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美術準備室の美人形さん  作者: 雪見桜


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16/20

16.詩音先輩の事情


「ねえ、あれ。あの子じゃない?」

「え? あのおとなしそうな?」

「うそー! だってあの詩音君の相手だよ?」


詩音先輩とのデートから3日。

原さんが言っていた通り、私と詩音先輩の噂は高速で学校を駆け巡ったらしい。

詩音先輩はアイドル的な人気があると、桃ちゃんはいつだか言っていたけれど本当にその通りだ。


私の耳にすら聞こえるくらい、はっきりと言葉が届く。

いつもの数倍の視線を感じる。

それは私にとってはすごく苦手なもので、どうしたって背が丸まった。

怖いと、そう思ってしまう。


眼鏡が出来上がるまであと4日。

相変わらず私の視界はぼんやりしたまま。

誰が私の事を言っているのか、分からない。

分かったところで何をするでもないけれど。

それでも視線を受け続けて噂話が耳に届くのは、思った以上に心を削られる。

悪い噂じゃないかもしれない言葉達も、何だか刺々しく感じてしまう。


「あ、詩音君! 今日は朝から来たんだ、おはよう!」

「おはよう」

「ねえ、宿題やった? 分からなかったら教えてあげるよ」

「ありがとう」


けれど気力が少し削られるたびに、どこからともなく詩音先輩が遠くに現れて元気をもらえていた。

皆の視線はあっという間に詩音先輩へと流れて、私の視線もそちらを向く。

詩音先輩はすぐに人に囲まれて見えない。

それでも時々届く声にほっとする。

もしかして、守られている?

そう気付いたのは、昨日だったけれど。


「……ありがとう、ございます」


小さく小さく呟いた。


「あれ? 笹部さん、なに立ち止まってるの? 遅刻するよ」

「あ、原さん」

「おはよう、笹部さん。んん、成程、止まってた理由はアレか。乙女だね」

「蒼井、さん?」

「ほら、気になるのは分かるけど行くよ笹部さん。遅刻しちゃう」

「三宅さん、わわ」


……うん、守られているなあ。

少し情けなくて、でも嬉しくて、微妙な笑みになってしまう。

色んな視線があって、色んな声があって、中には棘もある。

けれど優しいものだってあるんだって、最近知った。


「前進、あるのみ」


勇気をもらって、今度は胸を張った。


「あ、理子ちゃんおはよー! って、玲ちゃん達も一緒? うう、私の立場が」

「桃ちゃんおはよう」

「おはよう、桃ちゃん。心配しなくてもそこで会っただけだって」

「佐々木さん、笹部さんってば今日も立派に乙女だよ」

「ねえねえ桃ちゃん、王子様サイドの話聞かせてよ。何だか想像がみなぎりそうなんだけど?」

「絶対嫌。そう簡単に理子ちゃんは譲らないんだから。苦労させてやる……!」


私の日常は賑やかなものになって、私もみんなと一緒に笑う。

優しい人たちに囲まれて、また一つ頑張る気力になった。


「詩音、先輩?」

「ん……」

「また、寝てる……」


お昼休み、いつものように向かった美術準備室。

ここのところ、詩音先輩はよく部屋で眠るようになっていた。

叩き起こしてと言われているけれど、勿体なくて起こせない。

とても気持ちよさそうな寝息を邪魔したくなくて、そばで座ってずっと眺めている。


何日かこうやって過ごしたから、私もさすがに気付いてきた。

桃ちゃんが少しだけ話してくれた詩音先輩の事情。

こうして人のいない美術準備室にやってきて静かに過ごしていた理由。


疲れがたまりやすい。

頑張るとすぐに体力が尽きる。

そう桃ちゃんは言っていた。

そして詩音先輩はとても人気者で、いつだって人に囲まれていた。

掛けられた言葉のひとつひとつにきちんと返事をしていたのを見ている。


とても柔らかで温かで優しい人。

人の心を蔑ろにしないで受け止めてくれる、そんな人。

私の想像以上に繊細さを抱えた人なのかもしれない。


じっと近くでその寝顔を眺める私。

閉じていて今は見えない目の青さを浮かべて、ここ最近耳にした噂が頭を過った。


『妹? 初耳、というか全然似てなくなね? 妹、目も髪も真っ黒だし』

『血繋がってないんじゃねえか? 妹の方、たしか帰国子女だぞ。中学の時話題になってた』

『は? 帰国子女?』

『アメリカで生まれたって聞いたけど。佐々木ってフランス人とのハーフだろ? 確か』

『じゃあ何か? 親の再婚とかか?』

『さあ、そこまでは知らんけど』

『はー、見事に住む世界が違うわ。佐々木だけ急にグローバルって感じ』

『どこから切り取っても話題性抜群だな、あいつ』

『いや、流石にちょっと同情するわ……見た目他と違うから結構苦労してるみたいだし』

『ま、確かに。俺らも声かけにくいしな、この感じ』


どれが本当でどれが噂なのか、私には分からない。

噂話は、噂話でしかないとも思う。

けれど詩音先輩が何もかも苦労しないでここまで来たとは、思えなかった。

今まで自分のことでいっぱいいっぱいすぎて、詩音先輩のその他とはあまりに違う整った顔立ちまでしっかり考えられていなかった。


人形さんと、そんな呼び方を詩音先輩は当たり前のように許してくれたけれど。

いちいち緊張して目線もまともに合わせられない私を、急かしたりもしない人だけれど。


『ごめんね、“人形さん”のままでいてあげられなくて』


かつての先輩の言葉に、きゅっと胸がしまって苦しくなる。

見た目のせいで苦労していたかもしれない人に私の呼び名は、残酷だったのではないか。

今後悔しても遅い。

言ってしまった言葉は取り消せない。


それでも詩音先輩は、やっぱり優しい人だ。

傷付けてしまったかもしれない私を、今朝だって庇ってくれた。

今朝だけじゃなくて、きっと最近は毎日庇ってくれている。

視線が極力私に向かないように。

自分が囮となるように。


「私も、守れたらいいのに」


ぽつりと悔しさがこぼれる。

守られてばかりで、与えられてばかりだ。

嬉しいけれど、悔しい。


詩音先輩にも桃ちゃんにも原さん達にも、私はたくさん守ってもらった。

教室でちゃんと笑えるようになった。

ぼやけたこの視界から脱出しようと、そう思えた。


詩音先輩の寝顔を見て、思う。

初デートの日の決意を、もう一度自分で繰り返す。


「詩音先輩が、たくさん笑えますように」

「詩音先輩が、穏やかでいれますように」


願い事のように小さく小さく呟いて、こくりと喉をならす。

決意を新たに詩音先輩を見つめた。


「詩音先輩を、守りたいな」


ううん、守る。

私に出来ることは、小さいかもしれないけれど。

少しずつしか前進できない、凡々よりもっと非力な私ではあるけれど。


「また、明日。会いに行きます」


宣言して、部屋を出た。




「……うん。また、明日」


遠くから、そんな小さな声が聞こえた気がした。








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