#37 綺麗なヒト。
『おーい!』
◇急降下してくるルベルアの姿を見てパニックに陥る“緑の人達”
(なんだアレは!!デカい!こっちに落ちてくるぞ!)
(黒ノ王が襲ってきたのか!?)
(それだと約束が違うだろ!)
(よく見ろ、形が違う!よく分からんが、迎え撃て!!)
“緑の人達”は一頻り騒いだ後、迎撃体勢をとった。幾つかの隊に分かれ、武器を構えた“緑の者”、そのうち弓を構えた者達が近づく黒い塊に向かって弓を射る。
大量の矢が下から突き上げる雨となって飛ンで行く。が、ルベルアはそれに気づくも、全く気にする様子もなく下降した◇
あらら、俺の事を敵だと思ってるのか?まぁ、こんな見た目の奴が来たらそうなるわな。見たとこ普通の矢みたいだし、気にしなくても大丈夫だろ。
もっと近くで声を掛ければあの人達だって分かってくれるだろう。
下降する最中に大量の矢が当たったが、予想通り大した威力は無く全ての矢が弾かれていく。しかし、弾かれた矢は俺の思いとは裏腹に四方八方に散らばり、まさに雨の様に“緑の者”に降り注いだ。
「「「ギァアアア!」」」
あちらこちらから“緑の人達”の悲鳴が上がる。悲惨な光景を目の当たりにした俺は故意で無いとはいえ、自ら犯した大惨事に驚愕した。
えええええーっ!そんなつもりじゃなかったのに!!ヤバいよヤバいよ!どえらいことになってるよ!くそっ、あんなに沢山矢を射つからだよ!
◇焦りのあまり他人の所為にする悪魔◇
俺はバタバタと倒れていく“緑の人達”を慌てて助けに行こうとしたが、そこで何かがおかしいことに気が付いた。
あれ?この人達、人じゃなくね?ま、まさか……いや、ゴブリンだ!
俺を襲っていたのはフスカの村人やベクールからの応援などではなく、ゴブリン種のモンスターだったのである。
◇ゴブリン達は思わぬ反撃(?)に統制を失った。自分たちの攻撃を全く意に介する事無く迫る黒い塊に対し、物陰に隠れる者や、矢ではダメだ!と投げ斧を構える者と行動は様々。下で待ち受ける者がゴブリンだと気付いたルベルアは恐怖するどころか、その胸を踊らせた◇
これ、ゴブリンか!!すげー!本物のゴブリンだ!!まさか本物のゴブリンに会える日が来るなんて!ただ、ギャアギャア騒いでるけど何て言ってるのか全然理解できねぇ。モンスターの言葉は“転生者の解語力”があっても分かんないのかな?
いや、ギャザンやドレオンの言葉は分かったから、単純にゴブリン共の知能が低すぎるのか。味方の人じゃなくて良かったけど、ゲームとかで見るゴブリンより、ずっと人間っぽいな。
うーん、メルは……と……。あー、まだ遠い所に居るなぁ。何でフスカ村がゴブリンの村になってるのかは分からんけど、みんなが来る前に退治しておくか!
地上十メートル程の高さまで降りてきた俺の気合いはみなぎっていた。沢山のゲームをプレイしてきた俺にとって、ゴブリン(Goblin)は見つけたら倒さなければならない“G”なのだから!勿論、ゴブリンの事情なんて知ったことじゃない。
『ゴブリン共め!地図の仇だ!ダークハンド!』
「「「ギェアッ!」」」
俺の体から伸びた十本の長い手が、事態に対応出来ずにに硬直するゴブリンを鷲掴みにして即座に握り潰し、潰されたゴブリン達は塵となって崩れていく。
『まだまだまだまだぁっ!全員ぶっ潰してやる!』
「ガウガッ!」ッ―――カンッ。
手を休める事無くゴブリンを掴んでは握り、次々と殲滅していると、必死の抵抗でゴブリンの何体かが斧を投げてきた。しかし乾いた音が響くだけで傷を負わされる程ではない。完全に無双状態でゴブリンを倒し続けていると、知能の低いゴブリン達もさすがに自分たちの手に負える相手じゃないと判断したのか、続いていた攻撃が止んだ。
◇
(ダメだ!このままじや全員やられるぞ!)
(ここは撤退し――ギャアッ!)
(ここを守れなければ、この土地には居られないんだぞ!)
(何なんだこの化物は!動くものに襲いかギェアッ!)
(しかし!ここで殺されれば同じことだろ!)
◇
俺の分からぬ言葉でやりとりしていたゴブリン達が、武器を構えるのをやめて散り散りに逃走を始めた。
『うおおー!逃がさんぞゴブリン共め!』
◇逃げるゴブリンを執拗に追いかけては潰し、一体何が彼をそこまで駆り立てるのか、僅かに逃げ切ったゴブリンを除き、フスカ村を占拠していたゴブリン達はルベルアに一掃された。
だがその少し前、ここより北西で静かにほくそ笑む者が居た。
「ふふふ、まだ生まれて間もないあの方の残骸がぬけぬけと来おったか。妾を喜ばせる者か、それともつまらぬ者か。ケイオス様、妾を囲い面倒を見てくださった恩はもうすぐ返せそうでありんす」
――そんな事は露知らず、張り切ってゴブリン達を蹴散らしたルベルアは使った分の魔力をせっせと回復させていた◇
『スゥ!ハァ!スゥスゥ!ハァ!うーん、ゴブリンの残骸は微妙な味がしたけど、運動した後の空気は旨い!メルは今どこかな………。むー、まだ少し遠いし暫く着きそうも無いか』
暇になっちゃったなー。荷物はデカい建物に置いたし、迎えに行っちゃおうかなー。
いや、万が一逃げたゴブリンが戻ってきて荷物にイタズラされたらヤバいか。それにしてもなんでゴブリンが居たんだ?この世界じゃ、人が居なくなった村にはゴブリンが住み着くのが普通なのかな。
そういや、今の俺ならベクールまで飛んだらすぐ着くんじゃね?暇だし行ってみようかな。あ、方向分からん。
「どうしたのですか?そこな御仁」
えっ――!!?ビックリした!!
振り返ると、そこには袖の無い黒色の絹のような柔らかいドレスを身に纏った肌の白い美しい女性が居た。黒髪、黒い瞳、その美しい容姿に、元・日本人である俺の頭には大和撫子という言葉が浮かんだ。
ただ、その両手には全ての指に宝石の付いた指輪を嵌めており、落ち着いた雰囲気の中に違う色を見せている。
『えっと、どうもしないけど人を待ってたんだよ』
それにしても、どっから湧いて出たんだこのお姉さんは!はー、しかし綺麗な人だなぁ。
「ふふ、そうでしたか。この辺りにはモンスターが居て近づく事が出来なかったのですが、大丈夫でしたか?」
『ああ、モンスターが住み着いていたけどやっつけたよ!何体か逃がしちゃったけどね』
「そうでしたか。ふふ、御仁はお強いのですね」
『いや、まぁ、ハハ。ゴブリンくらいなら問題ないよ。それにしてもえーと、君は俺の事が怖くないんだね』
「ちょっと失礼」クンクン――。
『えっ!な、何してんだ?』
唐突に俺の匂いを嗅ぐ女性。悪魔になってから自分の匂いなんて気にして無かったけど、もしかして俺って臭いのかな!?
「御仁の事は存じていましたし、怖くはありませんよ?私は待っていたのですから」
そう言うと、女性はクルリと向きを変え、足音を立てずに静かに歩き出した。俺はイマイチこの女性の行動が理解できずに、自分の女性経験の無さを心の中で嘆いたが、今は女性に黙ってついていく。
『何処に行くんだい?えーと、君?あなた?あっ、俺の名前はルベルア。君の名前を聞いても良いかな?』
「……。私はベクールでローグをしているユクスと申します。それとルベルアさん?女性が向かう先に無闇についてきては……その……困る事もありますので……」
ユクスは一度歩みを止め、俺の方に向き直ると丁寧な口調で言い、白い肌をそっと赤らめた。恥じらいの表情は俺にも恥ずかしさを伝染させ、それと同時に俺は女性の行動の意味を察して後ろを向く。
『あー!ごめん!元の場所に居とくわ!ローグなら大丈夫だと思うけど、何体か逃げたゴブリンがまだ近くに居るかも知れないから気を付けてくれ』
俺はそう言い残し、元居た場所へ戻ると、またスゥハァしながらボーッと呆けた。もちろん心中は複雑だ。
トイレならトイレって言ってくれなきゃ分かんないのに。はぁ、失礼な変態悪魔だと思われちゃったかなー?いや、初対面だしそこまでは思われて無いはず、大丈夫。大丈夫だ俺!嫌われてないさ!
「おーい!ルアさーん!」
弾ける明るい声がボーッとしていた俺の耳(的な感覚)に刺さり、意識を現実へと引き戻した。見ると、メルと天使族の皆がすぐそこまで来ている。
メルの顔を見た途端に安心感と嬉しさが込み上げた俺は、まるで子供の様に無邪気にはしゃいだ。見た目が悪魔じゃ無かったのなら、この可愛らしさに二、三人は女の子のファンもついたかもしれない。
『おおー!待ってたぞー!何事もなく来れたみたいで良かったよ!』
「う、うん」
◇何も問題は無さそうなフスカ村だが、メルは降り立つと同時に違和感に気がついた。
(あれ?これってモンスターの残骸?弓矢とか斧とかも落ちてる……、しかも凄い沢山あるし、もしかして私達が来る前にルアさんがモンスターと戦ってたのかな?)
勿論、周囲の状況に気が付いたのはメルだけではなく、ミハエルを含む七人の天使もそれぞれが心の内で推測をし、警戒を強めた◇
「ねぇルアさん、私達が来る前に何してたの?」
『えっ!いや、知らない女の人のトイレについて行こうとして、あっいや女の人がトイレに行くなんて知らなくてだぞ!?それでついていったら困られてさ!ああそうじゃなくて!俺はずっとここに居たんだ!!』
「えっ……ルアさん、本当に何してたの……?」
今のメルの眼を忘れることは無いだろう……俺の馬鹿っ!