第4話「姿が変わっても」
ルイティルが王宮の図書室に来るのは二度目だった。
この国では貴族籍のある者か、紹介状がなければ入れない場所らしい。
兄が受付の司書に入室許可の確認をしている間、ルイティルは叫び出したい衝動をこらえながら、椅子に腰かけてそわそわと足を揺らしていた。
初めて来た時は夜だったため、図書室の灯だけでは全体を見渡すことができなかった。
今すぐ椅子から立ち上がって、本棚を端から端まで見て回りたい。
蔵書はどのくらいあるのだろう。受付から奥を覗いても、壁が見えない。
王都にある国立の図書館にも訪れたことがあるが、それよりも数倍の本が大切に並べられている。
「……二時間で足りるかしら」
「ルイティル。声に出てるよ」
受付を済ませた兄から、砂時計を渡された。
「これは?」
「特別に五時間にしてもらったよ。ここに居られる時間を計る魔道具だ。まだ居たいからといって逆さに戻しても分かるようになっているからね」
「なるほど……こういう道具があったのですね」
「……君に渡すと、内の構造が知りたくて分解しちゃうだろ」
司書がぎょっとした顔でこちらを向く。
「……大丈夫ですわ。王宮にあるものは壊しません」
◇ ◇ ◇
入室が許可され、案内されたのは蔵書のある場所よりも奥まった一室だった。
アレクシスが気を利かせて部屋を用意してくれたようだ。——本棚は、また今度。今はそれどころではなかった。
アレクシス本人はまだ来ておらず、ウィンターボーン伯爵が先に来ていた。
「初めてお目にかかります。私はニーヴェン・ウィンターボーン。アレクシスの父です。この度は息子が心配をかけたようで申し訳ない」
白髪が似合う、優しそうな瞳の男性だった。
「いいえ。わたくしが勝手に心配していたのです……家族にも心配をかけてしまいました」
「ジュリアン殿から貴女の話を聞いて、すぐアレクシスに問いただしましたよ。ろくに説明もせず、挨拶もそこそこに帰るとは」
その時だった。勢いよくドアが開いた。
そこに立っていたのは、明らかに年上に見える男性だった。
「父上、それ以上は——!」
声は聞き慣れているから、間違いようもない。
けれど目の前に立っているのは、どう見てもアレクシスではなかった。
「……アレクシス様、なのですか?」
「え? 何をいって……」
男性は壁際のガラスに映った自分の姿を見て、ようやく気づいたらしい。みるみる顔から血の気が引いていく。
「お前は何をやっているんだ……」
ニーヴェン伯爵は、思い詰めた表情でアレクシスを見ていた。
◇ ◇ ◇
兄はこの後約束があるとのことで、部屋にはルイティルとアレクシス、そしてニーヴェン伯爵の三人が残された。
「……アレクシス、今日は予兆はなかったのか?」
「はい、全く。だから来たのですが……」
「そうか……そうだな」
伯爵は何度もため息をつきながら天井を見上げたり腕を組んだりと、落ち着かない様子だった。
ルイティルはドアの付近に置かれていたティーセットに気がついた。
「お茶をお入れしますね」
「あ……ああ。すまない」
(アレクシス様は入ってきた時に一度目が合っただけで、それからずっとこちらを見てくださらない……)
(なぜこんなにも、苦しいのでしょう)
上手く入れられたか自信はなかったが、硬い表情のままの二人の前にそっとカップを置く。
一口飲んで落ち着いたのか、二人の表情も少しやわらいだ。
「……アレクシス様。わたくし、気になったことは今すぐにでも知りたい性分なのです」
「夜会でお会いした時と、子爵家にいらした時、そして今——同一人物とみてよろしいでしょうか」
二人は驚いた顔をしている。
以前読んだ他国の探偵小説のせりふに似ていた気がするが、この際構わないだろう。
「ははは。話には聞いていたが、アレクシスとは対照的で、はっきりとものを言うご令嬢じゃないか」
「……父上」
「そうだな……目の前で見られてしまっては、話すべきなのだろうが」
「アレクシスはベルモント子爵令嬢をどこまで信頼できる?」
「どこまで……ですか?」
「正直、私は口止めをして二度と会わせたくはない。口封じもやむを得ないと考えている」
「え……」
伯爵の冷たい瞳に、背筋が凍った。
(もしかして、深入りしすぎている?)
手が少し震えていた。
これは伯爵の威圧から?それとも、彼と二度と会えなくなることへの恐れから?
(——会えなくなるのは、嫌)
「アレクシス様! わたくしはおそらく、アレクシス様に惹かれております」
「姿が変わっても、心は変わっていないと」
「夜会の図書室の時も、子爵家でも、わたくしが知らないことを優しく教えてくださいました」
「……とても楽しかったのです。とても……」
気づけば、涙声になっていた。
「——ルイティル様」
アレクシスが立ち上がっていた。何かを言いかけて、けれど唇を閉じる。拳が、かすかに震えていた。
自分でも、こんな感情は初めてだった。
もっと言いたいことがあるのに、言葉が出てこない。
何か言わなければ。
彼に伝えたいことを。
もう会えなくなるのは嫌だから。




