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気づいた

 よく晴れている。

 佳音は、死んだような目で病院の入り口から青空を見つめていた。

 目を閉じて、冷たく澄んだ空気を肺一杯に吸い込む。

 本当は日中に外出などしたくはなかったが、最近体調が優れず、どうにか体を引きずって近所の病院に来た。

(『誰とも関わりたくない』と思っていたのにな……)

 病院の敷地を出て、マンションへと歩き出した。

 先ほど医者から言われた事を思い出して、途方に暮れながら歩く。

 気付いたら、高校2年生まで住んでいたマンションへと向かっていた。

(……そうだ……言わないと……)

 秀一郎に伝えなければいけない。

 それなのに、妙に滝の顔がちらつく。

「…………気持ち悪い……」

 佳音は口元を押さえ、近くの公園のベンチに座る。

 そのまま、うずくまるように額を膝へ寄せた。

 しばらくそうしていると、いくらか気分も良くなってきた。

 少しだけ顔を上げ、片手で額を押さえる。

 どれくらい経ったのか、淡いオレンジ色だった空には藍色が差しはじめていた。

(……せめて、明日は体調良くなってくれ……)

 明日は、しほと約束がある。

 寝込んではいられないのだ。

 しかし、顔を上げられるようになりはしたが、動けるほどには回復していない。

 視界の隅で、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。



 滝は、内心驚いていた。

 こんなにすぐ願いが叶うとは思っていなかったのだ。

 今日は、どうしてもほのかと一緒にいる気にはなれず、一人で大通りをほっつき歩いていた。

 カフェの窓際の席に座り、頬杖をつく。

 頭の中を整理するつもりだったのに、ちらつくのは佳音の姿だ。

 滝はため息をつき、ぼんやりと夕方の空を見上げる。

 もう1度、あの時間帯にあのコンビニに行けば、佳音らしき人物に会えるのだろうか。

 今だったら、意地を張らずに話せる気がする。

 少しで良いから、会いたい。

 会って、話がしたい。

 滝が沈んだ面持ちで頭を垂れると、ボックス席から楽しげな男女の声が聞こえてきた。

 滝は、ちらりと2人を見る。

 最近、ほのかのどこに惚れたのかが分からない。

(『愛想が尽きた』ってわけじゃないんだけどな……)

 ほのかと一緒にいると、落ち着くのは変わらない。

 佳音のように、衝動に駆られるという事はない。

 ピコン、と携帯にメッセージが入る。

 貴子から『帰りに牛乳買ってきて』と頼まれ、滝は再びため息をついて席を立った。

 淡いオレンジ色だった空に、藍色が差しはじめていた。

 滝は、マンションに帰る途中の公園を何とはなしに視界に入れる。

 高校2年生の時、佳音と決別した公園だ。

 誰かがベンチに座り込んでいるのが見えた。

 体調が悪いのか、うずくまるように顔を膝に寄せている。

 すると、少しだけ顔を上げた。

 佳音が、やはり体調が悪そうに額を片手で押さえた。

 滝は、思わず佳音に駆け寄る。

 佳音も滝に気づいたらしく、わずかに眉間に皺を寄せた。

「……佳音……大丈夫か……?」

「大丈夫だ」

 佳音は吐き気を堪えるように呟くと、席を立とうとした。

 よろめいて、ゆっくりと再び座り込む。

 滝は佳音を、ゆっくりとベンチに横たわらせた。

「帰った方が良いんじゃないか……?」

 言ってから、佳音がどこに住んでいるか知らない事を思い出す。

(もし、遠くに住んでたらどうすれば良い……?救急車を呼ぶか?それともっ……家に……連れてくか……?)

 思わず、佳音の肩に添えた手に力が入る。

 きっと、直之と貴子ならばいそいそと世話を焼くだろう。

 しかし滝は、佳音と一つ屋根の下にいる事に耐えられるだろうか。

「…………15階に……用がある……」

 佳音が気持ち悪そうに呟く。

「15階……」

 滝は『家に連れていく』という選択肢がなくなった事に安堵する。

 しかし、秀一郎が住んでいるマンションの部屋を『15階』と揶揄した事に、佳音と秀一郎の関係のいびつさを感じた。

「分かった……。じゃあ、秀一郎さんにとりあえず連絡するか……」

 一応、滝の携帯にも秀一郎の連絡先は入っている。

 滝は携帯を取り出し、秀一郎の電話番号を探す。

「……いい……自分でする……」

 佳音はわずかに起き上がり、上着のポケットから携帯を取り出す。

しかし、どう見ても話を出来そうな状態には見えない。

「俺が──」

「いい」

佳音は口調を強め、携帯をいじる。

 滝は悲しい目で視線を外す。

 信頼されていない。

 それをまざまざと突きつけられ、滝はそっと唇を噛み締めた。

 不意に、高校2年生の時に佳音と吹雪が並んで帰っていた場面を思い出す。

 吹雪だったら、頼ったのだろうか。

 吹雪のように接すれば、頼ってもらえるのだろうか。

 心が黒い靄に覆われる感情を、滝はようやく理解した。

(『嫉妬』してたんだ……。吹雪にも、直弥にも……)

 友人として、佳音の隣に立って笑っていた吹雪。

 佳音の恋人になり、堂々と惚気のろけ話をしていた直弥。

 一番長く一緒にいたのに、突っぱね続けて一番頼られていない滝。

 当たり前だが、あれだけ嫌悪感を出していれば頼られないに決まっている。

 不甲斐ないが、自分の感情の名前をようやく知る事が出来て滝は人知れず安堵する。

 滝が物思いに耽っている間に、佳音は電話が終わったらしい。

 通話ボタンを切る音がして、滝は佳音へと視線を戻した。

 佳音は、何とか起き上がろうとして顔を歪めている。

 滝は佳音の体を支え、起き上がらせる。

「すまない……」

佳音は申し訳なさそうに呟くと、そのまま歩き出そうとする。

 少しよろめき、再び滝が支える。

「マンションに行くのか?」

「あぁ……一人で行けるから大丈夫だ」

「どうせ、帰り道だし……」

 佳音に先に断られ、滝は言い訳のように呟く。

 佳音を支えて立たせ、結局は夕闇の中をマンションまで連れ添って歩いた。

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