第八話∶危惧
【歩上花太郎】
僕は猫背なのに時々背筋が伸びている時期がある。
それにはちゃんと理由があって、父さんが帰って来たんだ。
父さんの名前は歩上世慈。
アスリート用の義足技師で、父さんの義足は触覚を再現するって評判だ。
ただ、そこまで仕上げるためには膨大な調整時間が必要なのに欲しがる人が後を絶たないから、世界中を飛び回って殆ど家にいない。
そんな父さんはいつも正しく、強く、厳しい人だ。
いつも僕に「やりたいことをやれ」と言うけど、僕はまだそのやり方が解っていないし、それを父さんに聞くことが出来ていない。
とにかく、そんな父さんが同じエリアの空の下に帰ってきたと思うと、それだけで僕の背筋は伸びてしまう。
学校で、咲子の話題をあまり聞かなくなった。
代わりに聞こえてくるのは全国陸上大会800メートル走の連続出場を狙う康介だ。
康介はうちの学校で史上初の全国大会進出の快挙を果たしている。
しかもそれを一年生でだ。
それでいて明るく、誰にでも優しく、爽やかなんだ。
だからもともと人気者で有名人だったんだけど、この前の全校朝礼で挨拶してからは全校をあげてのアイドルに担ぎ上げられている。
クラスメイトではあるけど、こうなってくると別の生き物にしか思えない。
そんな注目と期待が集まる、全国大会連続出場を賭けたブロック大会まであと3日と迫った頃、僕も康介の練習を見に行こうと思った。
というのも、クラスのやつらが話してたのを聞いて心配になったんだ。
「ちょっと背負い過ぎじゃね?みんな重すぎだっつーの。」
「だよな。康介、もっと楽でいいんだぜ。」
康介はニカッと笑って「大丈夫」と言いながら教室を出ていった。
でも多分、大丈夫なわけがない。
この前の朝礼で登壇して以降、すれ違う殆ど全員から「頑張ってください」とか「応援してるぞ」とか声をかけられて、康介はそれに笑顔で返している。
でも、大勢から一方的に浴びせられることの危なさを、僕は身をもって知っている。
やってる側はそんなつもりじゃなくても、食らわされる側はタダじゃ済まない。
それに康介は良いやつだから。
だから、守らないとって思ったんだ。
僕にできることなんて何かわからないけど、でも、僕が知らんぷりをしちゃ駄目だと思ったんだ。




