第7話 黒スーツの影(シャドウ・スーツ)
午後の教室に、妙な静けさがあった。
風もないのに、カーテンがわずかに揺れている。
そんな時――、ガラリ、と扉が音を立てた。
黒いスーツの男が、静かに中へ入ってきた。
無表情。冷たい瞳。
その視線は、迷いなく“俺”を捉えていた。
「……先生、誰ですか? この人」
誰かが問う。
だが、教師は硬直したまま、口を開けない。
男の足元から、黒い靄のような影が滲み出す。
空気が凍りつく――本能が、叫んだ。
《警戒態勢ニ移行ス。》
頭の中に、あの声が響く。
ベルトの声。
普段は沈黙している“共鳴装具”が、危機を察知したのだ。
「……やるしかない、か。」
俺は立ち上がり、深く息を吸い込む。
掛け声が自然と口をついた。
「――アクセス・ドライブ!」
瞬間、胸の奥が熱く脈打った。
青白い光が身体を駆け巡り、腰元に帯状の光が走る。
ベルトが物質化し、身体の一部のように固定された。
《変身シーケンス、オンライン。》
黒スーツの男が動く。
腕を振るうと、蜘蛛の脚のような金属線が空を裂き、机を切り裂いた。
生徒たちの悲鳴。逃げ惑う声。
だが、もう誰も彼らを守る時間はない。
「お前……何者だ!」
《目標ハ、対象“継承者”ノ回収。》
男の声は、無機質だった。
次の瞬間、身体が自動的に動いた。
右腕に装甲が形成され、電流が走る。
《アクティブ・モード展開。》
拳と拳が衝突し、衝撃波が教室を揺らす。
壁にひびが入り、ガラスが砕け散った。
「くそっ、こいつ……人間じゃない!」
《敵性体:シグマ種。組織ノ尖兵。》
ベルトの声が、静かに分析を告げる。
その言葉と同時に、男の体が崩れ落ちるように煙化した。
床に残ったのは、黒い液体だけ。
息を整える間もなく、ベルトが警告を発する。
《アタッシュケース内ニ、未使用ノ支援装具アリ。使用推奨。》
「……ガジェット、か。」
思わず、机の下に隠していたアタッシュケースを開く。
中には、ベルトとは異なる奇妙なデバイスがいくつも並んでいた。
まだ、使ったことのない――力。
《契約者。コレハ始マリニ過ギナイ。》
ベルトの声が、いつになく冷たく響いた。
外のサイレンが鳴り響く。
遠くで何かが燃えている匂いがした。
日常は、もう跡形もなく崩れ去っていた。




