第六話∶供花
【歩上花太郎】
僕は日菜子を連れ出した。
流石にクラスでは居心地が悪かったから。
どこに行くって宛もなかったけど、気付いたら日菜子はあの芝生に向かっているみたいだ。
僕はその手前の、芝生が見える木の下で立ち止まった。
僕も日菜子も黙っていた。
何を言えばいいんだろう。
そう悩んでいると、日菜子が顔をしかめていることに気付いた。
「ごめん、大丈夫だから。耳鳴りが酷くって。」
「最近流行ってるらしいね。風邪か何かなのかな。」
日菜子は小さく微笑んだ後で、まっすぐ僕の目を見た。
「咲子の最期、教えて欲しくて。わたし咲子を凄く傷付けてしまったのに何もしてあげられなかった。だからせめて、少しでも咲子のことを知りたいの。」
日菜子も苦しんでいる。
でも前に進もうとしているんだ。
「ごめん。実はあの時のこと、僕もあまり覚えていなくて。でもその前の彼女のことは僕も見てた。」
「え!?」
「あ、えっと、実は僕もイジメられてたんだ。少し前まで本気で死のうか迷ってた。ただ、僕は運よく助けてもらえたんだ。その頃に自由奔放に振る舞う彼女を見かけて憧れてしまって。笑顔が素敵だったし。」
日菜子は何か言おうとして、言葉に詰まって目線を落とした。
「うん、そう。少しして勘違いだったって気付いた。彼女は上手くやれてる人じゃなかった。その自業自得なら彼女が苦しむことになったのは仕方ないことのはずなんだ。ただ、僕ら全員が妥当の分別を見失ってしまっていた。僕らがはみ出してしまった。だからあれはみんなで背負わないといけないことだ。」
少し間を置いて、日菜子は首を横に振った。
「そんなわけない。わたしがレールを敷いたんだもん。でも思ってたのと違う感じになって、そのまま止められなくなった。でも、わたしが命がけで止めなきゃいけなかった。咲子、死んじゃうなんて。」
日菜子の抑えられない涙が僕の壁を溶かしていく。
「日菜子さんは凄いよ。僕は怖くて向き合えなかった。僕は咲子さんが追い詰められた地獄を知っていたんだ。なのに自業自得だって片付けてしまった。咲子さんのこと何も知らないくせに、自分が考えた都合のいい妥当を信じ込んで、その後で咲子さんがどうなるかなんて考えもしなかった。」
背中が震えて声がうわずる。
気付いたら僕は僕自身のためにしゃべっていた。
ヤバい、涙も鼻水も止まらない。女子の前でこんな姿を晒すなんて。でも、止まりたくない。
「僕は自分のことをイジメに仕返しをする側だと思っていたんだ。殴られようが嫌がらせされようが、その気になったら酷い目にあわせてやるって。自分を狩る側だと認識することで強くなった気でいた。でも気付いたら仕返しをされる側に立っていた。」
「なんでこんなことになっちゃったんだろう。もし、こうなる前に気付くことができてたら。⋯⋯⋯それとも、気付きたくなかったのかな。」
日菜子も地面を見ながら泣いていた。
「僕はいったい何なんだ。考えもしないでやりたいことやるだけなら、人じゃなくて動物じゃないか。」
その時、日菜子が優しく僕の手を握った。
「あなたは違うと思う。」
日菜子がかけてくれた言葉は自分のためじゃなくて、僕のためだけのものだ。
なぜかそれが確信で伝わる。
咲子はこんな日菜子に救われたのかも知れない。
「咲子さんは日菜子さんが幸せでいることを望んでると思うよ。」
「ありがとう。わたしも本当にそうだと思う。だから自分を許せないの。」
救いのないまま、僕らは芝生の向こうをただ見つめ続けた。
瑞々しく凛とした供花が風に揺れている。
暫く経って、それぞれのタイミングで僕らは歩き出した。
『ねぇ、君ならどう思う?』




