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手紙

 翌朝、佳音が下駄箱を見ると、再びピンク色の手紙が入っていた。

 佳音は冷や汗をかきつつも、手紙を手にとる。

(いや、まさかな……。昨日断ったのに、今日も告白するなんて事──。)

 佳音はふと、告白を断った時の雄太の目を思い出した。仄暗いのに、どこか澄み切った目だった。

 佳音は意を決したように、手紙を開く。

『桧山佳音さん。昨日は、時間を割いていただいてありがとうございました。お付き合いは出来なくても、ぜひお友達になってほしいです。いつか、遊びに行きましょう。僕の連絡先です。上原雄太』

 佳音は、ぐしゃりと手紙を握りつぶす。思わず投げ捨てそうになった。

(無理だっ!諦めてくれっ!!)

 握りつぶした手紙をどうするべきか、佳音は思案する。どうしても、手元に置いていたくないのだ。

 下駄箱で立ち尽くしている佳音を、後から来た生徒が訝しげに見る。佳音はひとまず、手紙を鞄にしまい込み教室へと向かった。



 今日も佳音は、授業に集中出来ていない。

(どうするか……。連絡先は教えたくないけど、手紙を無視するのも申し訳ない……。でも関わりたくないっ!絶対に!!)

 佳音が苦悶していると、授業終了を知らせるチャイムが鳴る。

「今日はここまでにします。次の授業でプリント集めるからねー。」

 忘れないでよー、と梢は言って教室を出て行った。直後に、吹雪が佳音を訪ねてくる。

「佳音ー。教科書ー。」

「教科書……?」

 佳音はうわの空のまま、ふらふらと吹雪に近づく。

「そう、世界史の教科書。『忘れた』って言ってたでしょ?」

「ん……?あ、あぁ……。」

 そうだった、と佳音が教科書を受け取った時、クラスメイトの楽しげな声が聞こえてきた。佳音は無意識に、クラスメイトの会話に聞き耳を立てる。

「そうそう!部屋の片付けしてたら、小学校の頃の交換日記出てきてさー!しかも授業中にそれ書いてたから先生の行動とか書いてあって──。」

(交換日記……。)

 佳音はその言葉が引っかかり、教科書を見つめたまま立ち尽くした。

 そんな佳音を、吹雪は心配そうに見る。

「大丈夫?なんか疲れてない?」

「いや、別に──っ!」

 佳音は閃いたように目が輝く。

「すまない、ありがとう。」

 佳音は足早に自分の席に戻ると、今朝の手紙を開いた。手紙の1番下の行に返事を書く。

『ごめんなさい。多分、時間が合わないと思うので、ご一緒出来ません。佳音』

 佳音は手紙を、雄太の下駄箱に入れる。

(これで、諦めてくれる事を祈る……!)

 佳音は内心手を合わせた。



「……え?」

 翌朝、佳音は下駄箱を見て間の抜けた声を上げる。またもやピンク色の手紙が入っていたのだ。

 佳音は血の気が引いていく。震える手で、手紙を開いた。

『桧山佳音さん。僕の連絡先、登録していただけましたか?あと、遊びに行くのは、いつ時間が空いてそうですか?楽しみにしています。』

(怖い……。)

 佳音は心の中で呟く。今にも卒倒しそうだ。

 ふと、視線を感じた気がして、佳音は周囲を見回す。だが、歩きながら横目で見る人こそいるが、佳音を見つめている人は誰もいなかった。

 気のせいだろうと、手紙を鞄に仕舞って教室へ向かう。

 途中、1組の教室が目に入ってしまい、佳音はつい教室内の様子を横目で覗ってしまった。

 雄太が、じっとこちらを見ていた。

 佳音はどっと冷や汗をかき、前を見て早足で教室へ向かう。

 翌朝も、その次の日の朝も、ずっと手紙は入り続けた。

『どうして連絡をくれないんですか?』

『いつ時間が空いてますか?』

『映画のチケットを貰ったんですが、今度の日曜日見に行きませんか?』

 ついには──。

『2組の白屋くんと仲が良いんですね。もしかして付き合ってるんですか?』

 佳音は戦慄した。

 このままでは、吹雪が巻き込まれるかもしれない。そんな心配が頭を過ぎった。

 それと同時に、恐怖を通り越して怒りが沸き上がってくる。

『違います。友人です。断じて恋愛感情はありません。』

 言いたい事は山ほどあるが、佳音はその一文と筆圧に思いを込めた。

 迷惑だ。気持ち悪い。やめてくれ──。

(率直に言えれば、楽なんだろうけどな……。)

 佳音は遠い目で青空を見る。暫くすると静かにため息をつき、決心したような目で鞄に手紙を仕舞った。



 佳音は、また教科書を忘れた。今度は古典だ。

(またやってしまった。仕方ない、吹雪に──。)

 佳音はそこまで考えてやめる。

(…………竹田さんに借りるか。)

 佳音は、3組の教室へ向かった。

「……竹田さん、古典の教科書貸してもらえないか?」

「珍しいね、いいよー。」

 竹田めぐみは笑顔でそう言うと、ぱたぱたと自分の席へ戻っていった。

 佳音は再び視線を感じ、左側へ目を向ける。1組は移動教室らしく、ぞろぞろと教室から生徒たちが出て行くところだった。

 佳音は内心、疲れたようにため息をつく。

「はい、教科書……大丈夫?顔色悪いよ?」

 めぐみも、心配そうに佳音を見つめる。

 佳音は「少し、貧血気味で」と苦笑いを浮かべる。

「そっか、お大事にね?あっそうそう!合唱部の皆で、今度『カラオケ行こう』って話してたんだけど、桧山さんもどう?」

「私、合唱部じゃないんだが……。」

「そんな事気にしないで!ていうか、部長たちも言ってたし!」

 いい加減合唱部入ろうよー!と駄々っ子のように勧誘するめぐみに、佳音は照れ臭そうに笑う。

 しかし、佳音はピアノは弾けるがあまり歌った事はない。

「考えとく……。」

 返事を濁し、佳音は5組へ戻った。



 あれから1週間ほど経った。

「最近、佳音が俺を避けてるような気がする。」

 紙パックのカフェオレを飲みながら、珍しく気落ちした様子の吹雪がぽつりと呟いた。携帯をいじっていた滝は動きを止めると、じろりと吹雪を見た。

「へぇ…………で?」

「『で?』って、冷たくない?」

「『避けてるような気がする』からどうしたんだ、ていう話だよ。」

 理由が知りたいのか。

 寂しいから構ってほしいのか。

(どっちにしても俺には関係ねぇよ。)

 滝の素っ気ない態度など気に留めず、吹雪は首をひねった。

「なーんか変なんだよねぇ。話しかけても1m以上距離をとろうとして……あと……何というか……。」

 真剣に考えだす吹雪を、滝は鼻で笑う。

「嫌われる事でもしたか?」

「んー……というより……周りを気にしてるって感じかな……?」

 吹雪の発言に、滝は拍子抜けしたように「はぁ?」と声を上げた。

「『付き合ってるなんて勘違いされると困る』とでも思ってんじゃねぇの?自意識過剰だな。」

「それとも違う気が……。」

 吹雪の言っている意味が分からず、滝は眉間の皺を深くする。

「どういう意味だよ?」

「何かな……『怯えてる』って言えば良いかな……?」

 しっくりとくる表現が思い浮かばないらしく、吹雪は尚も頭を抱える。

(『怯えてる』?)

 滝はその言葉が引っかかった。

 ほのかが先日言っていた事を思い出すが──。

「……まぁ、いっか。」

「え?何か言った?」

「別に。」

 滝は何も思い出さなかったようにペットボトルのお茶に手をのばした。

佳音は、吹雪すらも遠ざけてます。

だんだん悪化してますね……。

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