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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第1章 レイシールズ城防衛戦

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21/99

21.優しい指揮官よりも、怖い指揮官で

 マケランたちは女性兵士用の兵舎にやってきた。


「こっちです」


 ググに案内されて大部屋に入ると、中は大勢の兵士たちが集まって騒然としていた。

 ムワッとした芳香が漂っているのは、例の香水の匂いだろう。ピットが不愉快そうに鼻を押さえている。


 部屋の中央部ではグラディスとシャノン、そして6人の小隊長が並んで立ち、それと向かい合うように一般兵士たちが立っている。

 激しく言い争いをしているが、幸いなことに暴力沙汰には発展していないようだ。


「指揮官のおなーりー!」


 ググが大声で妙な呼びかけをすると、兵士たちが一斉にこちらを向き、あわてた様子で敬礼をした。

 マケランは敬礼を返してから、けわしい表情でグラディスの元へ歩み寄る。


「少尉、わざわざこんなところへ来ていただき、恐縮です」

「ああ、ググからおおよその話は聞いた。グラディス、兵士は香水をつけたりするべきではないという君の方針は――むぐぐっ」


 間違っていないと言おうとしたところ、口を手でふさがれた。


「少尉、ちょっとお話が。――シャノン、ここを頼む」

「はい」


 グラディスはマケランを強引に大部屋から連れ出し、自分の部屋へ案内した。もちろんピットもついてきている。


「どういうことだ?」


 マケランは立ったまま、グラディスを問いただす。


「少尉はあたしの考えに賛同してくださるんですよね?」

「そのとおりだ」

「そこを曲げて、少尉は兵士の味方をしてください。でもあたしやシャノンに強引に説き伏せられて、やむを得ず兵士たちがおしゃれをするのを取り締まることにするんです」


(なるほど、そういうことか)


「俺の代わりに、君たち下士官が嫌われ役になるということか」

「はい。ただ1人の指揮官である少尉が、兵士たちの信頼を失うことは避けるべきですから」

「その考え方は理解できるが、俺の考えは違う。優しいだけの指揮官では兵士になめられる。なめられるよりは嫌われる方がマシだ」

「もちろんそれはわかります。大事なのはバランスです。少尉は兵士たちから怖れられているので、この件に関しては優しさを示した方がいいんです」


「御主人が怖い? どこが?」


 まったく理解できない、という様子でピットが口をはさんだ。


「ピット、もちろんあたしたちは少尉が優しい方であることを知っている。それは普段からこうして少尉と接しているからだ。でも一般兵士にとって少尉は、仰ぎ見るだけの遠い存在なんだ」

「確かに、俺が名前を知っている兵士はググとマイラぐらいだな」


 マイラは腕に矢を受ける重傷を負った兵士だ。


「あたしがマイラの腕から矢じりを肉ごと切り出した時、少尉はずっと彼女の手を握ってやってましたね。彼女は後でみんなにその話をしましたが、誰も信じなかったそうです。あの冷酷な指揮官がそんなことをするわけがないと」


(冷酷……やはりそう思われていたのか……)


 強い指揮官であることを示すため、兵士たちの前では感情を見せないようにしていたからだろう。


「まあ……自分が冷酷な人間であることは自覚しているが」

「いえ、それは違います。あたしから見れば少尉は優しすぎるくらいです。でも兵士たちは少尉の本当の姿を知らないんです」

「なんで御主人はそんなに冷酷な人間だと思われてるんだ?」


 ピットは不思議そうにたずねた。


「まず外見ですね。もともと怖い顔は仕方ないとしても、時々笑顔を見せていれば印象はかなり違ったと思います」

「初日の演説で、笑顔を見せたはずだぞ」


 マケランは反論した。


「そこまでさかのぼらないといけない時点で、笑顔を忘れた人間だと思われても仕方ありません」

「むむむ」


 あの時の演説では熱血指揮官を演じていたが、さすがにあのテンションを維持するのは無理だった。


「それから口調が高圧的で、常に見下されているような気がすると」

「そりゃ命令するときは高圧的になるだろう。へりくだって頼めとでもいうのか」

「インテリであることを誇示するためにメガネをかけている、という意見もありました」

「メガネに対するひどい偏見だ」

「ただし一部の兵士は、その冷酷さがたまらなく魅力的だと言ってます」

「まったく嬉しくないな」

「もちろん指揮官と兵士が友達のように付き合うのはダメですが、時々は優しい言葉をかけてやった方がいいと思います。今回は少尉が寛容さを示す絶好の機会でしょう」


(だからグラディスの方針に反対し、兵士の味方をしろということか)


「君の考えは理解した。だがそのせいで君たちが嫌われるのはよくないと思う」

「あたしは鬼の兵士長で構いません」

「ググに聞いたが、ヘレンを斬ったことを非難する者がいるそうじゃないか」

「それは……仕方ありません。あれが正しいことだったのかは、今も悩んでいます」


「もちろん正しいことだった」


 マケランは断言した。「本来なら、俺の手でヘレンを処刑するべきだったのだろうな」


「少尉にそんなことはさせません」

「いや、規律を守るためなら、指揮官は兵士を処刑することをためらうべきではない。指揮官は怖れられるぐらいで丁度いいと、俺は思う」

「それは」

「せっかくの君の提案だが、却下する。君たちだけが嫌われ役になる必要はない。俺は指揮官として、堂々と自分の考えを兵士たちに伝えるつもりだ」




 マケランたちは再び大部屋に戻った。

 

「以後、香水の使用は禁止する。不要なおしゃれをすることも禁止だ。そのような気のゆるみが戦闘では命取りになる。君たちは生きるか死ぬかの瀬戸際にいることを忘れるな」


 マケランは集まった兵士たちに向かって、強い口調で告げた。

 兵士たちの失望の表情は、気にしないことにした。




 部屋に戻った時には、すでに夜も更けていた。

 マケランは日誌を書き終えると明かりを消し、ピットにおやすみを言ってからベッドにもぐりこんだ。


 だが、いろいろな考えが頭に浮かんできて、なかなか寝付けない。


(俺の判断は正しかっただろうか?)


 考えれば考えるほど、自信がなくなってきた。

 女性兵士制度は導入されたばかりで、何もかもが手探りの状態だ。女性兵士のための軍規というものも存在しない。


 だからマケランは自分の判断で兵士たちのおしゃれを禁止したわけだが、それが正しいかどうかは誰にもわからない。


「少尉、たいへんです!」


 突然ノックの音がして、松明(たいまつ)を持った下士官が部屋に入ってきた。

 そのただならぬ様子に非常事態を察し、すぐにベッドから体を起こす。


「何があった?」


 問いただすと、その下士官は驚くべきことを告げた。


「兵士の1人が西門から脱走を試みたようです!」

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