第6話「アレクシスよりも?」
「ルイティル嬢、それでは後ほど」
「ありがとうございます、アレクシス様。伯爵家でお待ちしておりますね」
アレクシスの頬が少し赤くなり、顔を背けた。
「はい……引き継ぎが終わり次第、帰りますので」
兄ジュリアンと、ウィンターボーン伯爵は二人のやりとりを微笑ましく見ていた。
「私たちは、急いで迎えの準備をするから、ゆっくり向かってきてくれ」
伯爵が言った。
「そんな、お待たせするわけには参りません」
伯爵はジュリアンのタイが乱れているのに気づき、直そうと近づいた。
「まだ私たちの関係は、『隣の領主同士』にみられた方が良い」
厳しい目つきと口調に気づき、ジュリアンは背を正した。
「あっ……ありがとうございます」
「そうだ、君たちは平民のお祭りには興味があるかな?」
「お祭り……ですか?」
「そう。川沿いを進んでおいで。まだ準備中だが彼女なら喜ぶと思う」
ジュリアンは伯爵の提案に少し勘繰ったが、「分かりました。そのようにさせていただきます」と伝えた。
◇ ◇ ◇
「アレクシス様、大丈夫でしょうか……」
ルイティルは落ち着かない様子で、馬車に揺られていた。
「何が?」
「登城なさった時とは、お姿が変わっていらっしゃいましたでしょう?」
「……ああ、上司が事情を知っているみたいだから、そこは大丈夫だと思うよ」
「そうですか……」
少しほっとしたのか、外の景色を見ると、川のそばで人が集まっていた。
「あれは何をしているのでしょうか」
目をキラキラさせて、外の景色を食い入るように見ている。
ジュリアンは、伯爵から聞いたお祭りの事を話した。
「もしかして『星跡祭』でしょうか」
「『星跡祭』?」
「ええ、『翠玉の詩集』に『星降る夜の調べ』という詩があるのですが、おそらくその詩を元にしたお祭りだと聞いています」
「確か、ルイティルの好きな本の……」
「はい。川の流れに沿って、星の飾りが施されているんですが、詩の中でも同じお祭りが描かれていて」
「なるほど」
「月の光と、その光を映した川の水面――両方を浴びた飾りを一年間大事に持ち歩くと、願いが叶うというものです」
年相応のうっとりと話す妹の表情を見て、ジュリアンは確認したいことがあった。
「ルイティル。一度冷静になった方がいい。
王宮の図書室や、アレクシス様のご様子を見て興奮状態になっているんだよ」
「お兄様。わたくしは冷静ですわ。
わたくしは何もかも受け入れる覚悟でいますもの。
お兄様は何を心配されていらっしゃるの?」
「……呪いの事だよ。
確か呪いは遥か昔、『魔法』というものが存在していた時代に最後まで残っていたもの。
それが『呪い』だったはずだ」
「まぁ、お兄様。ご存知でしたか」
"知と情報のベルモント"と呼ばれるこの家では、代々の当主が蔵書や社交界を通じて、こうした古い知識にも触れてきていた。今更驚くことではなかった。
「……だから、わざわざ昔のものに頼ってまで、彼をどうにかしたい人がいるって事だろう?
何かあるんじゃないか?後ろめたい事とか」
「分かっております。ですが、アレクシス様がそれで苦しんでいるのなら助けたいと思うのです……」
兄のジュリアンは大きくため息をついた。
そして、馬車の外を眺めながら、静かに口を開いた。
「私も、見てしまったからな。アレクシス様の姿を。
彼も悪い方じゃない。ルイティルの話によくついてきてくれるって思っているよ」
さらに息を大きく吐き、ルイティルを真っ直ぐに見た。
「だから、お前が後悔しなきゃ、それで良い」
「お兄様……」
(本当に心配してくださっているのですね……)
いつもの領主としての口調ではない、久しぶりの素の言葉に、ルイティルは思わず目を細めた。
◇ ◇ ◇
ウィンターボーン家に着くと、使用人の出迎えがあったが、なぜかその表情はどこか強張っており、ルイティルは小さく眉をひそめた。
「早く着きすぎたでしょうか?」
「ルイティル。こちらも急な事だったから、日を改めた方が良いのではないかな?」
ジュリアンの言葉に、使用人は軽く咳をし、「いいえ、お待ちしておりました」と答えた。
「ベルモント家の方がお見えになったら、必ず、お通しするようにと言われております」
玄関が開き、ジュリアンとルイティルが足を踏み入れると、目の前に、ここにいるはずのない人物が立っていた。
二人は、息が止まり、思わず互いの顔を見合わせた。
すぐさま、頭を下げ、ジュリアンは声を絞り出すように言った。
「ジュリアン・ベルモント、ルイティル・ベルモントが国王陛下にご挨拶申し上げます」
なんで……国王陛下が伯爵家にいらっしゃるの?
デビュタントの時に一度だけお会いしたことがあるが、深い赤紫色の瞳は王家だけの色だから間違えるはずがない。
でも、一瞬見えた服装は、冒険者のような姿だったような……。
「ジュリアン君。ルイティル嬢。紹介しよう。
彼はオーディス。私の親友で、旅から帰ってきたところなんだ」
「は……?」
ウィンターボーン伯爵はそう言って、にやっとした笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
二人は応接間に通され、国王に似た冒険者と向かい合って座った。
「俺も同席しても良いと言われているんだが、よかったかな」
「いえ、こちらこそ……」
ジュリアンはまだ混乱しているようで、ソワソワしてしまっていた。
「旅に行っていたんだけど、手紙でアレクシスの話があると知って、急いで帰ってきたんだよ。
書き方が脅迫めいていてね。見るかい?」
「脅迫めいただなんて、心外ですな」
冒険者とウィンターボーン伯爵は、仲が良いのだろうか。
とても楽しそうで、ルイティルもつられて微笑んでしまった。
「君がルイティル嬢だね。 噂は聞いているよ」
「あ、失礼致しました。えっと……」
国王の名はアルディス・テア・アルテミス。でも、今は名を偽っているのだと悟った。
「オーディス様。お会いできてとても嬉しく思います」
ジュリアンが驚いた表情でルイティルを見た。
『え……。これ、私も合わせないといけないの……?』みたいな表情をしているのが面白い。
「それで、旅とはどちらに行かれたのですか?」
「ヴィルティア国の方だね。あそこは、大きいギルドもあるし自然も豊かだし、料理も美味しいし。とても良かったよ」
「ヴィルティア国ですか!?なんと羨ましい!!」
淑女の顔も忘れ、思わず声を上げてしまった。
オーディスは、くくくと笑い、満足げな顔でルイティルを見た。
「興味あるかい?」
「もちろん!」
「アレクシスよりも?」
オーディスの瞳から光が消え、威圧を放つような雰囲気を纏ったように感じた。




