第24話 疲労と笑顔
それから何度か剣を合わせる。それはぶつかるたびにアシアラの握力を奪う。単純な力には差があった。それは埋めようのない差だ。
しかしアルバは、以前との大きな違いを感じていた。どれだけ剣を重ねても、アシアラは剣を手放さない。素直に力が加わっていては、ずっと握っていられるはずがない。
衝突の瞬間、わずかに力を逃がしている。そらしている。体格差も腕力の差もかなりあるはずにも拘わらず、これだけ剣を交える事ができるのがその証拠だ。しかし、それはたった一月や二月で縮まるものではない。
半月前は一本取るだけでも喜んでいたというのに、ここまでの戦績は七対四である。一撃の重さは違えど、実力は随分近いものになっている。
アルバは手加減などしていない。その証拠に、木剣がアシアラを捉えるたびに鈍い音と呻き声が響く。
そんなギリギリの戦いの中、ふと見たアシアラの顔は必死そのものだ。体力的にはきついだろうに、集中力は切らしていない。気合の乗った良い顔だ。思わずアルバの顔に笑みが漏れる。
「なによ! 余裕ぶっちゃって!」
その笑みを余裕の表れだと勘違いしたアシアラだったが、その顔には怒りではなく、アルバと同様に笑みが浮かんでいる。きつい、しかし楽しい。
「ああ、すまんすまん。実際余裕なもんでな。うまく隠せなかった」
「すぐに笑えなくしてやるんだから」
そんなことを言うアルバの額や首には汗が滴っている。口ぶりや表情とは裏腹に息は粗い。それはアシアラにも伝わっている。そして、そんなへとへとのアルバよりもずっと、アシアラの疲労のほうが濃い。
もう何度も剣は振れないだろう。お互いに体力の限界だ。最後の力を振り絞ってアシアラは大地を蹴る。
木剣を突き出す。アルバは剣を振り上げている。このタイミングであれば、アシアラの剣が先に届く。
「がっ……」
痛みに声を上げ、苦悶の表情を浮かべたのはアシアラだった。みぞおちにアルバの足が食い込んでいる。
振り上げた剣を目が追ってしまった。先に剣が届くと、これで勝ちだと油断してしまった。その心の隙間に、アルバの伸ばした足が強引に食い込んできた。
「ああぁぁぁ……痛いいぃぃぃ……負けたあぁぁ……」
それは悔しさのにじむ呻き声だった。
「くっそ、疲れた……」
一方のアルバも尻餅をつくように地面に倒れる。まともに立ち上がる体力すら残っていない。使い果たしてしまっている。
結局、アルバが八本取り、でアシアラは四本だった。ダブルスコア。その結果に、アルバは少し嫉妬に似たものを感じた。
ただの組手とは言え真剣なもの。それも、お互いに能力を使っていない。そもそも消えるために準備時間のかかるアルバの能力は一対一で使えるものではないが、アシアラのそれは十分実用的なはずだ。
今ですら、かなり力の差が無くなってきている。この上で空中での移動まで使われてしまえば、アルバでも勝つ事は難しいのではないかと思わされる。
おなかに手をあてて唸りながらゴロゴロ転がっていたアシアラだったが、痛みが引いてきたのか大の字になっていた。肩で息をしている。
数字だけを見るとボロ負けだ。それでも四本も取れた。たった一撃入れただけで大喜びしていた時に比べて、ちゃんと『戦い』になっている。練習になっている。強くなっている事が実感できた。
それでも、アルバにはまだまだかなわない。後一歩が、もう少しがすごく遠く感じる。アシアラ自身が戦えるようになればなるほど、単純な動作一つ一つに大きな差があるように感じられた。
そんなアルバが羨ましいと感じている。どれ程戦えばあれほどに洗練されるのだろうか。
アシアラが感じているものは、アルバが感じているものとはまったくの反対である。しかしお互いの実力に対して敬意を感じているのはまったく同じだ。
アルバもアシアラも体中あざだらけで、汗だくで、動けない程に疲れていて、充実した気分だった。
「四本よ、四本。私も強くなったものね。だって四本も取れたのよ」
「最後の最後で油断してちゃ意味ねえよ。腹押さえて泣いてたくせにな」
「な、泣いてないわよ! 私がいつ泣いたってのよ! 証拠を出しなさい証拠を!」
「ほれ」
そういって、アルバはアシアラの肩を軽く小突く。そこは何度か剣を受けて青いあざができている。
「~~~っ」
気を抜いていたところへのそれは、アシアラの想像をはるかに超えた痛みだった。戦っているときは興奮状態だったせいで感じなかったそれに、アシアラはつい涙ぐむ。
「証拠には足りたか?」
「いったいわね! 最低!」
「そんだけ元気なら怪我もすぐ治るだろ。二、三日したら、次の依頼受けようと思うから、それまでゆっくりしとけ」
「『しとけ』って、アルバは?」
「俺も休むだけだ。のんびり報告書でも書いておくさ」
「……じゃあ、さっきのお詫びに、私にも報告書の書き方を教えて」
「別に良いけどよ。地図もまともに読めないうちは、大変だと思うぞ」
「それくらいなら大丈夫よ。たぶん」
「どこからその自信が出てくるんだよ」
「これだけ体中あざだらけでも剣をやめないのよ。根性はあるほうだと思うわ」
そうだな、と軽く返したアルバの後を追って、アシアラはともに宿の自室へと戻った。




