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#33 フスカ出発当日。(1)

 ◇◆◇教会での会議から一夜明け◇◆◇


 黒ノ王討伐隊の面々はそれぞれ夕刻の出発に向けて準備を開始しなければならない。そんな中、特に準備することのない俺は、ふわふわとワプル村を漂っている。


 まだ朝早い時間なのだが、農村という事もあり、朝食を食べ終えた村人達がチラホラと歩いている。


 明日からの俺の役割は他の面子と違い、フスカ村での活動の他にワプル村の守護も任されている。その二役が出来る理由は俺の持つ機動力だ。


 というのも、他の者では移動に約二時間半かかる所を俺ならば三、四十分、つまり半分以下の時間で行き来出来る計算だからだ。


 それに加え、高い防御力を持つゆえに途中でモンスターの群れと当たっても、敵が規格外の強さじゃない限りダメージを受けることも無いだろうとミハエルに判断されたのが要因である。


 そんな重要な役割を当てられたってのに、誰がなんと言おうと俺は暇を持て余している。悲しくなるくらいやることが無い!


 暇だ、暇だ、暇だ!


 今後の指示を仰ぎに浮遊城から兵士が来てるって話だから、ミハエルはそいつらに捕まってる頃だろうし、テスタントはミハエルの側でなんやかんや(・・・・・・)やってるだろうし、メルは約束があるからって出掛けたし、アリエスとククアは宿から出てこないし、トマスとノートの親方は……何処に行ったんだし?


 そうだ!トマスとノートを探して遊ぼう!


 この“思いつき”は決戦への旅立ちを迎える日に、大の大人が思考すべき内容じゃないかもしれないが、そんな事は気にしない。


 ふーむ、あの二人の行動を読むのは難しいなぁ。とりあえず宿屋でも見に行くか。


 ――ヒュッンッ!

 目的地を決め、持ち前の機動力を無駄遣いすると、あっという間に宿屋に到着したが、そこで不思議な事に気が付いた。


 宿屋に空いた穴が直ってないのだ。確か、村長のジジイが代わりに直すって言ってた気がするのに……。よし、中の部屋がどうなってるのか覗いてみるか。


 体を細くして壁の穴からスルリと宿屋の中に入った俺は、偶然中に居た男女のカップルと思いっきり目が合った。


「はっ!はわわわわ!も、モンスター!!!」


「キャアーーッ!!誰か助けてーッ!!」


 部屋に居た男性は泡を噴いて卒倒し、女性はガタガタと震え顔を真っ青にして叫んだ。


『わわわ!スマン!俺は決して怪しい者じゃないんだ!部屋の中を覗こうしただけの、ただの善良な呪いの悪魔なんだ!』


 ◇慌てて言い訳したルベルアだが、言ってることは滅茶苦茶であり、無罪か有罪かの話ならば完全に有罪である◇


「どうした!モンスターか!?」


「何が…………あ……」


「ててて、天使の戦士様!どうかお助け下さい!」


 女性の悲鳴が聞こえたのか、部屋のドアを勢いよく開けて入ってきたアリエス。


 その一歩後ろには細身の剣を構えたククアも居たが、二人は俺の姿を見て沈黙した。


 続いて気絶した男性と震える女性を交互に見ると、ククアは細身の剣を鞘に戻し、溜め息を吐き首を横に振るアリエスの後ろに身を隠した。


『いや、あのさ、誤解なんだよ!』


「本当にお前にこの村を任せても大丈夫か?こんなとこ見られたらメルにガッカリされるぞ」


『ううっ、大変申し訳ございません!こんなことになるとは思わず、壁の穴から入ってきてしまいました!何とぞ!何とぞ!ご容――』


 俺は弁解することを諦め大袈裟に謝ったが、それを遮ってアリエスが震える女性に話しかけた。


「なぁ、コイツはあんたが思ってるような奴じゃ無いから許してやってもらえないか?こんな奴でも一応この村の守護神なんだよ」


「わ、分かりました……この事はもう忘れます。お騒がせしてすみません、許してください」


(呪いの悪魔がこの村の守り神なの!?この人達が天使だっていうのも嘘なんじゃ……!?ここで下手に食い下がれば殺されてしまうかも……!!)


「あんたが理解力のある奴で助かったよ、ルベルアもしっかり謝っとけよ」


 話を少し盛ったアリエス、嬉しい言い方だけど守護神なんて言われるとちょっと照れるぞ。


 女性は一瞬“ギョッ”とした顔をしたが、理解してくれたのか震えたまま頷いた。


 やがて目を覚ました男性と、なんとか落ち着こうとする女性に改めて謝り事なきを得たが、天使達が寝泊まりする部屋の他に物置として借りている宿の一室へ連れられた俺に、アリエス警部の事情聴取が始まった。


「で、何してたんだ?朝だから良かったが、よりによって子宝祈願の部屋に入るなんて」


 子宝祈願の部屋?なんだそれは……この宿にそんな部屋あったのか?


『いや、実はあの穴はテスタントが初めて村に来た時、メルが空けちゃった穴なんだけどさ、直すって聞いてたのに空いたままだったから気になって入っちゃったんだよ』


 ――ダンッ!!

「チィッ、ふざけるな!あの二人の心の傷はお前が思うより深いんだぞ!!」


『ヒッ……そ、そうだよな。悪い事したと思ってるよ』


 木箱を叩き、憤慨するアリエス警部の顔はいつもの優しい顔と違……いつもの優……いつもの顔で怒っている。


 怖えーっ、自業自得なのは認めるけど、こんなに怒られるのはいつぶりだ!?じっちゃんの十倍は迫力あるぞ!!


「安易……考え……分からない……馬鹿」


 ククアは声が小さすぎて何て言ったのか分かんねぇけど、馬鹿って言ったところだけはハッキリ分かったぞ。ちきしょー!


「ふーん、まぁいいや。ところでルベルアは準備は良いのか?」


 えっ?まぁいいの?さっきのはアリエスからしたら“こらっ、ダメだぞ!プイッ”くらいの怒り方だったのか?


『あ、ああ。俺はフスカに滞在するわけじゃないし、適当に魔力さえ蓄えとけば大丈夫だよ。二人の準備は良いのか?あとさ、トマスとノートの親方がどこに居るか知らないか?』


「親方!?なんでノートが親方なんだ?トマス達なら宿には居ないぞ。何処に居るかは知らんが、どうせどっかで訓練でもしてんだろ。あの戦闘の後やたら反省してたからな」


「私……知……」


 二人とも美人な天使には違いないのに、ぶっきらぼうに話すアリエスはゴロツキにしか見えないし、ククアは何を言ってるのか分からないし……。知ってるのか知らないのか、一体どっちなんだ。


『天使の皆はフスカに滞在するんだから、色々準備が必要だろ?訓練なんてしてる暇あるのか?』


「あー?想像してみろよ、テスタント様が居るんだぞ?勝手に準備してくれてるさ、だろ?」


 “様”って呼ぶ割にはテスタントを敬ってる様には見えないんだよな。


 俺の質問に答えたアリエスは、首をポリポリ掻きながら置いてあった木箱へ乱暴に腰を下ろすと、腰に付けてあった小さな鞄から硬い木の実カツミを取り出して口に放り込んだ。


 その木箱の後ろに立ったククアはアリエスの長い髪に(くし)を入れ始めた。


「……カリ……コリ……」


「……」


『……』


 あんれまー?もうお話は終了だよ、どっか行け!ってことなのか?まぁ、アリエスらしいか。


 空気を察した俺は宿屋を離れ教会を目指す事にし、そっと壁をすり抜けた。


 この時間、まだそれほど多くの人は歩いていないが、昨日の大戦闘の影響かモンスターの姿も見えない。


 教会に着いた俺は、夜通しここで過ごしていたのであろう村人や、ミハエルの指示を仰ぎに来た天使兵の連中に目をやった。


 教会の中には人が多く、ミハエルは浮遊城から来た連中に「あの秘宝なら使っても良い!」だとか「いざとなればハクヌカの村人を浮遊城に避難させよ」など、聞かれた事に対して明確に答えている。


 ミハエルの性格を考えると即断即決は得意だろう。


 一方では教会の片隅で袋に何かを入れたり、何かが入った木箱を積んだりとせかせか動いているテスタント、アリエスの予想は当たっていた様だ。


 俺は誰に話しかけられるでもなく、パタパタと動く教会の人達を眺める事にした。


 ここにもトマス達の姿は見えない。何処かで訓練をしているという予想も当たってるのかもしれない。


 あっ、ガリガリガリバーと髭おじちゃんも居るじゃないか。髭おじちゃんは白髪が増えたなぁ。少ない髪の毛は大半が白くなったけど髭はまだ黒々としている。髭おじちゃんのあの髪の毛の色合いは遠くから見れば天使族に見えなくもない。


 リエルは相変わらず食料テーブルに張り付いているし……ん?リエル?


 リエルがここに居るってことはメルは誰との約束で出掛けたんだろうか。メルの位置は感覚で分かるから村の東の草原に居ることは分かるけど、深追いするのはさすがに野暮だよな。


 メルの約束の相手は少し気になるけど、気を取り直して人観察に戻るか。


 ――サッ!!

 あれっ?今、壁際の柱の所で何か動かなかったか?


 何となく気になり、教会の内壁から飛び出ている柱の影を確認しようとしたその時、柱の影に潜む何かは近づく俺の気配に気付き、出しかけた頭を慌てて引っ込めた。


 居た!見えた!緑の髪の眼鏡美人が!……って、ミルザか!


 うーん、ミルザなら見なかった事にしておこうかな。余計な悪戯を仕掛けた所為で嫌われたばかりだもんな。


 そう言えば、昨日長い時間教会に居たのに一度もミルザを見掛けなかったのは、もしかして俺の事が嫌で隠れてたのか?


 モンスターとの戦いはしばらく続くのに回復魔法を使えるミルザに嫌われてるのは困るんだけど……よし、改めてこないだのお詫びをしておこう。


 野良猫を相手にする様に、ゆっくり、ゆっくりとミルザに近づかなければ!


 万が一“ポインッ”があると困るから手は後ろに回しておくとしよう。


 しかし、慎重に近づいているにも関わらず、俺の気配を察知したミルザはブツブツと呟き“近づくなオーラ”を発し始めた。


「悪魔よ、その汚れし魂を裁かれよ。罪と罰の権現よ、神の裁きを受けるがいい。この世の害悪は己だと知るがいい……」


『ミルザ、この前は本当にすまな…』


「キェェェェェェェイ!アンチデーモン!ホーリーショック!キルデビル!」


『まぁーっ、待ってくれ!落ち着いてくれミルザ!』


 俺の言葉を待たずに悪魔払いの鬼と化したミルザ。


 遠くに居た村人達にも叫び声が聞こえたようで、何事かと此方を凝視している。


 あまりの豹変ぶりに、子供の頃“健康に良いから”と祖父が凍った湖に飛び込んだ時と同じくらい焦った。


 俺のくだらないイタズラが招いた結果とはいえ、ここまで嫌われているとは……。


 ワプル村の守護神とは良く言ったもんだ。


「ミルザさん!落ち着いて下さい!」


「えっ!?」


『ガリバー!?』


 いつの間にか俺の横に居たガリガリガリバーの突然の呼び掛けに、ミルザは叫ぶのをやめ、顔の半分だけを柱の影から覗かせた。


 ガリガリガリバーは落ち着きを取り戻した対悪魔殲滅兵器(ミルザ)を諭すように、ゆっくりと小さな声で語りかけた。


「ミルザさん、大きな声では言えませんが……ルベルア様は今はこんな姿ですが、かの大英勇ヴァレンタイン様なんですよ」


 えっ?何言ってんだコイツ。ヴァレンタインって誰だよ!俺そんな話してないだろ?


 俺は新たに生まれた謎に困惑した。


 しかし、ガリガリガリバーが自分の味方であることを確信し、言い様のない安心感を得ることが出来た。


 柱から顔半分だけを出しているミルザは一瞬難しい顔をして俺のことをジッと見つめたが、首を横に振ってガリガリガリバーに視線を戻した。


「ガリバーさん、そんな訳ありません。伝説の英雄がこんな変態悪魔になるとでも?私は胸を……コホッ、この変態は歴とした悪魔ですよ」


 ミルザの言葉を受け、ガリガリガリバーの唇がブルブルと震え出す。


 首は赤子の様にガクンガクンと振れ、腕は小刻みに揺れ、膝はカクカクと笑っている。


「一発芸、人間バイブ」とか言い出しそうな程だ。


 ブルブルと震えるガリガリガリバーは半泣きで俺を睨み付け、これでもかと歯を食い縛った。


「この変態悪魔!!僕を騙しましたねぇぇぇええ!!」


 どうしてこんなにあっさり周りに流されるんだコイツは!


 ハァ、暇を嘆いていた二時間前に戻りたい……。


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