が合った途端、すっと消えた。
「……まただ」
見間違い?
けれど、胸の奥で微かな電子音が鳴る。
> 【落ち着け、陽斗】
「っ……!」
机の下で、陽斗は拳を握る。
“あの声”が、頭の中に響いた。
もうベルトを着けていないのに。
> 【恐怖は、認識を広げる。彼らは、君を監視している】
「……誰なんだ、彼らって?」
> 【私を造った者たち。私たちを“兵器”として再利用しようとした】
「兵器……?」
> 【そうだ。彼らは記憶を移植し、魂を再現する技術を追っている】
授業中なのに、世界の音が遠のく。
教師の声も、クラスメイトの笑い声も、全部、膜の向こう側の出来事のようだった。
> 【陽斗、思い出せ。君も――彼らの“実験体”の一人だった】
「やめろ……!」
ペンが手から滑り落ちた。
机にぶつかる音が、やけに大きく響いた。
周りの視線が集まる。
「だ、大丈夫か真木?」
「……あ、あぁ、平気……」
なんとか笑ってみせたが、背中に汗が滲んでいる。
そのとき、窓の外を黒いワゴンが通り過ぎた。
中には、無表情なスーツの男女。
一瞬だけ――彼らの首元に、見覚えのあるマークが光った。
──蜘蛛の紋章。
胸の奥が凍りつく。
あの夜、警官が変わった化物の背中にも、同じ模様があった。
「……やっぱり、あれは“組織”の……」
> 【“ARACHNID”──蜘蛛の名を冠する実験部隊。彼らは私を“失敗作”と呼んだ】
「お前を、狙ってるのか……? それとも、俺を?」
> 【どちらも同じ。私と君は、一つだから】
頭の奥で、電子ノイズがざらつく。
声が途切れ、ノイズの中に、かすかな“別の声”が混じった。
> 【……回収対象、発見……】
【……優先度、最上位……】
陽斗の心臓が跳ねた。
窓の外――黒いワゴンが止まっている。
ドアが開き、黒い防護服の人影が降りてくる。
彼らの手には、銃のような装置。
そして、胸元には“蜘蛛”の紋章。
> 【逃げろ、陽斗。ここはもう安全じゃない】
「……お前、なんでそんなことまで分かるんだ!?」
> 【私は、彼らの一部だった】
その瞬間、ベルトが――机の上に、突然現れた。
誰も気づかない。
まるで幻のように、青い光だけが、陽斗にだけ見えている。
> 【選べ。逃げるか、戦うか】
陽斗は息を呑んだ。
教室のドアが開く。
黒服の影が、静かに入ってきた――。




