#40 こればっかりはどうしようもナイ。
ヤハスの心の内を知るよしもないベクール王は高圧的な面持ちのままに話を続けた。
「此度の召集は、ツナウ山脈西側に位置する雲海の谷に黒き鳥ノ王が居着いた事で我が領土の平穏を危惧していた矢先の事。
もう居ないとされていた天使王から、黒ノ王討伐に加勢を求むとの書状が来たのが起因であるが、それは召集の際に知らされておるな?
よってお前達には天使族と共に黒ノ王討伐に向かってもらう。戦う相手が強大な力の持ち主である故に、報酬は金貨五十枚を用意してある。前金で金貨二十五枚、討伐成功で残りの二十五枚を渡すとしよう。
もし失敗し、お前達が死んだのなら、そうだな……葬儀くらいはしてやろう――」
レイアは早くも眠気に襲われ、唇をプルプルさせながらアクビを我慢しており、ミナはお金の話に、光を当てられたように眼を輝かせた。
なにせ金貨五十枚と言えば下級貴族の年収に相当する額、結局我慢しきれずにアクビを出してしまったレイアの方が特殊と言えよう。
「――お前達は明日に出立してもらうが、仮にも“ベクール”からの正式な援軍なのだ、向こうへ行って恥ずかしい真似だけはしてくれるなよ。分かるか?この意味が」
べクール王の嫌みな問いかけに、アーマスが頭を下げたまま言葉を返した。
「ハッ!私どもの持つ力を出し切り、天使族と共に黒ノ王を必ず討伐してみせます!」
アーマスの言葉を聞き、ヤハスは腰の後ろに回していた手を首にやり、ポリポリと掻く。“この男にそんな真面目な言葉は必要ないのに”とでも言いたげな様子だ。
案の定といったところか、ベクール王はフッと小さく笑った。
「そんな言葉など要らぬ、言葉ではなく結果で示せ。ワシが言いたいのはドラフォイの名に泥を塗るな、ということだけだ。さぁ行くが良い、国の為に働けることの有り難みを忘れるでないぞ」
「ハッ!」
「はい……」
「了解ニャ!」
「ふぅ……」
――カシャ
長髪の騎士は立ち上がり、もう一度ベクール王に頭を下げると、踵を返し謁見の間の出口へと歩き出した。
四人も体を起こしベクール王に一礼した後、長髪の騎士に続いて謁見の間を後にする。
謁見の間を出た所で長髪の騎士が髪をかき上げ、四人に向かって口を開く。
「皆様、お疲れ様でした。陛下はああ言われましたが、皆様なら無事に任務を終えられると信じて抜粋なさったという事を心にお納めくだされば幸いです」
「ふーん、どうせ自分達を選んだのはトーラスじゃないでしょ?」
謁見を終え、すっかり調子を取り戻したヤハスが長髪の騎士の言葉を台無しにする。
「あっはは、これは手厳しい。確かに皆様を選んだのは大臣ですが、決定なされたのは王ですので。それと一つ、陛下はお伝えになりませんでしたがフスカ村には天使族の他にメルという少女も居る筈でして、天使王の手紙によるとその少女は天使族の盟主らしいのです。なのでその事も覚えておいて下さい」
ヤハスの嫌みをものともせずに爽やかに笑う長髪の騎士。
「天使族の盟主ですと?かの天使王を傘下にするとは、凄い少女なのだな。きっと筋骨隆々の逞しい少女に違いない」
アーマスが腕を組み、眉間にシワを寄せて想像を膨らませる。
「えーっ、ムキムキな少女……?……や、やだ!関わりたくない!」
余程ムッキムキな少女を想像したのだろう、レイアが突然口を手で覆って一筋の汗を走らせた。
「天使族の盟主様か、“盟主”っていうくらいだからお金はいっぱいありそうニャ!」
「“どのような人物か”までは文面に書かれていなかったのですが、書き様を見るに天使王は随分とその方を気に入ったみたいですよ。私もお会いしてみたいですが、此所を離れるわけにいかないですので」
「分かったよ。その娘の事は心に留めておくね、じゃあ自分は明日の出発に備えて今日はゆっくりしたいから行くね」
そう言ってヤハスは他の三人と一言二言、言葉を交わすと小さい体の小さな歩幅の割に、スタタッと素早く城を後にした。
「俺達も準備があるから行こうか、しかし噂には聞いていたが…実際眼にすると“凄い人”には見えないものだな」
「魔法の実力に見た目は関係ないもん…。私も疲れたから今日はゆっくりするわ……」
「きっとヤハス様は僕らより沢山お金を貰えるニャ!仲良くなっておいて損はないニャ」
ヤハスが王城から出たのを見た三人も、長髪の騎士と分かれゆっくりと城の出口へと向かって行った。
その場に居た兵士は今回の招集内容がどうしても腑に落ちず、長髪の騎士へ尋ねる。
「ムアーカ様、本当に彼らだけで黒ノ王を討伐できるのでしょうか?黒ノ王の驚異を考えるなら我らベクールの兵も加勢した方が良いのではないですか?」
兵士の問いに、先程までの爽やかな顔をガラリと変え、不敵な笑みを見せるムアーカ。
「今は彼らに任せるだけで良いのですよ。どんなに活躍をし、異名で呼ばれ持て囃されても、所詮彼らは代えのきくローグなのですから。
もし、彼らが失敗したならば、その時に我らが動けばいい。そうすればローグよりも国の兵士の方が頼れるのだと国民も知るでしょう。
成功したならば、討伐隊を選定した国の采配に民は感心するでしょう」
そう述べたムアーカは、兵士の背中をポンと叩き、不敵な笑いを残したまま自室へと向かってツカツカと歩きだした。
(ローグも変わり者が多いけど此処の上の人達も歪んでるよな。ううむ、長く兵士をやれば俺もああなるのかな。兵士を辞めて田舎暮らしでもするか……)
一人の兵士が転職を考え始めた頃、ベクールの老舗料理店ピッツァラには、ゆっくりしたいからと足早に城を後にした小人族の姿があった。
「しばらく来れないかもしれないから、今日は柔煮込みとビアーを好きなだけ食べて飲むんだ!無くなったらすぐに持ってきてね!」
「はいっ、ヤハス様。いつもご贔屓にありがとうございます。今日は良いカウパパの肉が入りましたので、柔煮込みは沢山用意してあります、存分に寛いでいって下さいませ」
店主は定型文の様な挨拶をしながら料理とお酒をヤハスのテーブルに並べると、腰を低くしたままに特別なお客用の個室を離れた。
但し、個室とはいっても、その中にはヤハスの他に小さな女の子が座っている。
明るい黄色の髪を一つに束ね、“着物”によく似た衣服を着た女の子はイーヤオという名の小人族。
ヤハス来店時に仲居を担当するのは決まってイーヤオであり、イーヤオが居たからヤハスがこの店に通うようになったと言って間違いではない。
「また国からの依頼が来たのね。ヤハスが凄いのは分かるけど無理だけはしないでね」
おっとりとした口調のイーヤオは、手慣れた手つきでヤハスの持つグラスにビアーを注ぐ。
もし何かの間違いでルベルアがこの場所に居合わせたのなら、『子供にお酒なんか出すの!?子供が子供に!?お店ごと訴えられるぞ!』と慌て騒ぎ立てたかもしれない。
しかし彼はお酒を飲むには十分すぎる年齢である。
ヤハスは躊躇すること無くグイッと一杯目のビアーを飲み干すと、スッとほぐれる柔い肉を恍惚の表情で頬張った。
「あーっ旨い!本当、飲まないとやってられないや。トーラスは毎度性格が悪そうだし、参加したのは失敗だったかな?けど、あれでも一応国王だし、断るのもなぁ」
「クスッ。いつもそう言うけど、ヤハスは人が良いから結局依頼を受けちゃうのよね。でも、今回は黒ノ王と戦うのよね?」
「そうだよ、黒ノ王と戦うなんてジッチャン達が聞いたらビックリするかな?誰も死なせないのが自分の仕事だから、やることはいつもと変わらないけどね」
新たに注がれたビアーを二口飲み、少し赤くなった顔で語るヤハスからは、謁見を前に緊張していた者と同一人物とは思えない程の自信が窺えた。
何度も似たようなやり取りがされてきたのであろう。イーヤオは小さく頷くと、ソッと柔らかくヤハスの手に自らの手を重ねる。
同刻、出発を明日に控えた名うてのローグたちはそれぞれが何かを心に思い、今までやってきた大きな仕事の前と同じように限りある時間を使っていた。
ファンからの応援の手紙を読み耽るアーマス。
お気に入りの寝間着で早めの睡眠を取るレイア。
金庫の中身と欲しいものを書き綴った帳面を何度も見返すミナ。
一夜明け、四人のローグはベクール兵の御者が操る馬車に乗りフスカ村のある北西へと向かいゆっくりと進みだした。
鞍替え無しの馬車の旅、彼らがフスカ村へとたどり着くのはおよそ六日ほど後の事になるであろう。
カタ……コト……ガタン……ガタゴト……。
彼らとメルの出会いはきっとすばら――
「酔った……。止めて……」
真っ赤な髪をしたレイアの顔は真っ青になっている。
「えーっ早すぎるニャ!」
「確かに、まだ出発したばかりだぞ。前が見える位置に座らせてもらったらどうだ?」
「仕方ないニャ……代わってあげるニャ」
「状態回復!これでしばらく大丈夫な筈だよ」
「う、ごめん。ありがとう……ございます……もう大丈夫です」
ガタタ……ゴト……カタゴト……
きっと彼らとメルとのガタッ!
出会いはゴットン!
素晴らゴトト!
「止めて……!!」
四人の名うてのローグがフスカ村へとたどり着くのはおよそ七日程後の事になるだろう。




