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#47 憧れを目指すは苦のミチ。

 一体どのくらい眠っていただろう……状況的に捕らわれたのだと思うが、捕らわれの空間があまりにも心地良い肌触りで、おまけに適度に揺れてたもんだからつい寝ちまったよ。


『ふぁ~、三十分は寝たか。ユクスは居るか?』


 返事は……無い。


 周りを見るとフカフカとした黒く柔らかい羽根に包まれている。ユクスが大きいカラスなら、この羽はユクスが即席で作ったベッドなのだろう。


 ここは……谷か。アホみたいに高い岩壁に挟まれているから、谷には違いないんだけど、上を見ても霧が凄くてよく見えないし、日の光も霧で遮られて薄っすらとしか見えない。



 うーん、簡単に逃げれそう、逃げちゃおっかな?……いや、ユクスが黒ノ王でここが谷なら、多分この場所が雲海の谷なんだろうな。って事は焦って逃げなくてもメル達が黒ノ王に襲われることは無いし心配要らないか。


 おっと、来たか。


「お目覚めでありんしたか。ほんに……ケイオス様ときたら、妾の……む……胸の中であんなに激しく動いたかと思ったら……急に眠ってしまいんすに、どうしようかと思いんした」



 ケイオス様って、俺の事言ってんだよな?なんか、すっごい恥ずかしそうに言われたけど全く心当たりが無いぞ。ユクスのむ、胸を激しくナニしたって?くぅー!眠ってる時にそんな大胆なことしたって意味ないだろ、俺のクソ馬鹿やろう!



『今起きた所だよ。ここは?』


「雲海の谷でありんす。ケイオス様、お手を」


 恥じらうユクスに手を引かれて連れて来られたのは、薄暗い谷の底に設けられた、多くの蝋燭(ロウソク)と宝石で飾られた豪華な一室。クリーム色の土壁で囲われたこの部屋に屋根は無く、白く遮られた僅かな日の光と揺らめく炎で宝石が小さく煌めき素敵な空間を演出している。


 しかも、中央にある石のテーブルには美味しそうな料理が置いてある。


 これで青空が見えたなら“隠れ家的青空レストラン”として世に売り出し、異世界成り上がりストーリーを目指せたかもしれないのに。



「さぁ、心行くままお召し上がりくんなんし。ステーキにホワイトベリーの盛り合わせ、ケイオス様の好物は沢山用意してありんす。お前たち!ある分全て持ってくるが良いぞ!」


「ハイ、ジョオウサマ」


 目の前では、モンスターなのか人形なのか分からないが……。


 本当になんだこれ、ゲームでもアニメでも見たこと無いぞ?ひょろ長い四角い顔に四本の腕、頭の後ろから小さな羽が生えているが二足歩行で歩いている、そんな目だけがやたらと可愛いらしい物体によって、御馳走が石のテーブルの上に所狭しと並べられてゆく。


『ユクス、気持ちは嬉しいけど、こんなに沢山出さなくて良いよ』


「ケイオス様、食欲が無いのでありんすか?」


『あー、そのケイオス様ってのは慣れないから、ルベルアって呼んでくれよ』


「ケイオス様……分かりんした、ケイオス様がそう望むならルベルア様と呼ばせてくんなんし」


『ありがとう、でも様は要らないよ』



 まぁ、鈍い俺でも、この状況に至った大体の経緯は想像できている。


 あの時モルドーが怒り始めた事や、ユクスがこんなに機嫌良く尽くしてくれる理由、それは二人が俺の事を“ケイオス様”なる人物そのもの(・・・・)であると勘違いしたからだろう。


 ケイオス様ってのは随分昔に暴れまわってた“魔王”の事らしく、ユクスがワプル村にちょっかいを出し始めた目的はラピスラズリを手に入れて魔王を復活させることだった。


 モルドーとユクスの話が本当なら、ユクスは魔王が生きていたと勘違いした時点でここらを襲う理由は無くなったはず。モルドーは魔王を封印した英雄らしいから逆に俺を倒すっていう目標が生まれた事になる。


 鍵になるのが俺で本当に良かった。万が一、俺の立ち位置がメルだったら……モルドーの対応も変わったかもしれないけど、もしメルがモルドーから剣を向けられたりなんかしたら立ち直れなくなるだろう。


 決めた!ユクスが俺に気を許してくれるなら“みんな仲良し大作戦”を決行してやる!モルドーも……メルに上手いこと言ってもらえれば、なんとかなるでしょ。



「ケイ……ルベルア様、食が進んでない様でありんすが、好みも変わりんしたか?封印から解かれてからは何をお食べに?」


『あっ……そういう訳じゃないんだけど』



 封印、されてないけどね。俺がこの体で食べた物……か。手羽先、スライムの残骸、ゴブリンの残骸。えっ、ちょっと待って、何この悪食!こんなん言えるかいっ!



『手羽先は食べたことあるけど、後は食べたっていうより魔力回復の為に吸い込んだ事しかないんだよね。ユクスの料理は美味しそうだからご馳走になるよ』


「ユクスの料理は……。ふふ、嬉しいでありんす……。心ゆくまで堪能しておくんなんし」



 さて、仲良し大作戦は良いけど、どうしたらいいかな。とりあえず一口。――パクッ。


 んん!?うまっ!!何このステーキ!こんな旨い肉、人間の頃でさえ食ったこと無いんですけど!


 何の肉だか分からんけど、少しレア気味に焼かれ、上には香草が細かく振りかけられてる。その香草が肉の臭みを取ってるのか、癖も無いし肉汁からでる旨味が凄い!星三つ!!



『旨いよ!めちゃくちゃ旨い!これって何の肉?本当に美味しい!』


「お口に合って安心しんした。それはルベルア様が好物だったアグリィブロンボの肉でありんす」



 アグリィブロンボ?なんだそれ、結局よく分からん。



『アグリィブロンボかぁ、ああ、アレね。どうりで美味しい訳だ、こんな美味しい料理なら何時でも食べたいよ』


 ユクスの顔が、急にチリソースの様に赤くなる。ヤバい、なんか気に触ること言ったかも?


「あっ……そんな……そんなお言葉を頂いたら、本気にしてしまいんす……ほ、ほ、本気にしても構わぬので?」


 あっ、これ違うわ。好感触みたいだ、良かったー!よし、このチャンスに気になってた事を聞いてみよっと。


『うん、嘘じゃないよ。本当に美味いし何時でも食べたいぞ』


「――――ッ!!」


『ところで、ずっと聞きたかったんだけどさ、ユクスって鳥なんだよね?今はにんげ……人族みたいに見えるけど、どっちが本当の姿なの?』



 俺の言葉にユクスが複雑な顔をする。それは怪訝な、とか不機嫌そうな、とかでは無く……パン屋に入って“牛丼一つください”と言ったらされそうな“はぁ?何言ってんのこの人”といった表情だ。



「そこまでお忘れになりんしたか?どちらも妾の真の姿に違いはありんせん、上級魔族であれば二つの姿を持つのは極当たり前の事でありんす」



 はい、また新たな真実キター!――パクッ。旨ーっ!!ううむ、ユクスも魔族だったのね。そりゃそうか、魔王と一緒に戦うくらいだもんな。



「もしや、ルベルア様はずっとそのお姿のままで?」


『えっ?ああ、俺は魔族じゃなくて悪魔だから人族みたいな姿にはなれないんだ』


「ふふ、あははは!あ、いや、これは失礼しんした。昔のルベルア様からは考えられないご冗談でしたので、おかしくて」



 えぇー、なんか笑いのツボ押すような事言ったかな。ボロが出るならとっくに出てるだろうし、まぁ良いか。



「ほんにお忘れにの様でありんすね。ルベルア様も歴とした魔族に他なりませぬ。悪魔族はルベルア様が封印されてから散り散りとなり衰退の一途をたどってしまいんしたが、悪魔族と言えば魔族の代表格でありんしょう」


『んっ?』


「ふふ」



 ……。悪“魔族”、ほんまや。俺、魔族だったんかい!どうしよう、メルに知られたら嫌われちゃうかな?でも、元人間だって事も知ってる訳だしセーフだよね。あれ?ってことは俺も変身できんのかな。



『あのさ、何から何まで分からない事ずくめで申し訳無いんだけど、俺も変身出来るの?』


「勿論でありんす。寧ろ、ケイ……ルベルア様は悪魔族でも希少な幻魔族でありんすから、他の悪魔族よりも姿を変えるのがお得意かと」



 マジかよ!人間みたいになれるんなら……えーと、特に思い付かないけど、元人間としてはテンション上がるじゃん!



『やり方、教えて!』



 俺は子犬の様に尻尾(体の下のチョロンと伸びた部分)を振り、弾ける笑顔(決して可愛くは無い)で変身の教えを願った。


 しかし、その途端ユクスの態度は一変。ずっと柔らかく微笑んでいた頬はキッと引き締まり、眼は獲物を狙う虎の様にギラリと座った。



「教えるからには、厳しくゆくぞ。覚悟してくんなんし」


『ヒッ!』



 それは、この世の地獄と言っても過言では無く、悪魔の体を無意識に維持しようとする俺を強引に引き伸ばしては千切り、千切っては投げ捨て、投げ捨てては蹴飛ばして……。


 手取り足取り教えるとは、言葉のあや等では無かった。自分で体を変化させるのは何の負担も無いのに、他者の手で強引にいじくり回されるとあんなに痛いとは……。そういえば、人に手伝ってもらうストレッチは痛かったっけなぁ……。


 その後は思い返すだけでも身の毛が弥立つ。


 同じ種族だったらしきケイオス様って本当に変身できたの?俺は出来ないけどね。と開き直ってみるも、続行され……。


 伝説の一角と呼ばれている黒ノ王のパワーハラスメント、途中で『も"う"良いでず!許じでぐだざい!』と泣き叫びたくなる冥府の合宿となった。



 ◇一晩中、雲海の谷に呻き声が響いたのは、(いま)(かつ)て無かった事だが、これがレコード・ルーラーの魔法の本に記載されることも無かった◇



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