#32 教会/会議。
◇◆◇時刻は夕暮れ時◇◆◇
一同は明日の出立に向けて話し合おうということになり、警戒を続ける為の自警団を残し、ワプル村へと戻ってきた。ワプル村で一番大きな建物は教会であり、必然的にミハエルを含めた“黒ノ王討伐隊”の面々は教会に集まっている。
強大な相手に挑む為の真剣な話し合いが行われるかと思っていた俺は、少し肩透かしをくらっていた。
様々な食事にフルーツや飲み物、お酒まで出された会議には、多くの村人も集まり、ガヤガヤと賑わっていた。この賑わいは、もはや会議ではなく宴である。教会でこんな騒いで良いものかと考えてしまうが、この世界に住む人達が行っている事だから問題は無いのだろう。
「ガッハハハ!良い、余は久し振りの外出で気分が良いのだ。よって気遣いは無用だ!」
村長のジジイがミハエルに挨拶をしに来たのだが、堅苦しい挨拶を鬱陶しく思ったミハエルは、村長と酒を飲み交わしそれを挨拶とし絆を深めた。
突然来訪した天使王・ミハエルに対して、どう扱ったら良いのかと困っていた村人達の気持ちも、盛大に笑い飛ばしたミハエル。
豪華な食事も無く、立派な椅子も用意されて無い。だが、ミハエルは随分とご機嫌だ。
俺とミハエルは村長のジジイや村人との社交辞令を済ませ、やや暇を持ち始めたところで肩を並べた。
『なぁ、ミハエル。浮遊城からは離れられないんじゃ無かったのか?』
「ん、それは私も不思議に思ったんだ。どうなんだ?王よ」
俺の質問に、近くで三種の干し肉を物色していたアリエスも便乗した。そういえばいつも干し肉を食べてるイメージがあるけど、よっぽど大好物なんだろうな。
「うむ、確かに余が長い時間離れれば浮遊城は落ちてしまう。だが案ずるな、魔法研究所の連中に余の居ない間の浮力確保は任せてある。疑似魔法だけでは持たぬ故に宝物庫の貴重なアイテムも使っているがな!」
『なるほど、ミハエルが居なくても別の手段が用意されてるのか』
「ふーん」
体の大きな天使王の為にと用意された椅子の代わりのベッドにどっかりと腰を下ろしたミハエルの答えに、アリエスは頭の後ろに両手を当てながら、気の抜けた相づちをした。
「余もルベルアに言いたいことがあるぞ!お主、全然遊びに来ぬでは無いか。余はそこまで忙しくしておらぬからな、もっと気兼ね無く来るが良い」
腕を組み、不満そうな顔で言うミハエル、もう少し可愛いくて“来ても良いんだからね!”とか言ってくれるならばツンデレキャラ(♂)として成立したのに。
『ああ、それについては本当にすまなかった。俺が居なかった八年もの間、メルや村に良くしてくれて……本当にありがとう!』
俺はフワフワ浮く体を落とし、出来る限りお辞儀している風にミハエルにお礼をした。だが、それを見たミハエルは“キョトン”とした顔をする。
「むぅ!何故急にそこまで改まった!?ルベルア、面を上げよ、メルともこの村とも良き関係を築いて行くつもりだぞ?仲良きことは良いことなのだからな!」
ミハエルは俺の行動の意味が良く分からなかったのか、話の繋がらない言葉を返してきた。俺は体を元通りに浮かせ、いまいち気持ちが伝わらなかったのは、お礼の仕方が悪かったのかな?と少し反省した。
そこに、メルと食べ物を持ったリエルが近づいてきた。例によって盛り付けは滅茶苦茶だが、見事な量が崩れること無く皿の上に乗せられている。
「ミハエル様、これ食べて下さい。美味しいですから」
「むごっ。んん~、なかなか美味であ むごっ!」
リエルはミハエルの膝の上に乗ると、ミハエルの口へとハンバーグに似た肉料理を押し込んだ。一見すれば和やかな光景にも見えるが、味の感想を待たずに次の肉料理を押し込んでゆく様は拷問に見えなくもない。
「これも美味しいですよ」
「むごご、うむごっ……」
リエルのターンは終わらない。
「ねぇ、ルアさん。さっきミハエル様に私や村のこと、お礼してくれてたでしょ」
『ん?ああ、聞こえてたか。うーん、お礼したつもりだったんだけどさ、もっと腰を低く言った方が良かったのかな?あんまり伝わらなかったんだよ』
隣にちょこんと座ったメル。俺が分かり易い“困り顔”をして相談をすると“うんうん”と小さく頷いた。
「私も三年くらい前にね、ルアさんみたいにお礼したんだけど、やっぱり伝わらなかったんだよね。なんでだと思う?」
なんだなんだ!?急に“なぞなぞ”か!?なんかすごい可愛い顔して俺の答え期待してっけど、プレッシャー半端ねぇ!むむむ、えーと。あわわわわ。
『分かった!ミハエルがデカすぎて、俺達が頭を下げちまったら、姿を見失うからか!』
「もごご!……もご!……ごふっ!」
隣にいるミハエルが、そんなわけあるかい!と言いたげな顔をしたが、リエルのターンが終わらないので喋ることが出来ない。
そんなミハエルを脇目に、人差し指を立てて“チッチッチ”という仕草をするメル。
「ふふ、違ーう!正解はね、天使族の皆が感じる時間と私達が感じる時間の感覚が違うから、だったの!」
メルは得意気に答えを教えてくれたが、どういう意味だ?
得意気なメルも可愛いけど、そろそろリエルを止めてやれよ。
あの大量にある食べ物を全部食べられる程、ミハエルは若くないだろ。
『あっ、そうか、なるほど!そういうことか!』
「ふふ、意味が分かった?」
俺達とミハエル達では感じる時間の感覚が違うっていうのは、寿命の違いだ。俺もメルも日本人だった頃の感覚で考えちゃうから、八年というとそれなりに長い年月に感じる。
それが例えばそう。寿命が千年あったとしたならば、八年なんて相当短い期間に感じるんじゃないのか?
つまり、ミハエルからしたら必要以上に頭を下げられれば、“あれ?さっき友達になったばかりなのに、凄いよそよそしくない?”ってなっちまう訳だ。
だからお礼をするなら、助けてくれてありがとう!これからも宜しくな!くらいで丁度良かったのかもしれない。
『八年なんてあっという間って事だな』
「うん、そうゆうことみたい」
俺とメルは良き友を持てたことに感謝をしたが、その良き友は隣で窒息しかけている。そろそろ止めてあげようかな。
「リエル、我らの主は普段そんなに食事を取りませんよ」
「分かりました。では、自分の食事をしてきます」
村長のジジイと話していたテスタントが、戻って来てすぐにリエルのターンを終わらせた。
ミハエルの膝から降りたリエルは深々と頭を下げ、食料が並べられたテーブルの方へ戻って行く。
「むぐ、むぐ。ゴキュッ。むぐ…んっ!ふんんっ!」
難敵は去ったが、ミハエルの戦いはもう少し続きそうだ。
ミハエルが苦しんでいる前で、やれやれと首を横に振っていたテスタントは、一つ咳払いをした後に、声を張り話始めた。
「皆さん、聞いてください。我が主に代わり、私が明日の説明をさせて頂きます」
その声に、テーブルへ向かったばかりのリエルは“回れ右”をし、散っていた人達も集まって来た。
皆が散々飲み食いした後で、ようやっと会議っぽい事が始まるようだ。
ワプル村から出る討伐隊は、ミハエル、テスタント、メル、ルベルア、アリエス、ククア、トマス、ノート、リエルの九名だ。
だが、テスタントの話を聞こうと寄ってきた中には、村長のジジイ、バース、モルドーも居た。エリスやミルザの姿は無い。
「良いですね、では始めます。出発は明日ですが、実際出発する時刻は夕暮れ以降の今くらいの時間にします。
黒ノ王が居ると予想できる場所はツナウ山脈の西端にある“雲海の谷”という所。この村から雲海の谷までは約四百キロメートルです。ですが、直接そこへは向かいません。
まずはベクール領のひとつ、フスカという村へ向かいます。そこの村は雲海の谷に近く、村人達はすでにベクールへ避難しているので、そこを私達、討伐隊の仮拠点として使用します。
その村で、向かってくるモンスターを倒しながら、ベクールのローグと合流できるまで待機します。合流したのち一気に攻め込む、といった流れですね」
テスタントがゆっくり、淡々と説明をしていく。
もう一度聞きますか?はい/▶️いいえ ピッ。
長い!説明が多い!まぁ、仕方ないといえば仕方ないんだけども。
どうにも苦手なんだよなぁ、こういうの。
「あの、テスタントさん!その間の村々や浮遊城は誰が守るんですか?」
「はい、とても良い質問ですね。ワプルはルベルア様に守ってもらい、ハクヌカは浮遊城からドラゴンナイトを派遣します。浮遊城は主が居ない間は至宝の効果で結界も張っているので問題ありません」
「分かりました!」
“ピシッ”と右手を上げて立ったメルの質問に、テスタントがこめかみを手で“クイッ”と押し上げながら返答した。納得したメルが俺の横にちょこんと“着席”する。
って、あれ?ここ学校だったっけ?それにテスタントのあの仕草だけど、眼鏡してないのになんの意味があるんだ?
◇余計な事を考えていたルベルアは肝心な所を聞き逃した◇
「はい、他には何か質問はありますか?」
「テスタント様、夕暮れに出発するのは何故だ?」
「はい、良い質問ですね。鳥型のモンスターは夕暮れ以降は、巣に戻る種類が多いからです」
「ふーん、なるほどね」
アリエスが腕を組み、干し肉を“くちゃくちゃ”したまま質問した。ククアがアリエスの服の端をギュッと握りしめているのが少し気になるが、それより何よりアリエスの奴、態度が悪すぎだろ。
テスタントは全然気にしないで眉間を手で“クイッ”と触りながら答えたけど、一応天使族の中では偉い方なんじゃないのか?
っていうか、無駄にクイックイしやがって、テスタントの仕草は一体何なんだよ!!
眼鏡して……えっ?眼鏡して……眼鏡してないやん!
◇ルベルアは授業に全く集中出来ないタイプであった◇
「はい、何か他の質問はありますか?」
トマスとノートは頷くばかりで何も疑問はなさそうだ。テスタントの後ろに座っているミハエルも孤独な戦いは無事終えたらしいが、大きく頷くだけで話す様子は無い。
「はいっ!!」
「はい、リエルさん。どうぞ」
「特にありません!!」
「そう……ですか。もう皆さん良いようですね。では説明は終わりにしましょう」
真っ直ぐな眼で言い切ったリエルは腰を垂直に曲げてお辞儀し、何事も無かったように着席をした。
テスタントは少し困惑したが、強引に納得して説明を終えると、終了の言葉を聞いたリエルは大慌てで食料テーブルへと向かい走りだした。
きっとリエルは今が育ち盛りなんだろうな。
「ねぇ、ルアさんはワプル村の守備しながらフスカ村を行ったり来たりするのかな?ルアさんなら大丈夫だと思うけど、無理しないで頑張ってね」
えっ?何それ!初耳なんですけど!
『ちょ、ちょっと待った!テスタント先生!もう一度お願いします!』
もう一度聞きますか?▶️はい/いいえ ピッ。