2 魔石ガチャ
「タラリン♩」
耳障りというよりは、むしろ原始的で無機質な音。それが狭い我が家のリビングに響き渡った。机の上に並べた魔石極小50個が一瞬で消失し、代わりに現れたのは、掌に収まる小さなガチャカプセルだった。
「……え?ちょっと待てよ。50個も使って、これ一つだけかよ?」
「お兄ちゃん、それより中身が気にならない?早く開けてみてよ」
明日香が興味津々でこっちを見ている。確かに、コスト対効果の疑問はさておき、中身が知りたいのは山々だ。
俺は慎重に、しかしワクワクする手つきでカプセルを開けた。中から現れたのは、鈍い金色の光を放つ、小指の爪ほどもない小さな石だった。
「なんだこれ……?」
「鑑定、鑑定!」
明日香に急かされ、再び500円玉を握りしめる。相変わらずの出費だ。しかし、今回の結果はそれを吹き飛ばすものだった。
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幸運の魔石(極小)
使用後、1時間のみ幸運値が+50される。
効果時間中は『魔石ガチャ』の消費魔石が5%減少する。
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「……マジかよ」
「す、すごいじゃん!効果時間中にガチャを回せば、さらにお得に回せるってこと?」
「ああ……そうなるな」
これは……思っていた以上に、とんでもないスキルを手に入れたかもしれない。単なるガチャではなく、効率的にガチャを回すための、まさに「幸運特化」のためのスキルだった。
「よし、もう一回やってみるぞ。今度はこの『幸運の魔石』を使いながらだ」
「わ、私も手伝う!魔石を補充するね!」
明日香が目を輝かせて、追加の魔石極小を30個ほど取り出した。彼女も相当な貯蓄があるようだ。俺は迷うことなく、金色の小石を口に入れた。味はしない。しかし、体内がほんのりと暖かくなり、視界の端がキラキラと輝き始めるような、不思議な感覚があった。
「よし、効果発動だ。行くぞ……『魔石ガチャ』!」
今回は魔石75個を消費すると告げる感覚があった。5%の減少だ。先程と同じく、魔石群は光を放ち、消え去り、代わりに──今回は三つのガチャカプセルが現れた。
「おおっ!?増えてる!」
「効率化されてる……!すごい、お兄ちゃん!」
一つ目は先程と同じ『幸運の魔石(極小)』。二つ目は……初めて見る、銀色の魔石だった。
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経験値の魔石(小)
使用後、一定の経験値を得られる。
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「経験値……直接もらえるのか」
「レベル上げが楽になるね!」
そして三つ目。それはこれまでとは雰囲気の違う、深い紫色をしたカプセルだった。開けると、中からは指輪が出てきた。
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トレジャーフィンガー
装備者のドロップ率を微増させる。
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「……は?まさか……装備品まで出てくるのか?」
「ガチャで装備……しかもドロップ率アップ……お兄ちゃんのLUCK3000とドロップ率増加スキルに、これが加わったら……もう、何が起こるかわからないよ……」
明日香の声が震えている。俺も同じだ。手の中の指輪が、とてつもない熱を帯びているように感じる。
「……明日香、よかったら、これを」
「え?だ、だめだよ!こんな高価なもの!」
「いいから受け取れ。お前は後衛だ。安全な位置から敵を倒すお前のドロップ率が上がれば、パーティ全体の利益だ。それに……俺はもう、これ以上ドロップ率が上がっても、何が起こるか怖いんだ」
明日香は少し躊躇った後、恥ずかしそうにうつむきながら指輪を受け取った。
「……ありがとう、お兄ちゃん。……大事にするね」
その瞬間、彼女のAPPが52に微増したのを、俺の《マイチェック》は見逃さなかった。……なるほど、装備やステータスの変化は、他人にもある程度見えるのか。これはこれで興味深い。
「よし、準備は整ったな。明日、いよいよ第三層へ行くぞ」
「うん!」
◆◇◆◇◆◇
翌日、伊那ダンの入口は相変わらずの喧騒に包まれていた。レベルや装備の異なる冒険者たちが行き交い、アイテムの売買やパーティ募集の声が飛び交う。そんな中、俺と明日香の二人は、第二層への階段を一直線に進んでいく。
「おい、見ろよあのコンビ」「LV30同士か……珍しいな」「男の方は……あの『幸運バカ』じゃねーか」「女の子の方は可愛いのに、もったいねえ」
囁き声が聞こえる。どうやら俺の特異なステータス振りは、とっくに有名になっているらしい。しかし、今日は違う。LUCK3000の本当の力を、思い知らせてやる。
第二層を軽々と通り抜け、いよいよ第三層への扉の前に立つ。ここから先は、第二層までのような初心者ゾーンではない。本格的なダンジョンが始まる。
「緊張する……」
「しっかりついて来いよ。お前がやられるようなことがあれば、即座に撤退するからな」
「うん……お兄ちゃん、ありがとう」
深呼吸を一つし、俺は扉を押し開けた。
第三層は、第二層の草原とは打って変わり、不気味なまでに静かな森だった。空は暗く、所々に不気味な光を放つキノコが生えている。空気が重い。
「っ!」
すぐに、最初の敵が現れた。巨大なクモだ。緑のボディに赤い斑点。『ポイズンスパイダー』だ。レベルは35前後か。第二層のゴブリンとは格が違う。
「明日香、行くぞ!」
「わ、わかった!《並列思考》……《基礎魔法》・ファイアボルト!」
明日香の詠唱と同時に、炎の弾が二発、蜘蛛めがけて放たれる。並列思考で二重詠唱か……やるな。
蜘蛛は炎に怯み、その隙を俺は逃さない。駆け寄り、拳を振りかぶる──《ラッキーパンチ》!
「ふんっ!」
一撃。ただの一撃で、蜘蛛の頭部が粉々に砕け散った。
「……え?」
明日香が呆然とする。俺も内心は驚いている。クリティカル判定で1.5倍……とはいえ、STR230でLV35前後のモンスターを一撃とは。これが……LUCKの力……いや、《ラッキーパンチ》の力か。
「お、お兄ちゃん……一撃で……」
「……どうやら、なかなか悪くないようだな」
倒された蜘蛛の死体が光り、消え去る──その時、信じられない光景が目に飛び込んできた。
蜘蛛がいた場所に、アイテムが三つも転がっているのだ。蜘蛛の糸、毒袋、そして……《スキル:毒耐性》と書かれた輝く書物まで。
「ス、スキル本!?しかも二つも素材に加えて!?」
「この指輪……すごい……!でも、お兄ちゃんのドロップ率増加が一番大きいんだよね……」
二人して茫然と戦利品を拾い集める。これが……LUCK3000 + ドロップ率増加 + トレジャーフィンガーの世界か。
その後も進むにつれ、《ラッキーパンチ》の異常性はますます明らかになっていった。
森の狼(LV33)……一撃。
鎧をまとったアリ(LV36)……一撃。鎧ごと粉砕。
毒を持つ蔓植物(LV34)……一撃。
全てが一撃で倒される。AGI210の機動力も相まって、敵の攻撃が当たることすら稀だ。当たったとしても、VIT210で軽傷ですむ。
「お兄ちゃん……あなた、何なの……?」
「自分でも怖いわ……」
しかし、そんな順風満帆な状況に、ほころびが生じ始めた。
「ガオオオオオッ!!」
森の奥から、轟とともに現れたのは、巨大な熊のような魔獣だった。その巨体は3メートルはゆうにある。『アースベア』(LV40)──第三層の中でも最強クラスのモンスターだ。おそらく、このエリアのエリアボス的な存在なのだろう。
「明日香、下がれ!これは今までとは違う!」
「うん!」
俺は咄嗟に飛び退く。熊の爪がさっきまで俺が立っていた場所を抉る。土煙が上がる。
「ふん……!」
反撃の拳を叩き込む。《ラッキーパンチ》!
炸裂する音。しかし──熊は僅かに体勢を崩しただけで、こちらに向き直った。
「効いてない……!?」
「お兄ちゃん!ダメだよ、レベル差が10もあるんだ!STRだけじゃダメージが足りない!」
明日香の悲鳴が飛ぶ。その言葉通り、クリティカルヒットは決まっているはずなのに、与えたダメージは微々たるものだ。VIT、あるいはレベルそのものによる防御力の差か。
「グルルル……!」
熊の目が、真紅に光った。次の瞬間、その巨体が信じられない速さで突進してくる。
「っ!」
間一髪で躱す。しかし、その風圧だけで体力が削られていく。AGIも高いが、こいつの攻撃範囲は広い!
「《基礎魔法》・アイスランス!」
明日香の放つ氷の槍が熊の顔面を直撃する。しかし、それすらも表面で砕け散るだけだ。
「INT450でも効かないのか……!?」
「属性が……土属性は氷に強いんだ!」
クマは再び咆哮を上げる。今度は地面を拳で叩きつけ──
「なにっ!?」
地面から無数の石の棘が突き出てくる! 範囲攻撃だ!
「きゃあっ!」
「明日香!」
俺は全力で跳躍し、明日香の前に立ちはだかる。石の棘は俺の全身を襲う。VIT210で耐える……!
「ぐっ……!」
痛い。しかし、致命傷ではない。この程度なら……!
「お兄ちゃん!?」
「心配するな!こいつ……どうすれば」
その時、だ。《マイチェック》が、熊のステータスの下に、一行の文章を浮かび上がらせた。
|弱点:雷属性、腹部の白い模様《 》
「明日香!雷属性は使えるか!?」
「え?う、うん!使えるよ!でも威力は……」
「いいから!こいつの腹の白い模様を狙え!そこが弱点らしい!」
「わ、わかった!《基礎魔法》・サンダーボルト!」
明日香が必死に魔法を構える。一方、熊は再び突進の構えだ。間に合うか!?
「くそ……俺が盾になる!」
俺は熊の正面に躍り出る。突進を受け止める……わけがない。かわすのだ!
「来いっ!」
熊が突進してくる。その巨体を、AGI210の機動性を最大限に活かして、ギリギリで躱す。風圧で地面が削れる。
「今だ、明日香!」
「行くよ!《並列思考》……全魔力、開放!ダブル・サンダーボルト!!」
二本の雷光の槍が、明日香の手から放たれた。それは彼女の全INT450を注ぎ込んだ一撃だ。雷光は熊の腹部──白い模様を正確に捉え、貫いた。
「ガオオオオオオオオッ!!!」
苦悶の咆哮。熊の巨体が痙攣し、やがて崩れ落ちる。地面が揺れる。
「倒した……のか?」
「ふら……」
「明日香!」
魔力を使い果たした明日香がよろめく。俺は駆け寄り、彼女を支える。
「バカ……無理するな」
「だって……お兄ちゃんが危なかったんだもん……」
彼女は疲労困憊ながらも、笑顔を見せる。胸が熱くなる。……この妹は、本当に……。
そして、俺たちは倒れた熊の方を見た。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
モンスターの死体が消え、そこに残されたのは──山積みのアイテムだった。毛皮、爪、牙、そして……《スキル:土属性耐性》、《スキル:威圧》、《スキル:剛力》という三冊のスキル本。さらに、珍しい武器や防具まで転がっている。
「な……これ……全部……?」
「エリアボス……かつ、お兄ちゃんのLUCKのドロップボーナス……信じられない……」
二人で呆然と戦利品をかき集める。これだけのものを、一度の戦闘で……。今までの常識が、根本から覆される。
「……これがあんたが言ってた、『幸運に全振り』の結果か」
不意に、聞き覚えのある声が響いた。
振り向くと、そこにはスラッとしたシルエットの男が立っていた。革のコートを翻し、口元に含み笑いを浮かべている。迷宮社の中でもそこそこの評価……いや、もはやトップクラスと言っていい男、黒鉄カゲトである。
「カゲト……」
「お前さんの噂は聞いてたよ。LUCKにSPを注ぎ込むバカがいるってな。だが……どうやら話は違うようだな」
カゲトの目は、俺たちが集めた山のような戦利品を、鋭く分析している。
「アースベアを二人で倒しただけでも驚きだが……このドロップ量は異常だ。どうやら俺の見立ては……間違っていたようだな」
彼はそう言うと、コートの襟を立てた。
「せっかくここまで来たんだ。一つ、提案がある。俺のパーティに、お前たち二人は入らないか?」
「……は?」
「迷宮社は今、第四層の開拓で手間取っている。お前たちの……特に横嶋健太のその『幸運』が、大きな突破口になる可能性がある」
カゲトは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「『運に振ったら人生も棒に振っちゃう』……確かに俺はそう言った。だが、それは『凡人』の話だ。お前は……どうやら『凡人』ではないらしい」
「俺が……迷宮社の……?」
「ゆっくり考えればいい。答えは明日で構わない」
カゲトはそう言い残し、森の奥へと消えていった。
残された俺と明日香は、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。
「お兄ちゃん……どうするの?」
「……わからん」
しかし、一つだけわかることがあった。
俺の選択は、間違っていなかった。このLUCK3000の力は、単なる無双のための力ではない。この世界そのものを、そしてダンジョン攻略の常識そのものを、変えてしまう可能性を秘めている──。
「とりあえず……今日の分の戦利品を換金して、美味いもん食いに行くか」
「うん!そうしよう!」
重すぎる選択は、一旦脇に置いておこう。今は、この驚異的な幸運を噛みしめながら、今日という日を締めくくる時だ。
俺は山積みの戦利品を見つめ、そして明日香の笑顔を見た。
「よし、帰るぞ、明日香」
「うん!お兄ちゃん!」
その手には、確かな「幸運」の重みが感じられた。これから先、どんな宝箱が待っているのか──考えるだけで、胸が高鳴るのだった。
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