#46 俺ニモ分かるように話シテ。
◇◆◇
♢例えばそう、仮にPちゃんが友達に誘われて食事に行ったとしよう。
行く場所は何度も利用したこともある馴染みのお店、なんの疑問も持たずに待ち合わせ場所に着いたPちゃんはいつもと違う現実を目の当たりにする。
困惑するPちゃんへ友達が言う
「今日はね、私の小さい頃からの友達も呼んだの、気が合うと思うから仲良くしてね」
“来る前に言ってほしかったな”と思いながらも特に人見知りという訳でもないPちゃんは笑顔で快諾。
ほんの少しの不安と、これで友達が増えるならという期待を抱いて開始された食事会、しかしいざ始まると友達とその友達が昔の話で盛り上がるばかりでPちゃんの事は置いてけぼり。
たまに「ね?コイツ馬鹿でしょ?」なんて振られたりするが、今日初めて会ったばかりのPちゃんが「うん、本当に馬鹿だね」なんて言える訳もなく二人に合わせて笑うのが関の山。
このまま食事会が終わってしまえば友達の友達、友友達とでも言おうか、友友達に後で「あの人あんまり喋らない人なんだね、次は二人だけで行こうよ」と無駄に屈辱的な評価を受けてしまう。
それは嫌だと感じたPちゃんは果敢に言葉を交わした、全然知らない馬鹿話に共感し、一ミリも面白くない過去話に大笑いをして。
それでも時が経つにつれ、Pちゃんの楽しさも増し、ちょっと変わった人だけどこんな友達も良いかもしれないと思い始めていた。
「でさぁ、コイツ潰れたゴリラのお尻みたいな顔じゃん?」
「えっ、またあの話すんの?ホントやめてほしいんだけどー」
初対面の人と話すときの鉄板ネタなのだろう、嫌がる友友達も言葉とは裏腹にツッコミを入れる準備万端といった様子でそわそわしている。
きっとまたしょうもない話だろうと予測しつつも、“待ってました!今日はこれが聞きたくて来たんだよ!”と言わんばかりに食い付くPちゃんが笑顔のままに言う。
「ちょっ、潰れたゴリラのお尻みたいな顔ってどんな顔!?」
Pちゃんの一言で、途端に豹変する二人の表情、友達は静止画の様に動きを止め、友友達は“はぁ?こんな顔ですけど何か?”と顔を突き出し眼をひん剥く。
突如として訪れる強大なアウェー感、だってどんなエピソードか知らないし、本気で気にしてるならあの流れで言わないでほしかったと恨み、後悔しても時すでに遅く、Pちゃんは仕方なしに謝った。
この例えを聞いた大半の人は思うだろう、Pちゃんは悪くないと。まさにルベルアの心境はPちゃんのそれと同じものであった。
いや、ユクスとモルドーの話す内容が真剣なモノであった分、Pちゃんよりも気まずかったかもしれない。
しかし、あまりにも突拍子もない話の中身にルベルアの導き出した答えが“ドッキリ”だったのだから自信たっぷりに口を挟んだのも頷ける。
結果、ルベルアは雰囲気をぶち壊し謝ることになったのだが♢
◇◆◇
「ルベルアさん、正直言うと僕はあなたの事を信用していませんでした。それどころか、黒ノ王の仕向けるモンスターの数が急激に増えた時期とあなたが現れた時期があまりにも似ていたので敵だと疑っていました」
『モルドー、そんな事言われても返事に困るぞ。敵じゃないし、状況もよく分からんし、被害が出てないなら今からでもユクスと仲良く出来ないのか?」
「私が言いたいのは、疑ってたせいでルベルアさんに状況や私達の秘密を話すのが遅れたということです。ユクスがここまで早く動いてくるとは思ってなかったのも原因ですが、危険なのはユクスの目的です」
『あー、まぁ別に良いよ。こんな見た目だしな、普通疑うだろ。目的?大魔王の復活とか?』
「さきから妾のことを忘れてもらっては困りんす、目の前に居るというのにあんまり話に出されれば、こそばゆくてかなわぬぞ。それと、ケイオス様の事を俗物のように語るでなし、この世で最も偉大な御方でありんした」
「偉大?あの魔王が世界の均衡にどれほどの変化を齎したのか忘れたのか?あの荒れた時代を見たあなたなら分かるだろう、八の神獣が半分に減り神竜までもが落ちたのだぞ。あの混乱が収まるまでに何百年かかったかを、あなたならその多くを目にした筈では?」
何百年?まるで知った風な言い方だけど、モルドーって一体何歳なんだ?この世界の人間ってのはそんなに長寿なのかな。
ってか冗談で言ったつもりなんだけど、本当に大魔王の復活が目的なのか?
気になるけど、ここで聞いたらまたすごい顔されそうだし、止めておこう。
「裏の事情も知らずに語るのはやめなんし、あれは元々、黒竜が始めた戦でありんす。妾がケイオス様の為に命を落としかけたのも裏切られたのでは無い、妾が自らの意思で時間稼ぎを引き受けたからに他ならぬ」
コイツら難しい話ばっかしやがって、早い話が黒竜ってのが暴れだして、それを止めようと動き出した魔王がぶつかったって事か?
んでもって黒竜側の連中と魔王側の奴等でグッダグダの戦争になったとか。もしそうだとして、ユクスが魔王側ってことは間違いないけど、モルドーはなんなんだ?
ダメだ分からん、百聞は一見に如かずっていうけど、一見するのは不可能だから一聞しとくか。
『あのさ、黒竜と魔王が争い始めたっていう戦いで色んな事が起こったのは何となく分かったんだけどさ、モルドーはどっちの味方だったんだ?さっきの口振りだとユクスと完全に敵対してたとは思えないんだけど』
俺が次第に熱を帯びる二人に躊躇いながら尋ねると、その言葉に、張り詰めていた二人の空気がフッと軽くなった。
「何も知らぬとは、御仁は本当に悪魔でありんすか?」
胸の前に腕を組み、呆れた様子でものを言うユクスが高価な絵画を前にしたかのように俺の事をマジマジと見つめてくる。
ちょっと、そんな顔で見つめられたら照れるんだけど。
「ルベルアさんの言う通り、昔黒竜と魔王の争いが起こりました。あなたがどの時代から生きている方なのか分からないので簡潔に言いますが、当時この世界には人知を超える神と呼ばれる十二の存在が居ました。次第に大きくなった戦争にその多くが参戦することとなり、二体の神竜と四体の神獣が姿を消すまでに至りました」
はい、ストップ!
全然簡潔な説明じゃ無くね?
俺に分かるようにって言ってんのに、ユクスと敵だったのか味方だったのかの話はいつ出てくるんだろう……もう帰って良いかな?
「ルベルアさん?大丈夫ですか?」
表情は変わっていない筈だというのに、飽き始めた俺の心を読んだモルドーが、構えていた剣をダラリと下げ、お疲れ顔で聞いてきた。
俺の所為ですっかり戦いを始める気分が削がれたようだが、無駄に争うよりはずっと良いか。
『うん、ちゃんと聞いてるよ』
自分でも分かってる。これは話を聞かない奴がよく言うセリフだ。
「妾はこんな話をしに来た訳じゃ無いというに、おぬしの語り口では日が暮れてしまいんす。御仁、妾は白竜に消された大鴉の一族最後の生き残り。して、そこの雑種は人種族として戦いに加わった第三勢力の英雄、黒龍とケイオス様どちらの味方でもありんせん」
カラス?ってあのカラスか?黒ノ王ってカラスのことだったのか。ユクスの姿には鳥っぽい部分は見当たらないけど、鳥人間なのかな。んでモルドーが英雄ってか。
それが本当なら、俺より若いと思ってたけど超ご年配の方だったのね。
『悪いけど、ひとつずつ聞いても良いかな?俺の知ってるカラスってのは真っ黒な鳥なんだけど、ユクスは人間だろ?カラス族っていう民族かなにかだったのか?』
「ふふ、あっはっはっは!ほんに面白き御仁だこと。妾もその黒い鳥の鴉に間違いないでありんす。一族が滅んだのは千年以上前の話、それを知る御仁はやはり幻魔の生き残りでありんしょう」
なんか笑われたし!ゲンマ?知らない単語が次から次へと、アニメの話なら多少はついてけるんだけどなぁ。
俺が見たことあるのは元の世界のカラスの事なんだけど、説明するのも大変そうだし……あっ、良いこと思いついた!!
『そう、それが全然覚えて無いんだよ。昔の事も、自分の種族の事も。ずっと眠ってて、七年……じゃなかった、十五年前に封印から目覚めたのは良いけど、記憶が無くてさ』
俺は手っ取り早く、記憶喪失設定を自分に付け足した。
これで話を聞くのも楽になるし、辻褄が合わなかった話も解消されるだろ。
しかし、俺の予想は大きく外れた。
これで全ては丸く収まり、無知な俺にあれこれ教えているうちに険悪ムード全開だった二人も仲良くなり天下泰平の世が訪れるであろう!と思ったのは束の間の妄想。
覆水盆に返らずとは良く言ったもので……はぁ、やっちまった。
俺の言葉を耳にした瞬間にモルドーは鬼人さながらの顔になり、ユクスは寒気すら覚えるような微笑を見せた。
どう考えても愉快な雰囲気ではない。
「騙されたぞ!悪魔王め!」
そのぽっちゃりした体躯からは想像もできない、流れるような剣捌きでモルドーの剣が俺の首めがけ斬り迫った。
『わっと、危ねぇって!落ち着けモルドー!俺が何したってんだ!』
豹変したモルドーの剣閃を寸前の所で躱した俺は距離を取ろうと後ろへ飛び退けた。
「黙れ、貴様……メルは無事なんだろうな?」
『メル?メルならミハエル達も一緒なんだから心配いらないだろ?それにさ、ユクスが黒ノ王だってんならここに居るんだから今襲われる事は無いんじゃない?』
『貴様が何かしてないかと聞いているんだ!!』
敵意剥き出しで激怒するモルドーは俺の知っているメルの父親ではない。
“貴様が何かしてないかと”って言われても、俺だって暇じゃ無いんだから色々やってるっての。
例えばそう、えーと、草むしりとか……草むしりとかしてたわ!
モルドーが何を言いたいのかは良く分からんけど、どのみち俺が何を言っても話を聞いてくれる雰囲気じゃないし、握り潰す訳にもいかないし……さて、どうしたもんか。
俺が悩んでいると、死角から音もなくユクスが腕を回し抱きついてきた。この状況だというのに、背中に当たる感触が下心センサーに引っかかる。
「ふふふ、そうでありんしたか。ああ、もっと早くそれを知っていればこんなことには……。そうと分かればこんな辺境に用はありんせん。どうか妾に体をお預けくんなんし」
『えっ!?ユ、ユクス!?ちょっ、今はモルドーと話し……』
と、俺がユクスの方へ視線を移そうとしたその時、前触れもなく視界が闇に覆われ、下心センサーが標的を見失った。
「待て!このまま逃がす訳には行かないぞ!」
闇の向こう側からモルドーの叫び声が聞こえる。が、その声も何かが激しく擦り合うガサガサという音に遮られ聞こえなくなってゆく。
「カアアァァァァアアッッーッ!」
『わっ、ビックリしたぁ!カラスの……ユクスの声か?おーい、ユクスやーい!何も聞こえないし、何も見えないぞー!モルドー!ヘルプミ―!』
◇◆◇
◇闇の向こうから聞こえた大きな鳴き声にやんやと喚いたルベルア、しかしそれに応える者はなく、ガサガサという音だけが頭の中に響いていた。
ひとりこの場所に残されたモルドー、自らの無力さと愛娘の心配で、暫く村に帰ることが出来ずに遠い空を眺め続けていた。
――カラァン……。
「クソッ、今の僕に昔と同じ力があれば!」
剣を地面へと放り投げ、力なく腰を降ろしたモルドーの視線の先には、羽を広げた姿が五十メートルはあろう巨大なカラスが西へ西へと飛んで行く。
かつて不吉の象徴と呼ばれた八の神獣、その一角“黒き鳥ノ王”が長く伸びた尾っぽを佳麗に揺らして……。
その伝説の一角に包み込まれた悪魔は、自分の現状を知る術もなく、依然として喚いていた◇
◇◆◇
『おーい!ユクスやーい!モルドーやーい!』
くっ、二人とも返事をしやがらねぇ。何故だか体の自由は効かないし、かくなる上は、ツイストターンハリケーンアッパーで脱出するしかないな!
フンフフ!フフンフ!フンーム!ムッファッ!
「カッ、ごっ、御仁、そこでアマリ、んっ……アアッ」
フフフンフゥ!フンフンフ!
「う、動か……アッ、動か……ナイデ、んんっ、おくん……なん、シ……!」
ん?今なんか、エロい声が聞こえたような……。
――ガサッ、ガサッ、ガサッ
んー、やっぱ気のせいか?
フンフス、フフンフ!フフンフフ!
「カッ、カァァーッッ!」
◇その日、エンドルゼア史上、最も多く“不吉の象徴・大鴉”が鳴いた日として、全てを記録する者レコード・ルーラーの魔法の本に新たなページが加わることとなった◇