第十四話∶白と灰と黒
【歩上日出之】
今日こそは久しぶりに儲かる話だと期待していた。
なのにクライアントの言い分があまりに醜いから、つい言っちまったんだな。
「それはアンタのエゴでしょ。誰かのためとか言ってるけど、そんなの誰も求めてないよ。自分の欲を偽って人を巻き込まないでくれ。だってアンタはボンクラなんだよ。自覚してほしい。世の中で一番迷惑なやつはやる気に溢れた無能なんだ。ろくでもないことにしかしない。しかもその結果を自分のせいじゃないと言い張りやがる。言わせてくれ、俺は散々そーゆーやつらの尻拭いを押し付けられて来たんだ。もう心底うんざりなんだ。またそうなるって目に浮かぶんだ。そーゆーの本気で嫌だから、アンタさ、何もしないでくれない?」
バカ過ぎて本当に気付いてないのか、なんなのか。それを指摘されたら怒って帰っちまうとか、あまりに幼稚過ぎる。
蛆虫め。
お客様を丁寧に玄関までお見送りした後、警察からの電話が俺のポケットで鳴った。
あれ??
じいちゃん、嫌な予感してお腹が痛くなってきちゃったんですけど。
市内の病院にタクシーで乗り付けると、電話をポケットにしまい、その辺歩いてた警官に身分を名乗ってどこに行けばいいかを聞いた。
そしたら「あー、良かった!お待ちしてました!」って関係担当者だったことが発覚。
引きも強い流石の俺。
案内される道中で、なるべく詳しい話を聞き出しておいた。
あの一帯にいた約三十人が意識混濁のまま搬送されたこと。
全員に外傷や化学物質の摂取といった検査結果は見つからなかったこと。
原因不明のまま全員がこの病院に収容されているということ。
驚くような話はないが、情報を確定できるだけで有り難い。
さぁ、やるぞ。
こんな非常時にこそ、キレッキレな俺の有能さが試される時だ。
じっちゃんの名にかけて、腕が鳴るぜ!
【歩上花太郎】
全部が真っ白になって、それからどのくらい時間が経ったか判らない。
やがてぼんやり視界が戻ると、日菜子が目の前に立っていた。
ただ、目が虚ろで焦点が合っていない。
何度呼びかけても上の空だ。
段々怖くなって、思い切って大きな声で呼んでみた。
日菜子は虚ろなままだった。
ハッとして周りを見渡すと、さっきの母子や他の人たちもみんな同じようになっている。
さっき事故した車の中で運転手もボーッとしたままだ。
半開きの口からはヨダレが垂れてる。
それはもう、人ではない気がした。
震えが止まらなかった。
これ、僕がやったのか!?
「事故ですか!?え⋯なにこれ⋯⋯?え??」
車で通り掛かったおじさんが降りてきた。
「君、なにかわかる??これ、何がどうなってるの??」
狼狽えながらおじさんが僕に聞く。
「ごめんなさい、僕も全然わかりません。」
でも、多分僕のせいです。
喉まで出かかって、身体が言う事を聞かなくなった。
「そっか、だよね。⋯⋯でも取り敢えず警察と救急車を呼ぶよ。事故もしてるし。見る限り車輌が爆発したりする感じじゃないけど、運転手を出した方がいいのかな。でも下手に怪我人動かすのも良くないかもだし、それは救急車呼ぶ時に聞けばいいとして、いやでも、そもそもこの人たち触れたら暴れ出すとかしたりしないよね?」
おじさんは僕が答えを持っていないことを確認すると、一生懸命に自分で状況整理しながらあちこちに電話をかけ始めた。
やがて警察や消防や救急車や色んな人たちが集まってきて、テロの可能性があるとか、何か化学的な事故が起きたのではないかとか、色々やってたけど原因は不明のままで、取り敢えず日菜子を含め自我を失った人たちを病院に運ぶことになった。
事故した人たちは救急車で運ばれていったけど、特に外傷の確認できない日菜子たちの何人かはパトカーで病院に向かった。
無実の日菜子がパトカーに詰め込まれていく姿を見ながら、僕は警察から聴取を受けていた。
それでなおさら上の空ってのもあって、さっきのおじさんの時と同じく「僕もわかりません」を繰り返すだけでも、それ以上を問いただされることはなかった。
聴取をした警察官が計らってくれて、僕も日菜子と同じ病院に連れて行ってもらうことになって色々調べてもらったけど、強いストレス以外の異常は特に見つからなかった。
身元引受人として家族の連絡先を聞かれたから、僕は咄嗟に母さんじゃなくじいちゃんの名前を伝えた。
少しして、病院の待合ソファへじいちゃんが案内されてやってきた。
「大丈夫だったか?意識がハッキリしないとか、お前におかしな事はないか?」
「僕自身は大丈夫。ごめんね、ありがとう。」
「そうか、良かった。なぁ、これって⋯⋯⋯」
言葉を濁すじいちゃんに、僕は震えながら小さく頷いた。
「⋯⋯もう少し待っててくれるか?意識を失った人たちの様子、見れるかどうかわからんが確認しておきたい。」
帰宅が許された僕はじいちゃんの家の客間に通された。
この前、じいちゃんと知らない人たちが光ってたあの部屋だ。
そこで僕はじいちゃんから根掘り葉掘り質問された。
何が起きた?
その時にお前は何を思った?
近くはどうなってた?
誰かいたか?
なるべく順番に、なるべく正確にだ。
その後何をした?
こんなことは起きてなかったか?
思い出したことはなんでも教えてくれ。
僕から一通り聞き終えた後に火をつけた煙草は最初にひと吸いされただけで、根元まで灰になってボロっと崩れた。
「お前はこの事態を収拾しないといけない。分かってると思うが、恐らくあれはお前の能力で起きた。」
僕は頷いて、絞り出すように吐き出した。
「だからじいちゃんに迎えに来てもらった。僕は何をしなくちゃいけないの?」
以前の僕は康介に助けてもらったのに、礼も言わずに逃げ出した。
母さんとばあちゃんにバレないように、自分の部屋に逃げ込んだ。
父さんの時だって、察してもらっただけで自分から切り出せたわけじゃなかった。
でも、もう逃げてちゃいけない。
蛆虫でも何でもいい。
僕がしなくちゃいけないことをやらなくちゃ。
「助けて⋯⋯!」
まっ直ぐに僕はじいちゃんを見た。
「逃げないで大したやつだよ、お前は。そして先ずは謝る。すまなかった。まさかこんなことになるとは思っていなかった。心配するな、一緒になんとかするぞ。」
涙が溢れた。
なんてことはない、簡単なことだったのに。
もしもっと早く頼ることが出来てたら、こんなことになっていなかったかも知れない。
変人と思っててごめんなさい。
「いいか?話を整理するに、極限状態のお前の能力が暴走したことが原因で、事態は二段階に分かれて起きている。最初のパニックが生んだ勘違いを誘発させるやつと、後で絶望から生まれた廃人化させるやつだ。ただ、結果論の一つを補足的に伝えておくと、廃人化はファインプレーの側面もあった。勘違いはヤバすぎるからな。事故に火災に何でも起き得た。そのままだったら死人が大量に出てもおかしくない危険なものだったんだ。ただ、何にせよこれからお前の同級生を含め、みんなを元に戻さなきゃいけない。」
僕は頷く。
「ところで気付いているか?お前の能力、シンクロは上書きが出来ている。カオスにする方のやつは今機能していないからな。」
あぁ、たしかに。
「てことは、今かかってる廃人化をお前が上書きすれば、事態は解決に向かう見込みがある。」
あぁ!たしかに!!
「つまり、今度は自己否定の逆をシンクロでやるってことだ。だからお前は自分を許して前に進まないといけない。」
え⋯?⋯⋯僕を、許す⋯⋯??




