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#34 フスカ出発当日。(2)

 二人も大声を出すもんだから、周りには得も知れぬ空気が流れている。俺はミルザの誤解を解くことに失敗した上に、ガリガリガリバーからの信用も失った悲しき悪魔という訳だ。


 だが、ミルザはともかくとして、ガリガリガリバーは想像を絶する馬……お人好しだ。話を聞いてもらえば騙せ……分かってくれる筈。


『なぁ、ガリバー、言っただろ?他の人には俺が悪魔王を倒した英雄だってことは秘密にしているんだ。それを知らないミルザが話を信じられないのも仕方のない事なんだよ』


「そ、そうでしたね、僕は危なく秘密をバラすところでした。僕はあなたを信じています……!」


 耳元で悪魔に囁かれ、震えが止まったガリガリガリバーの眼からキラリと一筋の涙が落ちる。そして、何かに駆り立てられる様に一心不乱に走りだすと教会を飛び出していった。


 その様子を見ていた髭おじちゃんは無言で首を傾げる。


(ガリバーのやづ、まーだなんか騙されだんだっべが?小ぃせぇ頃がらなーんも変わっでないべな)


 あっさりとガリガリガリバーからの信用を取り戻した自称英雄の元建築作業員である俺はホッと胸を撫で下ろし、いまだ行方の分からぬトマスとノートを探すために教会を後にした。



 ◇◆◇ワプル村より東の地◇◆◇


 ◇ルベルアが無意味な半日を過ごしている中、ある人物と会っていたメル。昨日の教会での会議の後に、“出発する前に話をしたい”と言われ、会う約束をしていたのだ◇



 ――――二時間前



 ワプル村東エリア、モルドー宅にてエリスと一緒に朝食を取っていたメルは質素ながら栄養満点の料理に腹を膨らませていた。


「メルちゃんの大好きな黒豆の佃煮、多目に作ったから良かったら持っていってね」


 いつもより少し元気のないエリスが小瓶に朝ごはんのおかずの余りを移しながら言った。


 メルは豆を使った料理が好物である。グリーンピースが苦手な子も多いが、メルはへっちゃらだ。エリスから喜んで小瓶を受け取ったメルは、蓋を開け匂いを嗅ぎながら至福の表情を見せた。


「ありがとうお母さん!絶対持っていくね!」


 朝ごはんを食べ終え、食器を片付けたメルは昨晩のうちに準備した鞄を二つ玄関の側に置くと、そそくさと家を出た。家を出たメルは、早速声をかけられた。


『おう、おはよう。良く寝れたか?こんな朝っぱらから出てくるなんて珍しいな、何処かに行くのか?』


「おはようルアさん、良く眠れたよ。昨日ちょっとした約束をしたからさ、今から会ってくるんだよね」


  皆に姿が見えるようになったルベルアは、モルドーの家の外にポツンと置かれた椅子の所で寂しい夜を過ごしているのだが、雰囲気から“一人で行きたい”というのを察し、付いていくのを諦め『そっか、気を付けてな』と返した。


 メルは「うん!」とだけ言って、少し気まずそうというか、照れた様に笑って東の方へと歩き出した。


 しかし、実のところ約束の場所へと向かうメルの心境は少し複雑だ。約束の相手の事を人として嫌いな訳ではないが、用件を言うでもなく“話をしたい”という理由で呼ばれたのが足を重くしていた。


 何故ならメルには話の中身がなんとなく予想できたからだ。


 並の人族とは比べ物にならない身体能力のメルが本気で走れば、約束の場所にはすぐに着いたであろう。しかし、メルはゆっくり、ゆっくりと歩いた。しばらく歩いたメルは、東の草原にある小高い丘の上に人影を見つけた。


「ふぅ、ここまで来ちゃったけど、どうしよう」


 約束の場所まで歩いて来たメルだが、やはり気分は乗っていない。


 この場所からさらに東へ行くと、湖があるのだが自然に出来た湖ではなく、人工の……というか悪魔お手製のモノだ。


 悪魔お手製の湖だが、“星降り”によって出来た湖だと思っているワプルの村人達は、ロマンチックな湖として大切な人と訪れる場所として利用している。


 その事をメルも知っているので、今日の約束、その相手、会う場所から連想させる話の内容は、予想するに十分であり、その予想の内容というのはメルの苦手な分野なのだ。


 丘の上まで歩いて来たメルに気付き、手を上げる一人の青年。


「あっ!本当に来てくれたんだね、嬉しいよ!」


 青年は暗めの青色の髪に黒い瞳、キリッとした顔立ちをしており背も高い。ワプル村の人達から“格好も良いし性格も良い”と評判な、バースである。それを見てメルもお返しに手を上げた。


「遅くなってごめんね、結構待ってた?」


 ゆっくりと近づき、背の高いバースを見上げて言うメル。


「ううん、本当に来てくれるかも不安だったから。そんな事気にならないよ」


 そう言うバースの耳は赤い。バースの表情にメルも思わず赤くなる。


「そっか、私だって約束したからには来るよ」


 バースの顔を見上げていたメルだったが、少し視線を落として返事をした。



(なんだろう、ドキドキする)



 思っていたよりもメルの機嫌が良さそうだったのでホッとしたバースは、草の上に敷いておいた布へ腰を降ろす。


「メルも座って」


「うん、座るね」


 脚を伸ばして座ったバースの隣に、メルが女の子座りで“ちょこん”と座る。


 バースは持ってきていた水筒から二つのコップにカチーノを注ぎ、一つをメルに手渡した。


 カチーノとは、カツミという木の実をトロトロになるまで煮込んだ甘い飲み物である。その甘さはココナッツミルクに近い。とはいえメルは前世においてもココナッツミルクなど飲んだことは無く、それを一口飲み驚いた。


「すごく甘い!それにあったかいよ?えっ、これ作りたて?」


 しかし、そんな訳は無い。ワプル村からこの場所に来るには誰もが同じような道を通る。その道をメルはかなりゆっくりと歩いて来た。途中で追い越された訳でもなく、バースは先にこの場所に居たのだから。


 驚くメルの顔にバースは少し口角を緩め、答える。


「ハハ、違うよ。この水筒の底はね、魔鉱石を入れられるようになってるんだ。そこに火の魔石を入れておけば長い時間温かいままにしておけるんだよ」


 答えながら、バースは水筒の底に付いている仕掛けをパカッと外して見せた。仕掛けにはメルの知らない魔法術式が刻まれている。


「へぇー、凄いっ!調理コンロの下に火の魔石が入ってるのは聞いたことがあったけど、持ち運べる大きさの魔法アイテムって初めて見た!」


 半透明の赤い魔石を持ち上げて下から見たり、眼を細めて見たりするメル、すぐ隣で行われる可愛らしい行動に、バースの顔はさらに赤くなる。


 それから二人は村の事や、バースがまだよく知らないルベルアやミハエルの事、他愛の無い話を続けた。


 自分の隣で一喜一憂するメルの姿に、バースは言い様のない幸福感に包まれ、この想いを悟られたらと想像し唇を噛んだ。


 照れを誤魔化すかの様に、自分のコップのカチーノをグイッと飲み干したバース、その心の中では“本題”を話す機会を窺っていた。


「自警団のリーダーも大変だよね。最近特にモンスターが多かったしさ、夜も寝ないで見張りとかしてたみたいだし、体は大丈夫?」


 メルはコップの中身を見ながら言い、そっと一口カチーノを飲み込んだ。


 ワプル村は年中春のような気候であり、朝早い時間は肌寒い事が多く、その中で飲む温かいカチーノはメルの心をホッとさせた。


「なんてことないさ。本当は僕もメルと一緒に戦いたいんだけどね、空を飛ぶモンスター相手じゃ弓を使える人か天使の人達みたいに特殊な方法がないと戦えないし、せめて僕に出来ることは全力で頑張ろうと思ってるんだ。それにさ、自警団のリーダーより天使族の盟主になったメルの方が大変だろ?」


 遠くの方を見つめるバースは、力無い自分を嫌そうに言ったが、言葉の終わりに笑ってみせた。


「ふふっ、盟主なんてミハエル様の冗談みたいなものだよ?天使の(みんな)も村の皆も、私に優しくしてくれるお兄さんやお姉さんみたいでさ、私も頑張りたいと思っちゃうんだよね」



 それはメルの本心であった。


 もちろん元の世界で自分の身に起きた事を……沢山の悪い事が重なり心を痛めたことを……それら全てを忘れてはいない。


 だがエンドルゼアに転生してからは、周りの人達の温かさや頼もしさを何度も感じ、田渕芽琉(たぶちめる)には与えられる事の無かった“愛情”というものを溢れるほど与えてくれた。


 それらは確実にメルを“呪い”から救っていたのだ。



「じゃあさ、私もバースも皆の為に頑張ろうね!」


 コップを返したメルが活き活きした顔をして立ち上がると、それに合わせたようにバースも立ち上がった。


 三十センチも身長が違う二人だが、視線をずらしたことで不意にお互いの眼が合う。


 自分の心臓が壊れるのではと心配になるほどドキドキするバース。メルも合ってしまった目を逸らすことができずに耳を真っ赤に染めた。



(なんでなんでなんで?なんでドキドキするの?変な期待をしたって、私の事を“死ぬまで愛してくれる”男の人なんか居るわけ無いのに!)



 一秒とも言えないほんの少しの間、二人の時間の流れが止まるそれを感じたバースは“今しかない!”と信じ想いを告げた。


「メル、今日からまたしばらく村に戻れないんだよね?心配だけど、僕はメルが無事に戻ってくるって信じてる。だからメルが居ない間は僕がこの村を守るから!もし黒ノ王との戦いが終わってメルが村に戻ってきたら……。僕と一緒になってくれないか?ずっとメルの事が好きだったんだ!」


 バースの頭の中はグルグルと回っていた。自分が上手く喋れたのか、メルがどんな顔をして聞いていたのかも分からない、それでも嘘偽りのない想いを打ち明けた。


 村の女性達にも人気なバースが今まで恋人も作らず過ごしてきた事実は、八年前からメルに対する想いが変わっていなかったことを物語っている。


 メルからの返事を待つバースの心臓は爆発寸前、探偵アニメが映画版になったときと同じくらい爆発しそうである。




 たった一秒が一時間にも感じるバース。




 二秒………。




 “パチン!”

 自分の顔の前で手を合わせるメル。


「ごめん、それは無理」


 背の高いバース相手なので必然的に上目遣いのメルの一言。バースの心臓は爆発を逃れ完全に沈黙、名探偵の勝利だ。


 必死に泣くまいと堪えるバースが震える声を必死に隠しながら尋ねた。


「理由を聞いても良いかい?」


「うーん。なんとなく」


(バース、ごめんね。やっぱり私は裏切られるのが怖いの)


 メルの心情など知らぬバースにとって、この一言はとても冷たく相手にすらされていないと感じた事であろう。


 堪らずバースの左目から一筋の雫が落ちる。


「そっ…か、それなら……、仕方ないね……」


 メルは草の上に敷いてあった布を千切りそっとバースの涙を拭くと、それをしっかりと握らせた。


「本当にごめんね」


「いや……。良いんだ、実を言うと……断られる気がしていたからね。そうだ、せめて僕の代わりに……何か物を持っていってよ」


 バースは布をギュッと握り、詰まる言葉を搾り出した。失恋した青年の切なる願いに、メルは“どうしたもんか”と少し悩んだ。


「うーん、物…かぁ…」


「例えば、僕が使ってる剣はど…」


「じゃあさっきの水筒ちょうだい?」



 無論、魔力溢れるこの世界においても魔法アイテムとは高価な物である。


 所詮村の自警団であるバースの給料は決して多くはない。その少ない給料をコツコツと貯めてやっと購入した魔石入りの水筒、購入した日には抱きしめて寝た程だ。


 バースは薄れる意識をなんとか保ちながら、水筒の底にキュッと火の魔石をセットし直し、メルに手渡した。


「こんな物で良いなら……」


「ありがとうバース!絶対大切にするね!」


 メル、本日二度目の“絶対”である。その眩しい笑顔を見たバースは改めて心に誓う、一緒に戦えるように強くなろう、と。“一途すぎて女に騙されるタイプ”の典型である。


「じゃあ、他の皆も気になるから、私は村に戻るね」


 水筒を片腕に抱きしめ、胸の前で小さく手を振ったメルは西に向かって踏み込んだ。


 ――ドッ!ヒュンッ!!シュタタタタタタタタタタッ!!


 バースの目の前から“あっ”と言う間に見えなくなったメル、踏み込みにより、捲れ上がった草と飛び出した土だけを残して……。


 バースはその穴ぼこを直すと、少し千切られたお気に入りのタオルケットをたたみ、村へと歩き出した。ゆっくり、ゆっくりと、眼から落ちる雫が村に着く頃には無くなるようにと。



(はぁ、危なかったなぁ。私があんな気持ちになるなんて……)



 ◇◆◇ワプル村・モルドー宅前◇◆◇


 ――――シュタタッ!

 ◇向かう時とは違い、僅かな時間で村へと戻ってきたメルは自宅の前でボーッとしているルベルアに目をやった◇


「あれっ?ルアさんずっとここにいたの?」


『いや、トマスとノートの親方を探して宿屋とか教会を見に行ったんだけどさ。結局見つからなくて、ついさっきここに戻ってきたよ。メルの用事は終わったのか?』


「あー、きっと何処かで訓練でもしてるんだね、私の用事は終わったよ!リエルは見掛けた?」


『おう、リエルなら教会でなんやかんや食べてたよ。ん?そんな水筒持ってたっけか?モルドーに買わせたのか?』


「ううん!バースに貰ったの!これね、なんと魔法瓶なんだよ!この世界にもあったんだね、魔法瓶」


『おー!良いモン貰ったな!まぁ、どっちかって言うとこの世界の方が魔法瓶ありそうだけどな。名前の響き的に』



 バースに貰った?ってことは、約束の相手はバースか。ずいぶん機嫌が良いみたいだけど、もしかして!?


 うーむ。バースは真面目そうだし愛するメルを任せても良いが、それは俺を倒してからにしてもらおう!!



 俺が起こりえる未来の戦いを想像する中、メルは玄関の脇に用意しておいた鞄を二つ取り、そのうちひとつを俺に押し付け、家の中に誰も居ないことを確認してから鍵をかけた。


 俺が渡された鞄を持ったままボケーッとしていると、手を握り“スッ”と体を寄せてきたメル。


『お?どうした?まぁ、可愛いから良いけど』


「へへ、一緒に行こうよ」


 俺は空いてる手でメルの頭を“ポン”と撫でた。


 ◇仲良く歩く二人、歩くといってもルベルアには足がなくふわふわ浮いているのだが。その光景はルベルアをよく知らぬ村人達の眼にも微笑ましく映っていた。


 ちなみに、その頃ワプル村の東のさらに東、ロマンチックな名所で二人の天使が戦闘訓練していた事は誰も知らない◇



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