#35 出発ノ刻。
教会に着いた俺とメルは、浮遊城から来ていた天使族が帰り、手持ちぶたさにしているミハエルの元へと歩み寄った。
『お疲れ様、王様ってのも大変だな』
「こんにちは、ミハエル様」
「ぬ!大変などではないが、あんな問答、退屈でしかない!己の頭で考え、勝手に行動すれば良いのだ」
「主の意見を聞くのも、信頼の証でありますから」
ミハエルが鼻息を荒くする中で、まだ何かごそごそと準備をしているテスタントがやれやれといった様子で口を挟み首を振った。
「むう、そういうものか。ならば許そう!して、ルベルアよ暇そうだな。少し遊ぶか?」
ミハエルが首を“コキッ”と鳴らし、剣の柄を擦りながらニヤリと笑う。
『いっ、いや、これからが今日の本番なんだから。それまで魔力の無駄遣いはやめといた方がいいだろ?』
あわてて拒否する俺の心境は、ガキ大将から野球に誘われたメガネボーイのそれである。ただ、ひとつメガネボーイと違うのは、もし魔力が無くなっても未来からチートロボットが助けに来てはくれない事だ。
「ふぅむ、つまらんな。ならばもう出発してしまうか」
『おいおい……まだ予定より大分早いぞ?』
「いえ、確かに良い考えかもしれません。予想に反して今朝はモンスターの襲撃がありませんでしたし、敵が来ないのならこの機にフスカまで行ってしまいましょうか?」
ミハエルが不満な様子で髭を触ったかと思うと、昨日の会議は何だったのかと思うような提案を述べた。権力者の我が儘というのは、いつの世も決まってタチが悪い。しかし、意外な事にその提案に賛同したテスタント。
テスタントが賛同したことにより、退屈そうにしていたミハエルの顔がパッと明るさを増した。鬼に金棒、水を得た魚とはこの事であろう。
「うむ!そうであろう!決定だ!アリエスらを集めよ!!」
「はいっ、私が呼んできます!リエルも一緒に行こう!」
「ほがっ……ゴクン。メル、来てたんだね。何処に行くの?」
「アリエス様達を迎えに行こう!」
「うん、分かった!でもあんまり早く走らないでね?」
力強く言いきったミハエル、その体からは見えぬ気合いが発せられている。考えるまでも無い、こいつは早く暴れたいだけなんだ。
鶴の一声でメルとリエルはアリエスとククアを呼びに宿へと向かった。女の子二人がキャッキャとはしゃぎながら走っていく様は遠征前とは思えない和やかな空気を感じさせる。
二人と入れ替えにトマスとノートが教会へ入ってくると、ミハエルから出発を早めた事を聞かされ互いに肩を叩き合った。
「わかりました!ノート、次こそは誇れる戦いをしようじゃないか!俺達の訓練は間違っていない!」
「そうだな、訓練の成果はすぐに分かるさ」
やる気に満ちたトマスが言うと、ノートの親方も“ドン”と胸を叩き同調した。
テスタントは周りの行動を気にする様子もなく、荷物を全て自分で運ぼうとしているのか、腕で大きさを図ったりとブツブツ言いながら小分けし、大きな皮でまとめている。
急に迫った出発を前に、この場で動かない“働かない奴”はミハエルと俺だけか。
「ルベルアよ、今一度問うが、お主は実際どれ程強いのだ?全力で戦った事はあるのか?」
働かない奴の一角であるミハエルからの突拍子の無い質問。どういう意図かは分からないが、直球相手には直球で返すのが一番だよな。
『自分でもよく分からないけど、ミハエルと戦った時は魔力を使いきったよ』
「そうであるか。ルベルア、お主はやはり魔力の使い方を分かっておらぬな」
俺が即答すると、それを聞いたミハエルは訝しげな顔をして首を横に振った。ここまでハッキリ言うくらいだから何か根拠があるのかな?
『そうなのか?一応“魔法の使い方”っていう本で勉強したんだけど』
「なんだその幼稚な本は、そんな物で何が分かる。悪魔族の生き残りだとかワプルの連中に教わらなかったのか?」
『悪魔の知り合いなんて居ないし、ついこないだまでメル意外には声も聞こえなかったからな。そういうならミハエルが教えてくれよ。どうせ暇だろ?』
「ガッハハハ!そう言えばそうか、声も姿も分からぬ難儀な悪魔だったな。確かに余は暇だが、それは無理だ!余は魔法が苦手だからな!竜化しか使えん!」
何故か胸を張って答えるミハエル、出来ぬことを自信満々に言い不敵に笑うと、何かを思い付いたようで、大きな手を“ポン”と打った。
『もっと勉強しろって事か?』
「そうさな……うむ!リエルに習うが良い!少なくともお主よりは魔力の使い方を分かっているからな!」
なにっ!?リエルに教わる?なんて頼りない先生なんだ!けど、ミハエルが言うんだから何か意味があるのだろう。
『なら今度教わってみるよ』
「うむ、そうするが良い!!」
俺とミハエルが会話している中、アリエスとククアを連れてメルとリエルが教会に戻ってきた。急な呼び出しでアリエスの機嫌はかなり悪そうだ。いや、元々こんな顔だったかもしれない。
「王よ、行くのか?」
教会に入ってくるなり単刀直入に質問するアリエスに、ミハエルは「うむ!」とだけ返し力強く頷いた。
アリエスはいつもの格好と違い、黒色と黄色を基調とした体も脚もキュッと締まった服、背には赤いマントを羽織っており、それに加え頭を守るためのハーフヘルムや、手を保護する為のガントレットを小脇に抱えている。
守るところは守り動かす所は空いている、まるでアニメの中の女騎士といったところか。俺がアリエス達と出会ってから、天使族が装備をきちんとしている姿を見るのは初めてだ。昨日の戦闘でも、一昨日の戦闘でも頭防具はおろか、ガントレットもマントも装着したところを見ていない。
『そういう装備もするんだな』
「私も初めて見ました!アリエス様もククアさんも凄く綺麗だし、本当に格好いいです!」
「私はピッチリするからあんまり好きじゃないよ」
渋い顔をするリエルとは真逆にメルが興奮気味に喰いつくと、そんなメルの頭をアリエスがコツンと叩いた。
「メル、誉めてくれるのは良いが何か企んでるな?」
「メル………。………欲しい………。」
メルをじっと見つめ“ニタリ”と笑うアリエス。その後ろでククアがそっと耳打ちをした。
「あー、なるほどな。素直に言えば良いのに。テスタント様!メルにも同じ服を用意してくれ!」
「ほぅ、少しお待ち下さい………これですね、どうぞ」
「わあっ!ありがとうございます!ルアさん、ちょっと隠して?」
テスタントは荷物からゴソゴソと丁度良い大きさの服を取り出すと、すぐにメルへと手渡した。
メルはいつも、ミルザが用意したローブの下に、ウールを素材にしたワンピース、そのワンピースに隠れて殆んど見えることの無いショートパンツを着用している。が、度重なる戦闘で今までで貰ったどれもがボロボロになってしまったらしい。
嬉しそうに服を抱きしめたメルは俺に近づき、カーテンの代わりをしろと言い出した。別に断る理由は無い、俺は体を薄く広げテントのようにメルの周りを覆い隠す。
中を覗いたら……怒られるよな……。
「ルアさん、もう良いよ。どうかな?」
『おお……』
体を元に戻すと、中から新しい服を身に纏ったメルが姿を見せ、そのまま“クルリ”と回って感想を求めてきた。俺はクルリと回るメルの周りを、自らもグルグルと回りじっくり観察した。
◇周りから見たルベルアとメルの様子は、とても仲睦まじく映ったが、それは黒い彗星の心情を知らぬ故であり、実際のところは変態衛星に他ならない◇
むむむぅ!ピッチリしてると見せかけて、胸元は広く空いてるじゃないか。僅かに見える谷間がけしからん!ヒップラインも強調されているし、露出は少ないけど、これはこれでありかもな!
いや、実際体部分はピッタリしてるから何の抵抗も無しに動けそうだし、かといって袖の部分は余裕があるから着心地も悪く無さそうだな。襟元や袖口には刺繍もあるし、なかなかお洒落じゃねぇか。
『凄く似合ってるぞ!』
「もう!ルアさんのエッチ!」
『えっ……テヘ』
あっさりとした感想とは逆に、俺の顔は“ニタァッ”と脂っこいことになっていたらしく、メルは頬を膨らませた。
俺達のやり取りにミハエルやアリエスは声を出して笑い、トマスとノートは慌ててメルの方から目を逸らした。だが、教会の柱の影からは溢れる負のオーラはより強いものとなった。
「良かったねメル!いつもの服も可愛いけど、それも似合ってるよ!」
「ありがとう!」
リエルもメルの周りをグルグル回りながら嬉しそうに微笑んだ。場の空気がほんわかした所で“ズン!”と立ち上がるミハエル。
「さて、そろそろ行くとするか!」
その言葉に皆の顔もキッと引き締まり……いや、リエルだけは少しでも多くと、慌ててテーブルに残る食べ物を口に突っ込んだ。
時刻は午後の三時半、いよいよ討伐隊の出発の時が来たのである。ミハエルは四人の女性メンバーを引き連れ、ワプル村の西のエリアに向かって歩き始めた。
今回は西のエリアから飛び立つ事になっているので、教会に残された男性メンバーはその場所までの荷物運び役だ。
大きい荷物の数を考えると、少し時間がかかりそうか。なんて考えていたが、討伐隊より人数の多い自警団が荷車や何かで荷物を西エリアまで運ぶのを手伝ってくれる事となった。
人海戦術は凄いもので、ミハエルらが西エリアに着く頃には荷物もすっかり西エリアに運び終わっており、フスカに向かう為の準備は予想よりも早く整ったのだ。
黒ノ王討伐隊の面々、ワプル村自警団。村長のジジイや号泣するモルドー、エリスに村人達。それらがワプル村西エリアへと集まっていた。
討伐隊発足から僅か一日、出発の刻である。




