17.鮮血の魔女
自らリング下に逃げだしたフレアに対し、リングアウトのコールと観客の罵声が始まる。
20カウントで失格。だがそれではルール上も見た目にも完全決着とはならない。
チャールズはリング上で手招きをするが、フレアは悪態をつきながらうろうろしたりリング下に潜り込んだりとまるで戻る気配がない。
リングに上がる気配のないフレアに観客は苛立ちを隠せずブーイングを送る。
みかねたチャールズは、馬鹿正直にフレアを追ってリングを降りた。
「おーっほっほっほっ!」
高笑いを上げながらフレアは、降りてきたチャールズの顔に白い粉末を叩きつけた。
飛び散った粉末は客席まで届く。
「これ......塩?」
客席から声が漏れた。
あらかじめリング下に隠しておいた塩だlった。
まともに目に浴びたチャールズが目を抑え苦しむ。
フレアは悶えるチャールズの身体を捉えると力任せにリング下と客席を分ける鉄のフェンスに叩きつけた。
あまりの卑劣な行いに場内が静まり返る。
更にフレアはリングを支える鉄柱にチャールズを叩きつけた。
頭と痛めていた腕を打ちつけられ、チャールズは腕を抑えて悲鳴を上げ転がる。
額からは血も流れ出していた。
残虐な表情で場内を見回した後、フレアはチャールズの額に塩を塗り込む。
目を瞑ったまま額を押さえて逃げようとするチャールズ。
さらなるフレアの行動に観客は戦慄した。
先ほどチャールズを叩きつけた際にフェンスがずれ、客席と繋がってしまった隙間から椅子を引き抜く。
椅子を畳むと、チャールズの背中めがけて振り下ろした。
「おーっほっほ! おーっほっほっほっ!」
高笑いを上げながら椅子を振り回す、倒れたチャールズに容赦なく椅子を何度も振り下ろす。
信じられない光景だった。
王族が椅子で叩きのめされている。
卑劣で非道なフレアに、客席は殺気立ち始めていた。
フェンス周辺に衛兵が立っていなければ、チャールズを助けるため今にも乱入が起きていたかもしれない。
抵抗が出来なくなったチャールズをフレアは無理やりリングに押し上げる。
更に椅子をリングに投げ込み、追いかけるように自身もリングへが戻った。
回復をしないチャールズに椅子を振り下ろそうとする。
会場に悲鳴が響き一部の女性客は目を覆っている。
間一髪、アトキンスがフレアが手にした椅子を掴み止める。
椅子を巡り、フレアとアトキンスがもみ合う。
アトキンスは5カウントを数え、椅子から手を離すよう促すが、フレアは一瞬手を離してすぐ掴み直した。
二人が椅子を巡って争う間に、チャールズは視界を取り戻し、よろめきながらも立ち上がろうとしていた。
椅子を離そうとしないフレアに業を煮やしたアトキンスが、フレアめがけて拳を放つ。
ひょい、とフレアがかわす。
その結果、歴戦の将軍の拳が、起き上がりかけたチャールズの顎へクリーンヒットした。
強烈な一撃に、チャールズは大の字になって倒れる。
思わぬ展開に、観客は呆気に取られた。
フレアは舌を出し、目を剝きながら客席を一瞥するとロープで反動をつけて高く跳んだ。
倒れているチャールズの首元に向けて太ももを叩き下ろすーーギロチンドロップ!
王族の首にギロチンが落とされた。身動きも出来ないチャールズの足を抱えながら肩をマットにつける。
会場は悲鳴に包まれた。
優に3秒は経ったように見えたが、カウントは始まらない。
王族を殴ってしまった衝撃からか、アトキンスは呆然としていた。
「レフリー! カウント!」
苛立たしげにフレアが叫ぶ。
その間に気を取り戻したチャールズは、どうにかフレアの押さえ込みを解いた。
技が解けると、カウントを取らなかったアトキンスへフレアが詰め寄る。
何事か言い争った末、フレアがアトキンスへ手を上げた。
アトキンスは場外へ合図を送る。
けたたましくゴングが鳴り響き、試合終了が告げられた。
何が起きたのか理解できない観客を前に、マイクを受け取ったアトキンスが説明を始める。
「レフリーへの暴行により、フレアの反則負けとなります」
煮え切らない決着に、観客は動揺していた。
フレアはアトキンスからマイクのような魔法具を奪う。
「おーっほっほっほっ! 命拾いをしたわね、軟弱王子! わたくしは負けていないわ。だって、こうしてマットに立っているのはわたくし! 足元に跪いているのはあなた!」
まだ立ち上がれないチャールズは、ぐっと歯を食いしばり、屈辱に耐える。
「でも心配しないで。わたくしは優しいから、弱虫のリーガル王家と違って、何度でもあなたの挑戦を受けてあげるわ!」
「わたくしは、いつ何時、誰の挑戦でも受けて差し上げますわ。おーっほっほっほっ!」
捨て台詞を残し、フレアは衛兵に囲まれながら悠然と花道を引き上げていく。
(やり過ぎだ……)
様子を見守っていたエリックは、頭を抱えていた。
やりたい放題のフレアに、会場は爆発寸前。
もし衛兵に囲まれていなければ、フレアが無事に控室まで戻れたかどうかも怪しいほどだった。




