第一話∶僕の妥当
※本作には作者の体験談をもとにしたイジメ・自死・暴力に関する具体的な描写があります。ただ結論を言うと、私は死ななくて良かったと心底思っています。そしてイジメも自死もあってはならないことです。もしあなたが苦しさを感じているのであれば、勇気を持って助けを求めてください。その勇気には自分と向き合い現状を認めること、考え続けることを含めます。ただし、途中で潰れてしまっては元も子もないことも忘れないでください。
世界は人を傷つける。
僕はその背を知らずに押した。
自分を楽しんで生きたい。
望むことはたったそれだけ。
なのに、こんなに難しい。
僕の妥当を聞いて欲しい。
君の妥当を教えて欲しい。
【歩上花太郎/ホノボリハナタロウ】
僕の名前は歩上花太郎。
ばあちゃんは僕を可愛がって育ててくれた。
それで時々母さんとケンカしてたけど、歩上の跡取りだからってばあちゃんは譲らなかった。
小学校の授業参観で将来の夢を発表するのに、僕は「テンノウヘイカ」って答えた。
意味はわかってなかったけど、一番偉い人は誰?って聞いたらそう教えられたから。
母さんに僕はそれにはなれないって言われたんだけど、そんなのわからないじゃないかって思った。
僕は中学二年になった。
下駄箱の前で僕は一人、ほっとしていた。
今日は靴があったから。
でも中にはボケとかカスとか消えろとか書かれた紙屑が詰め込まれていた。
書かれている内容が幼稚な分だけ余計に僕を削り取る。
足枷でも引きずるような重い足取りで、僕は歩き出した。
途中、下野と鉢合わせた。
思わず「うわっ」って言っちゃったから、アイツは僕の前に立ったのかも知れない。
「今日のアレ、なんだよ。」
今日のアレっていうのは体育のサッカーで僕がオウンゴールをしちゃった件だろう。
そりゃ確かに「なんだよ」だと思う。
だから返す言葉に困っていたら、脚を蹴られた。
「グズがよー。」
下野は苛立ちを隠さず、そのまま僕の胸ぐらを掴む。
マズい、このままじゃ一発もらう。
と思ってたら鼻に激痛が走った。
下野は振りかぶって更にもう一発いく気満々だ。
なのに僕の思考はどんどん遅くなって、追い付けなくなっていく。
「やめなよ。」
間一髪のところで、偶然通りかかった康介が止めに入った。
「くだらないことし⋯⋯」
「うぜぇな、てめぇは!」
康介が言い終わるより早く下野は舌打ちして、どこかへ行ってしまった。
「大丈夫?」
気遣って声をかけてくれたのに、僕は黙ったままだった。
悔しかった。
弱く、情けなく、オマケでしかない自分が。
僕は助けてもらった礼も言えずに逃げ出した。
家に帰ってからも、僕は母さんとばあちゃんから逃げなくちゃならなかった。
泣きべそで声がうわずるのがバレないように、息を止めてから一声だけ頑張って、部屋へ逃げ込んだ。
今思えば素直に助けを求めるべきだったのかも知れない。
でも僕は自分の情けなさと向き合えなくて、それが出来なかった。
父さんは世界的に評価されている義足技師で、じいちゃんは毎日沢山の人が訪ねてくるコンサルだ。
二人とも忙しくて殆ど顔を見ることがないけど、母さんもばあちゃんも、必然的にその水準を僕にも求める。
やっとの思いで自分のベッドまで辿り着いたのに、全然安らげない。
身体が重く沈んで、暗い底なし沼が僕を飲み込んでいく気がした。
現実と妄想の区別もつかなくて、「あっ、マズっ。溺れる!」って焦ったのに何もする気になれず、なし崩し的に時間が過ぎる。
上手くやれない自分の自業自得だ。
そう自分に言い聞かせるから、逃げ道がなくなって余計に世界が重く沈む。
それに気付いていなかったから、僕は追い詰められてしまった。
勿論死ぬのは怖い。
でも、そう言い切れないくらい終わらせたかった。
カッターナイフを手首に置いたけど、最後のひと手間がどうしても出来ない。
僕は自分の将来に希望を捨てきれなかった。
結局夜更けまでかかって、「来週も死にたかったら死のう」と判断を先延ばすことに決めた。
ただ、来週の自分はもう選べない気がする。
その時もし衝動的に試みた結果が上手く出来ず、無駄に苦しむ結末とか嫌だから、確実かつ出来れば楽な方法だけ前もって探して準備しておこうと、僕はスマホを手に取った。
コッ、コッ。
静けさに響くタップ音が心に積もる。
その中で、僕は同い年の少年が隣町で自殺したニュースに出会った。
イジメを告発する遺書を残して、裏庭で首を吊っていたらしい。
「バカじゃないの」
出て来た言葉に自分で驚いた。
でも、その通りなんだ。
自分を殺すくらいなら、他にできることがいくらでもあっただろう。
告発の遺書を残して、本当にそれが復讐になると思っているのか?
社会は都合の良い正義なんて代行してくれない。
むしろ向こうだって必死だから、言いがかりだとか誤魔化されでもしたら無駄死にじゃないか。
その時、僕は死人に口無しだ。
百歩譲って復讐が成り立ったとしても、その成果を自分で目にすることだって出来ない。
何より、そんなじゃ僕の尊厳は護られない。
彼の姿は僕がやろうとしていた未来だった。
だから逆立つように思考が走る。
許さない。
こんなの認めない。
なんで僕らがこんな理不尽を受け取らなくちゃいけないんだ。
だったら、いっそこの手で
皆殺しにすればいい。
僕が一人で死んでいく必要なんてない。
僕の尊厳と命を追い詰めるアイツらに命懸けでやり返してやろう。
『僕もアイツらも平等なんだ。』
そう思った瞬間
キン!
って音が鳴って、僕の中で何かが弾けた。
周りの時間が止まってから、僕の動きに合わせて再び動き出す感覚。
重く歪んでいた景色が、鮮やかになって拡がる。
死ななくていい。
まだ別の選択肢がある。
それに気付かせてくれたニュースの彼は僕の代わりに死んでしまったのかも知れない。
彼に感謝と、心の底から謝りたいと思った。
「心の底から」とはこれを言うんだと生まれて初めて実感した。
でももう、彼は世界のどこにもいない。
その夜、寝付けなくなった僕は父さんの工具箱を引っ張り出した。
手に取ったハンマーの重さが妙に馴染む。
まるでずっと前からこの身体の一部だったみたいだ。
ハンマーを入れた通学鞄を抱きしめて僕は寝落ちした。




