一番、本当のこと
夕焼けはいつも眩しい。そして俺の目を周りへと巡らせる。公園の入り口で、そっと佇んでいた。
家の近くにある公園。俺はこの公園が嫌いだった。それでも毎日のように来てしまうのは何でだろう。
今でも忘れられないものがあるから?
それが答えだ。忘れられない、忘れてはならないものをたくさんここに置いてきた。
両親が引っ越しを決めたタイミングと、俺が大学へ進学するタイミングは同じだった。もう独り立ちできるだろうと言って、一人暮らしをすることになって、この公園の近くに住みたいと自然と思った。
大切なものを失うときは、いつもこの公園だった。
小学校のとき、親友の転校を知って、大げんかしてそれきり別れたのもこの公園だった。
中学校のとき、兄弟みたいだって言われて育った猫は、死に場所に選んだのもこの公園だった。
高校のとき、好きだった女の子にフられたのもこの公園だった。
嫌なことばかりだったのに、それでもここに足を向けてしまうのは、きっとここにたくさんの落とし物をしたからなのだろう。些細なことばかりだけど、俺の性格は些細なことですっかり尖ってしまった気がする。
本当のことを言えば、人は離れて。
相手のことを思えば、人は離れて。
そして誰もいなくなる。大切なものほど、失ってしまう。
だから嘘をついて、ずるくなっていくのが大人なんだって。
夕日に染まるこの公園に、子どもたちはもういない。もう帰る時間だ。俺もここに長くいる理由はない。
「なんだ、あれ?」
そんなときだった。ベンチに誰かが寝ているのが見えた。
それは幻想的だった。金色の髪に白い肌を持った、ドレスを着ているお姫様が安らかに寝ている。童話か何かで、幼いころに感じた感覚が、俺の中で過る。
……それは親切心だったのか、出来心だったか。
この女の子を家に連れて帰ることにした。警察を呼んで大騒ぎにさせたくない。このままでは風邪を引いてしまう。理由は後付けだった。
「どなた……ですか?」
部屋で寝かせていたその子が目を覚ましてそう聞いてきたとき、俺はどう答えればいいのかわからなかった。
いや、誰だって答えられないはずだ。こんな状況、普通ならありえないのだから。
「お兄ちゃん、かな」
とっさについたその嘘は。
きっと俺の人生の中で一番大きなもので。
そして一番、本当のことだったんじゃないかって、今なら思うことができる。
* * *
騒がしい機械的な音と、暗い屋内に反して光るエフェクトと画面。大の大人から中学生、小学生まで集まる空間。
ゲームセンターに行ってみたい、とリーアが言うから、俺は久しぶりにそこへ足を踏み入れた。騒がしいところは苦手だけど、仕方ない。
「お兄ちゃん、車のゲームがあるよ。あれで運転の練習できるね」
「あんな速度で走ったら逮捕されるからな」
リーアは目を輝かせて、いろんなゲームを見ていった。俺もしばらく来てなかったから知らないゲームが出ていてびっくりしたし、昔やっていたゲームの続編が出ていて少しやりたくもあった。が、今日はリーアの要望で来たのだから、リーアのやりたいようにさせよう。
リーアと歩いていると、注目を集める。そりゃそうだろう。金髪碧眼の見るからに外国人だし、元気いっぱいだし、可愛いし。
可愛いし。
リーア自身も感じているようだけど、気にする様子は見せない。むしろ俺が気にし過ぎなのかと思うくらいだ。
兄バカだな、なんて言われても何も言い返せない。
「あまり離れるなよ。迷子にすぐなるんだからな」
「むむ、お兄ちゃん、あたしのことを信じてないな! ぷんすこ!」
「どこに信じられる要素があるんだよ」
そう言って、苦笑い。「はーい」と言ってリーアは俺と開いた距離をつめる。
俺の腕にそっと回されたリーアの手は、ドキドキではなく安心感を与えてくれる。ここにいるんだって思わせるのだ。
「あれあれ! あれやりたい!」
リーアが指差した先。そこを見て、俺は少し頬を引きつらせた。
ゲームセンターの奥には異様な一角がある。
先人曰く、リア充の巣窟、女子力が試される場所、男子オンリーだともれなくレッドカード一発退場を命じられる花園。
プリクラである。
正直に言ってしまえば、まだリアルファイト寸前の格闘ゲーム筐体の方が俺はいい。
「あれはちょっと」
「この前テレビでやってたんだけど、普通に写真撮るだけじゃなくて、文字を書いたりできるみたいで面白そうだなって思ったんだぁ。肌も綺麗に写るんでしょ? すごいなあ、あたしの国だと宮廷画家に数ヶ月かけて、しかも賄賂を渡さないとそんなことしてくれないよ」
「おい最後」
リーアの視線はプリクラから離れない。そうか、俺にゲームセンターへ行きたいと言った理由はそれだったのか。テレビとか写真とか、リーアはすっかりこの世界の常識に染まっているようだった。
そこまで期待させてしまったからには、断ることはできない。一人で撮るものでもないし、俺も同行するしかない。
「わかった行こうか」
「やったあ!」
テキトーに機械を選んで、百円玉を投入する。プリクラなんていつぶりだろうか。高校のときも一回も使ったことない。
機械音声の案内に従って、いろいろ設定する。リーアはそれも楽しそうにやっていた。
「ほらお兄ちゃん、笑って笑って」
リーアが俺にのしかかってくる。響くシャッター音。ここで俺は、残念なお知らせをしなければならない。
「リーア、俺は写真が苦手なんだ。笑って写ることができない」
「そんな弱点があったの!?」
その後、いろいろいじって、出てきたプリを見る。
そこには笑顔のリーアと、上手く笑えていない俺が写っていた。
リーアはそれを見て吹き出していた。
「なんか、お兄ちゃんらしいね」
俺は恥ずかしくなって、そっぽを向くことしかできなかった。
それでも、思い出が一つ、こうしてできたのだとしたら、写真も悪くはないな。
「今度はあっちのでやってみよう!」
「絶対に嫌だ!」