19.孤児院
建物の中にフレアの身体が滑り込むと同時に、ドアは素早く閉められた。
何事かと見回したフレアの目に先ほど手を引いてくれた小さな女の子と、ドアを開け閉めしたのであろう大男の姿が映る。
その大男は二メートルを優に超える巨躯をしており、顔には大きな切り傷の古傷が走っていた。
ドンドン、と乱暴にドアが叩かれる。
どうやらフレアが建物に入るところを見られていたらしい。
大男はフレアに室内の奥に隠れるように手を振り指示を出すと、ドアを開けた。
「うるせえぞ! 何時だと思ってやがる!」
大男が姿を現したことで、興奮していた追手たちも思わずたじろぐ。
「ここにフレアが入るのが見えたんだ! 反逆者を匿うつもりか!」
気圧されながらも、追手の一人が声を張り上げた。
「知らねぇよ、見間違いだろ ここを何処だと思ってんだ? チビたちがもう寝る時間なんだ。これ以上騒ぐってんなら容赦しねぇぞ!」
大男はそう言いながら建物の表札を親指で指さした。
『トラの穴 孤児院』
指をバキバキと鳴らす大男。顔には大きな傷があり、どう見ても堅気には見えない。
物陰から様子を見ていたフレアですら威圧感を覚えるほどで、追手たちは肝を冷やしたように気まずそうに引き下がっていった。
「あ、ありがとうございます、でもどうして…」
礼を言うフレアには開口一番そう聞いた。
「立ち話もなんだ食堂で座って話をしょう」
そう言いながら大男はニコッと笑う。笑うと結構愛嬌のある顔をしていた。
「改めてお礼を申し上げます、わたくしフレア・ブラッシーと申します」
椅子に座る前に淑女らしく礼をしながらお礼をする。
「知っている、知ってるさっきの魔法ビジョンで見てたぜ」
笑いながら大男はそう答えた。
魔法ビジョンで見ていたのなら、なおさらなぜ助けてくれたのか分からず、フレアは首を傾げる。
「俺の名前はロシモフだ。それでさっきあんたの腕を引っ張ったのがこのベス。こっちのちょっと大きいのがアリスで一番小さいのがコリンだ。」
どうやら他にも子供はいるようだが、特にロシモフに懐いているのがこの3人らしい。
「それでどうして私を助けて頂いたのですか?」
国家反逆者みたいな扱いを受けている自分をどうして助けてくれたのか聞いた。
「わたし、王様も王子様嫌いだもん!」
ベスがぷくっと頬を膨らませながら言う。
「王様も王子様も悪い人ではありませんわ、わたくしのお父様とともに毎日国を豊かにするために頑張っておられます」
「ウソ! だったらどうして私たちは…」
今度は年長のアリスが反論した。
言われてみれば、子供たちは皆かなりみすぼらしい格好をしており、栄養も足りていないように見える。
「まぁ落ち着け。確かに戦争が終わってから、国も少しずつ豊かになってきている。だが、その恩恵がここまで届くには時間がかかるんだ」
そう言いながらロシモフは子供たちの頭を撫でる。
フレアも気まずそうに俯いた。
「どうして助けたか?だったな。あんたが面白そうなことをしてたからだ。アトキンスの旦那を巻き込んで何を企んでいる?」
興味深そうにフレアの顔を覗き込む。
「・・・アトキンス将軍をご存じなのですか? ロシモフ? まさかジャイアント・ロシモフ!?」
フレアは、ロシモフという名前とその巨躯を見ていながら気づけなかった自分を恥じた。
ジャイアント・ロシモフ。
前の戦争でアトキンス将軍旗下にて活躍し、『救国の戦士』とまで呼ばれた英雄だ。
戦争終結後に退役したあと、暴力沙汰を起こして地下試合に出入りしているなど悪い噂が絶えなかったが、まさか孤児院に身を寄せていたとは。
伝説の戦士ロシモフ。
ゲームではシナリオ次第で魔王になることすらある人物だった。
そのルートでは、戦後に力の使い道を失って堕落したロシモフが、孤児院の園長や子供たちに救われるものの、支援を受けられず孤児院が廃園になったことで絶望し、王国を滅ぼす魔王として覚醒する――そんな展開だったことをフレアは思い出していた。
「なんだ知っているのか? あの頭の固いアトキンスの旦那がまさかあんなことに手を貸すとは思わなかったぜ あんた達何か面白そうなこと企んでるんだろ?」
魔王になるとは思えない人懐っこい笑顔で問いかけてくる。
「ええ ロシモフ様にも手伝っていただけると嬉しいわ」
ロシモフは社交辞令と思ったが、フレアがまっすぐこちらの目を見てくる。
その目は貴重な宝石でも見るかのように語りかけてくる。
(欲しい・・・)
後に魔王になるほどの人材をフレアは欲しくてたまらなかった。
「あ、あんたが本気なのは分かった。だがアトキンスの旦那には、退役直後に世話してくれた時に不義理を働いちまってな、今更、合わせる顔が無い、それに俺にはここでこいつらを守ってやりたいんだ」
そう言いながらロシモフは孤児たちを抱き寄せる。
「……仕方ありませんわね。でも、わたくし諦めは悪くてよ」
その晩、フレアは孤児院で世話になり、翌日にはアリスが侯爵邸へ赴き迎えを呼んできてくれた。
「大変お世話になりました、このお礼はいずれ必ずさせて頂きますわ」
挨拶をするとフレアは馬車に乗り込む。
動き出した馬車の中でフレアは考える。
(孤児院を支援出来ないかしら?)
そう思ったときに頭の中にエラー音が鳴り『フレアは悪役らしくない行動は出来ません!』というメッセージが流れた。
『異議あり!』
フレアは心の中で強く念じる。
するとメッセージが止まった。
『かの名作『タイガーマスク』ではリング上では悪魔のような悪役として戦いながら孤児院の支援をしていたわ! つまり孤児院の支援は悪役の必須事業よ!』
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『審議の結果、孤児院への支援は悪役的行為とみなします』
(……案外、融通が利くのね。このシステム)
フレアの頭には、
“システムを制する者は世界を制する!”
という、どこかで聞いたようなフレーズが浮かんでいた。




