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#45 急にソンな事言われても。

 

『無事で良かった、心配してたんだよ』


「あな……たは、どうしようミルザ」


 ♢なぜユクスがここに?普通の人ならばそう怪しんだことだろう、しかしこの悪魔は人間の頃でさえ脳みその80パーセントが筋肉で構成されていた根っからの脳筋単細胞。


 勘ぐる事もなく平然と言葉を返すルベルアとは正反対に、初対面であるはずのユクスの姿に顔を青くしたエリスはか細い声を残し、ミルザに強引に手を引かれワプル村へと引き返していった。


 こないだの見送りの時と言い、近頃のエリスは以前のような“どこか抜けた明るいお母さん”といったイメージとは違い、何か思い詰めている様子が窺える♢


「あらあら、悪いことをしたかしら?あの女性も御仁に用がありそうでしたのに」


『急に帰るなんて、どうしたんだろうな二人とも……まぁ良いんだけどさ。ところでユクスの用事ってのはなんだ?俺に手助け出来ることなら喜んで力になるけど』


 しっかしユクスも美人だよな、こんな風に綺麗な女の人と話せる日が来るとは思ってなかったけど、この世界のお陰というか、俺の周りの女性陣は素敵な人が多いぜ、へへっ。


 ――ん?いつも通り呑気に思考を巡らせていたというのに、日はまだ高く晴れ渡る空に雲の影も見えぬその中で、どういう訳か気温に左右される事の無い俺の体に寒気が走った。


「そう、御仁にしか頼めぬ事があります。その体に眠る秘宝を妾にくださりませんか?その為に遠路遥々ここまで来たのでありんすから」


『俺の体に眠る秘宝、そんな物があるのか?』


「ええ、かの秘宝ラピスラズリがあれば妾の願いが叶うやも知れぬでな。御仁に恨みは無いが大人しく渡して貰おうぞ」


 ラピスラズリ……!?またあの宝石絡みかよ……そういや最後にマドカが持ってるのを見て以来何処に在るのか気にしたことも無かったな。というかユクスってこんな喋り方だったか?雰囲気も違うし……。


『正直言ってラピスラズリには少し心当たりがある、でもあれはミハ……大切な友達から貰った物だからあげるって訳にもいかないんだよ。貸すくらいなら出来るかもしれないけど』


「御仁がどう思おうが構わぬ、殺して奪うだけ」


『なっ、どうし――』


 にっこりと微笑むユクスから不意に投げ掛けられた殺意ある言葉、俺は驚きながらも声を返そうとしたが、それを待たずにユクスの両手が広げられ、その瞬間どこからともなく無数の黒い羽が舞い上がると、黒い羽が瞬く間に鳥型モンスターへと姿を変えた。


 現れたモンスターは黒い炎を揺らめかせ、音もなく羽ばたきながら、まるでユクスからの指示を待っているかの様に滞空している。


 モンスター!?なんでユクスがモンスターを!?俺の頭じゃ答えなんて分からんけど、これはヤバいぞ、村に近すぎる!


『ユクス!何考えてるんだ!!いまならまだ間に合う、止めるんだ!』


 昔、刑事ドラマで聞いたようなセリフだ。言ったあとで気付いたけど、俺が見た刑事ドラマではこのセリフを聞いて悪事を止めた犯人は居ないかも。むしろ、“悪事やっちゃうぞスイッチ”が押されて事態が泥沼と化してたような。


「ふふ、御仁は本当に鈍い御方ですこと。こうもあっさりと懐に入れるとは思いませんでしたが、せめて妾を楽しませて死んでくりゃれ」


 ユクスが右手を差し出すや否や揺らめく炎の鳥達が一斉に標的を俺へと定め襲いかかってきた。


 うぉああっ!やっぱりこうなるのかっ!!


『グアァッ……アレェ?』


 近距離からの十二体にも及ぶモンスターの急襲に俺の反応は遅れ、その一身に無数の爪擊を浴びてしまう。しかし、爪擊を一身に受けたはずなのに、全くもって痛みが無い。


「あ……え?」


 ◇

 しかし本当に驚いたのはモンスターを(けしか)けた張本人。ポッカリと口を開け、眼を泳がせた。


 楽しませろと言いつつも、初擊は脅し程度にしておこう等とは思っていた筈もなく、絶対の自信を持って放った攻撃。


 それを打ち払ったり躱す者は何度も出会ったことはある。


 しかし攻撃を余すこと無く受けておいてケロッと平気な顔をしていた者など見たことがなく、それどころか攻撃を与えたモンスターの側が消滅してしまったのだから言葉に詰まるのも無理はない。


 片やルベルアも、ユクスの心中など露知らず、思案を巡らせていた。


 ◇


 攻撃されたと思ったけど、痛くない。


 (むし)ろ力が溢れてくるんだがどういう事だ?さっき物騒な事を言われた気がしたけど、俺の聞き間違いか早とちりだったかも?


 いや、目的は秘宝とかって言ってたから……。


『えっと、よく分かんないんだけど、今ので目的の秘宝ってのが取り出せたのか?』


 ◇

 もし今この場を絶対的に優位な立ち位置で傍観するものが居たならば、きっともどかしさに身を焦がしたことだろう。何やってんだ、戦うのか戦わないのかはっきりしやがれ!そんな罵声を浴びせてかもしれない。


 しかし当の本人たちは至って真面目、片や長年生きてきた中でも経験のない事態に困惑し、片や話の流れを理解する能力の欠損した悲しきブレインに翻弄され、お互いの動きが硬直する。

 ◇


 サワサワと風に揺れる草木の音だけが二人の間を通り抜けてゆく。


「ルベルアさん!そいつから離れて!」


 静寂を破ったのはワプル村自警団の団長バース、ではなく元剣士の村長のジジイでもない。


 俺が知る限り、戦闘とは一切無縁のぽっちゃり農家、モルドーであった。


『モルドー!?どうしてモルドーがここに!?』


 どこから持ってきたというのか、薄っすらと光り輝く刀身のロングソードを構え、腰を落としユクスを鋭く睨みつける。

 その姿は歴戦の勇者と言われても不思議ではない。いつもの頼りないお父さんとは月とスッポンだ。

 ってか、眼鏡をしてないけど、ちゃんと見えてますかー?


「すまない、黒ノ王がラピスラズリを狙ってワプル村に来ることは分かっていたんだ。村長の家からラピスラズリが無くなった時からルベルアさんが預かっていることも予想していたから用心してたという訳さ。説明する前にこうなった事は謝るよ」


 おおう?なんだなんだ、今日は訳分からん祭りの開催日か?というか――!


『ちょっと、ちょっと待ってくれよ。黒ノ王って言ったか?その言い方だとユクスが黒ノ王だって言ってるみたいに聞こえるぞ?』


「ふふ、ふっふっふっふ、ほんに面白い御仁だこと」


 先の混乱からすっかり沈黙を貫いていたユクスだったが、俺の言葉の何が面白かったのか分からないが、声を上げて笑い出す。


「へっ?あの……ルベルアさん、もしかしまだ気付いてなかったのですか?ユクスこそが黒ノ王、あなた方が戦おうとしている相手ですよ」


 鋭い目つきでユクスを睨みつけ、輝く剣の切っ先を向けていたモルドーも、うっかりと気を抜かし、目を丸くする。


『えぇ~!!マジでか!こんな綺麗な人だなんて聞いてなかったぞ!黒ノ王ってのはてっきり鳥の化け物だと思ってた!全然鳥じゃねぇし』


「綺麗と褒めたかと思えば化け物と言ってみたり。失礼ではなくて?まぁよいわ、ケイオス様以外の者に何を言われようとも妾の気にするところではありません、何とでも言いおなんし」


 “ケイオス”という名前を聞き、モルドーの目が再びギラリと光る。


「やはりケイオスの復活が目的か!あなたも裏切られた者の一人だろう、どうしてそこまで(こだわ)るんだ!ずっと大人しくしていたというのに。力無い村人たちに危険が及ばぬ機会を見計らってモンスターを操っていたのも分かっている。なのに、何故」


『ケイオス、俺も知ってるやつか?ってか何の話だよ……お前本当にモルドーか?』


「田舎の羽虫風情が随分と物知りだこと、ぬしや一体何者ぞ?」


 頭の中のハテナは数を増すばかりだ。俺を完全に置いてけぼりにしたまま二人の話し口調は熱を帯びてゆく。


「魔王を封印した者、と言えば分かるか?」


 蚊帳の外に居るポンコツ悪魔(オレ)の耳(的な感覚)に衝撃の新事実が突き刺さる。


「まさか?いや……確かに、どこか面影がありんすね」


 一瞬考えこんだユクスが、食い入るようにモルドーの顔を見つめ呟いた。


『クックックク、なんだよ二人して。ドッキリを仕掛けようったって、ここまでわざとらしいとさすがに騙されないぞ。いつ打ち合わせたんだか知らないけど、次はもっと上手くやってくれよな!』


「はぁ?」


 いつも幸せ顔のモルドーが生意気に眉をしかめ、溜息交じりに俺を見る。


 ユクスも暫く瞑目した後にゆっくりと首を横に振った。


 あれ?なんだこの反応、思ってたリアクションと違うんですけど……。まさかとは思うけど、これドッキリじゃないのか?


『あの、なんか……邪魔しちゃってごめん』


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