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子爵令嬢は30歳まで独身宣言しました~呪いが解けたら同い年でした~  作者: 川浪 オクタ


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第5話「すとんと落ちた言葉」

 上手な言葉なんて、もういらない。

 気づけばルイティルは立ち上がり、アレクシスをまっすぐに指差していた。


「あと一つだけ!」


 令嬢らしからぬ大きな声が、王宮の図書室の奥の一室に響き渡った。


 はしたないと言われたって構わない。これだけは、どうしても伝えなければ。


「わたくしはアレクシス様と結婚するために、三十歳になるまで結婚しません!!」



 部屋に沈黙が訪れた。


 机の上に置いた、利用時間が分かる魔道具の微かな音しか聞こえない。


 アレクシスの隣に座っているウィンターボーン伯爵が、唖然としてルイティルを見ている。


 アレクシスも何が起こっているのか理解できず、思考が追いついていないようだった。


 ルイティル自身もどうして良いか分からず、静かにソファに腰を下ろした。


 顔が熱い。


 おそらく耳まで真っ赤になっているのだろう。


 向かい合う二人の方を見られず、テーブルの上のカップに視線を移した。



「ははっ……どうやら彼女は本気でお前のことが好きなようだよ」


 笑いを堪えながら、先に伯爵が口を開いた。


「なぜ三十歳なのかは分からないけれど……それは後から聞くとして」


「んんっ……ふふ……すまない。ルイティル嬢」


「……いえ。わたくしこそ」


 さきほど伯爵が言った言葉に、何か引っ掛かるものを感じた。


 好き?


 惹かれているではなくて、好き?


 好きというより、この今の想いは――。


「愛しています」


 ルイティルはアレクシスを見上げ、再度確かめるように言った。



「わたくし、アレクシス様のことを愛しているのですわ」



 そう——愛している。口にした瞬間、その言葉が心の奥にすとんと落ちた。



 ルイティルの直球の言葉に、アレクシスは再び固まり、伯爵は思わず目を細めた。


 その瞳が、値踏みするようにルイティルを見つめる。


 先ほどまでの冷たさが、ゆっくりと和らいでいくのが分かった。


「……そうか、君はそこまで」


 伯爵は何かを決心したように、アレクシスの腕を引いてソファに座らせた。


「アレクシス。彼女は本当にお前のことを思ってくれているようだ」


「すべてを話しても、受け入れて助けてくれそうではないか?」


「父上……」


「ルイティル嬢の評判は以前から聞いていたよ。王命の縁談が動く前に、こちらに縁ができたのは好都合だ」


「そういうことを本人の前でおっしゃる父上も、どうかと思いますが……」


「いや、彼女はわかっていると思うよ。私がどういう人間か」


 王命で婚約の話?

 そのようなこと、兄から聞いていないけれど――。


「大丈夫ですわ、アレクシス様。わたくしの学びは、誰かに命じられてではなく、わたくしが愛するもののために使っておりますもの」


 少し困った顔をして、伯爵がアレクシスとルイティルを見る。


 やがて伯爵は立ち上がり、ドアの方へ向かった。


「さて、せっかく王宮の図書室に来たんだ。私は本でも選んでこようかな」



 静かにドアが閉じ、部屋にはルイティルとアレクシスだけが残された。


「――ルイティル嬢」


 名を呼ぶ声は優しかった。


 しかし、その表情は何かを押し殺すような笑みだった。


「私もあなたに惹かれているのは同じです。ただ――」


「本当のことを話しても、あなたが私のことを想い続けてくださるのか、信じられないでいます」


「本当のこと――」


「私の体質……呪いのようなものですが」


 呪い……?

 書物で読んだことがあるだけだ。それは、魔法が存在していた遠い昔の話だと――。


「ここでは詳しく話せませんので、日を改めてお誘いしたいのですが……」


「今では、いけませんの!?」


「え?」


「今というか、この後、お邪魔してもよろしいですか?」


「これから?」


「呪いなど、く・わ・し・く!」


「父に……一度確認して……」


「分かりました! 早速お伺いに参りましょう!!」


「ルイティル嬢、まずは私の話を……」


「アレクシス様も、ご一緒に参りましょう」


 右手を差し出したルイティルの姿に、アレクシスは思わず笑みをこぼした。


 ◇ ◇ ◇


 図書室の部屋を出た伯爵は、廊下でジュリアンと落ち合っていた。


「君から見て、息子はいかがかね」


「……その前に、妹のあの振る舞いをお許しください。なんであんなに強引なんだか」


 本当に恥ずかしいのか、ジュリアンは顔を赤らめながら俯いた。


「ふふ。あいつには、彼女のように引っ張っていってくれる人でないといけないと思っていたところだ」


「――ですが、妹を悪いように扱うような家では困りますね」


「そう警戒してくれるな。これでも君の父君とは、昔は何度か杯を交わした仲なのだよ」


「父と……?」


 ジュリアンは目を見開いた。そのような交流があったとは、初めて聞く話だった。


 思えば父が逝ったのは、自分がまだ王都の学園にいた頃だ。家を継ぐのに精一杯で、親の代の縁まで気を配る余裕はなかった。


「ご存じなかったか。まあ、無理もない。君は若くして家を背負ったのだからな」


 伯爵は穏やかに目を細めた。


「だからこそ、君のことは前から気にかけていたよ。これから私たちの領は隣り合うことになる。仲の良い隣人でいたいものだ」


「……そうでしたか。お恥ずかしい限りです」


 ジュリアンは少し戸惑いながらも、頭を下げた。


「ところで……実は先ほど、王宮で妙な話を持ちかけられまして。それも含めて、改めてご相談できればと」


「ほう。それは興味深い」


「ははは。それも、妹次第になってしまうかもしれませんね」


「ふふふ。末長くお願いしたいものだね。これから私の家に来てくれ。そこならゆっくり話もできる」


 ドアの前で中の様子を伺っていた兄ジュリアンとウィンターボーン伯爵は、顔を見合わせた。


 ルイティルとアレクシスは、見られていたとも知らずに――。

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