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第11話 お買い物

 ドサリ、ドサリ


 肩に打撃を受けて膝をついたアルバと、勢いのまま転がるように地面へ倒れ込んだアシアラ。その音は、ほとんど同時だった。


「やった……! 勝った……!」


 剣を放り投げて、仰向けで大の字になって寝ころんだアシアラは、肩で息をしながらも声を絞り出す。頬を上気させた顔には、心からの喜びが浮かんでいた。


 アルバは打たれた肩を何度か回すと、立ち上がってバシバシと膝の土を落とした。加減のかの字も無いアシアラからの一撃だったが、どうやら折れてはいないようだ。


「いてて、全力で打ち込みやがって。折れたらどうするんだよ、まったく」

「だって、加減なんてできないもの」


 ぜえぜえと粗い呼吸のまま、大の字で動けないアシアラ。限界を超えて木剣を振るっていたのだろう。対照的に、一撃を食らったはずのアルバに疲れた様子は無かった。


「大丈夫か、アシアラ」

「ごめんなさい、嬉しくて気が抜けちゃったわ」

「一本取っただけだからな、まだまだこれからだ」

「二百十二回目で初めて取れたんだもの。少しぐらい喜ばせてくれたっていいじゃない」

「数えてたのか……まあ、あの空中壁蹴りは驚いたがな。へろへろなくせに、よく思いついたもんだ」


 アルバの言葉に、アシアラはさらに頬を赤らめる。


「えへへ……褒められた……」


 それは、小さな独り言だった。嬉しさのあまり漏れた声だった。はっとして口を押えるアシアラは、ジトリとアルバを見る。その声は聞こえたのか聞こえなかったのか、アルバはいつもの表情のままだった。


「ほら、立てるか」


 倒れたままのアシアラに、アルバが手を差し出す。しっかりと手を取り合うと、一気に引き上げた。


「……っとと、ありがとうアルバ」

「気にするな」


 パシパシとアシアラの背中についた土を払うアルバだったが、一通りそれが払い終えたとき、思い出したように両手を叩いた。


「この後出かけるから、汗を流して着替えてこい」

「は? いや、私もうへとへとなんだけど」

「そんなに時間をかけるつもりはないさ。それに、あんまり遅くなると店が閉まるからな」


 頭にクエスチョンマークを大量に浮かべてるアシアラだったが、アルバの事だ、何か大事な要件があるに違いない。

 それに、一緒に街へ出かける事なんて今まで数える事しかない。体は疲れて切っているが、組手で勝った喜びも相まって気力は充実していた。


 それから手早く準備をして、アシアラは宿屋の入口に向かった。すでにアルバは着替えを済ませて退屈そうに待っていた。


「ごめんなさい。遅くなったわ」

「いや、別に気にしていないさ。急だったからな」

「ところで、何のお店に行くのかしら?」

「それは着いてからの楽しみにしておいてくれ」


 何の説明もないことに、むう、とふくれるアシアラだったが、目的地に着いた時には、目をランランと輝かせることになる。


 日の傾きかけた街の中を歩く二人。皆夕飯の買い出しでもしているのだろうか、青果店や肉屋に入る人の姿が多くみられた。

 妖魔狩りに出かけるときは朝早い事が多く、また、アルバが依頼の確認に出かけている間は庭で稽古してばかりのアシアラにとって、いまだに人垣に慣れないものだった。

 そもそも田舎の村で暮らして長い。流れるような人の波には、少しばかり恐怖を覚える。


 アシアラはアルバの服の袖をキュッと掴む。はぐれないように、それでも、ほんの指先だけ。それが今のアシアラにとっては、随分と不安を和らげてくれた。

 そんなアシアラは気づいていないが、アルバの歩幅は普段より幾分小さい。はぐれないように、それでも、ほんの少しだけ。それはアルバにとっては、特に意識をしての行動では無かった。


 そうしてしばらく歩いていると、とある店の前でアルバが立ち止まった。


「着いた。ここだ」


 そう言って指さした看板には『アルムの武器店』の文字が金色で彫られていた。ゴテゴテとした竜の飾りや不可思議な壁飾りなど、店に入る前から、中の人間が派手好きなのだろうと思わせる店構えをしていた。


「武器店……? なんでまた。使ってたナイフでも壊れたのかしら?」

「祝いだよ、お祝い」

「お祝いって誰の?」


 その問いかけを待ってましたと言わんばかりに、アルバはニヤリと笑った。そして、アシアラの頭をガシガシと撫でる。


「ちょっ……急に何よ!」

「誰の、って質問の答えだよ。俺から一本取っただろ、だからその祝いだ」


 ここ数日の組手の中で、アルバはアシアラの成長を実感していた。そろそろ小型の妖魔くらいなら戦える程度には強くなったとも思っていた。もっとも、それを口に出したことは無かったが。

 もしも妖魔狩りをするのであれば、武器がいる。いつ切り出そうかとも考えていたが、初めて一本とれたお祝いとしたのは、ただタイミングが良かったからだ。


 そして、アルバの答えを聞いたアシアラの目は、案の定ランランと輝いていた。

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