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#20 近くで見ていてもワカラナイモノ。

 ◇◆◇翌朝、浮遊城・鐘の広場◇◆◇


 ◇何百年も静だったという鐘の広場が、今日は随分と騒がしいのには理由がある。


 賑やかな人だかりに居るのは天使王に認められた人族の少女・メルと天使王本人であった。


 といっても、実際には天使王に認められ盟主となった少女を一目見ようと集まった住人達よりも、久しく見ていなかった“明るく笑う王”を目当てに集まった者の方が多いのだが。


 それでも中には「初めて盟主様が来た時に、私がトイレの場所を教えたのよ!」とか「私があの時、盟主様のためにトイレのドアを開けたの!」などと話している人達もいる事から天使の間で盟主・メルがすっかり有名人となったのが窺える◇


「二人なら大丈夫だとは思うが、道中気を付けてな!戻ってきたら宴でも開くとするか!ガハハハハ!」


 笑うミハエルは初めて見たときより、かなり若く見える。そんなミハエルは、一度村に戻ると伝えたメルに二つの物を手渡した。


 一つは村で騒ぎを起こした事への謝罪の品であり、一つはメルの傘下に入ったことを証明する文書だ。それを受け取ったメルはミハエルにペコリと頭を下げ、硬い笑顔でお礼をした。


「それでは、行ってきます!」


 メルは俺の存在が皆に分かるよう、背にはらりと布を掛けてから跨がり、リエルに向かい両手を振った。


 住人たちは姿形の見えぬ異形の者が存在する事を認識し一瞬どよめいたが、直ぐに明るい声援へと変わってくれので有難い限りだ。


(『よし、行こうか』)


「うん!」


 背に乗ったメルを影で包み込み、溜めておいた魔力をジェット機のエンジンをイメージして噴射させた。


 絞った魔力の推進力は大したもので、瞬間的にトップスピードへと達し、そのままの勢いでの飛行を可能とした。メルは影で包んだし、多少飛ばしても旅客機並に快適だろう。


 快適なお空の旅をお楽しみ下さいませ!


「んルルアルアサンン!!ハハヤハヤスギギギィ!!」


 まさに予想外。メルの顔の皮はブルブルと波打ち、千切れて何処かへ行ってしまいそうになっていた。前言撤回しよう、メルは全くもって快適そうではない。


「ギギッ……………………………………………」


 プッツリと静かになったメル。


 すまん、急加速は控えた方が良さそうだな。反省はするとして、俺は飛行しながら流れる景色を堪能し、懐かしい想いを巡らせた。


 来るときは見てなかったが、低空で飛んでみると時々モンスターが居るのが見える。小さな村もあるのに、モンスター対策は大丈夫なのかな。


 それにしても、自分で飛んでみてよく分かった。この世界はとても広く、とても美しい。どこまでも広がる自然は、生まれてからこの世界に来るまで住んでた北海道を思い出す。


 けど、この世界の方が人間が余計な手を加えていない分、美しさは勝っているかもな。もし普通の人間に転生してたら、俺はこの世界でどう暮らしていたんだろう。


 柄にもなくセンチメンタルな考え事をしてしまう程に、素晴らしく綺麗な景色だ。メルは気絶しちゃったし、ワプル村から浮遊城に戻る時は少しゆっくり飛んでメルにも見せてあげよう。


 浮遊城を飛び立って一時間と少しが経った頃、早くもツナウ山脈へと差し掛かっていた。


 そろそろスピードを落とすとしようか。急加速の時の反省を活かし緩やかな減速を試みた。自転車と同じくらいのスピードまで落として飛行しながらツナウ山脈を越え、ワプル村を目前とした。


(『メル、起きられるか?そろそろ着くぞ』)


「うんっ、ふぁあぁ……。ここ……どこ?」


『おう、起きたか?もうツナウ山脈を越えたからな、ワプル村はもうすぐだぞ。っても見えないか……窓を作ってやるよ』


「わぁー!気持ちいい!あっ、でも虫が来たら守ってね!」


(『このスピードなら大丈夫だろ、もう見慣れた場所だな』)


「村が見えてきたー!!」


 村を見つけてはしゃぐメル。忘れがちだけど、まだ七歳の子供だもんな、嬉しそうで何よりだ。それにしても、村を出てからまだ四日目だってのにもの凄く久しぶ……あっ!


(『浮遊城で当たり前にしてたから忘れてたけど、このまま飛んでったら大騒ぎになるよな?』)


「あっ!そうだね、誰かに見られる前に降りよう!」


 俺達は村を出発した時と大体同じ場所へと降下した。正確では無いかもしれないが、浮遊城を出発してから一時間と三十分くらいで到着することが出来た。


「うへへ!ルアさんっ、先に行っちゃうからね!」


 着地するなり村へと走り出したメル。前世の両親はどういった理由があったのかは分からないが、彼女に愛情を与えることが出来なかったらしい。親の事を思い出すと全身を震わせて涙をながす程に。


 そんな彼女が両親と会うのを楽しみにして走り出す姿は、おっさん心をキュンとさせるよ。


 モルドーとエリスは変なところもあるけれど、メルの笑顔を見るに、きっと素晴らしい親なんだな。


 まぁ、俺も久しぶりのワプル村に少しわくわくしているんだが。よし、久しぶりに村長のジジイにイタズラでもしてくるか!


 見慣れた景色、見慣れた連中。あー、やっぱ故郷は良いなぁ。村長のジジイは……あれ?居ないな。


 メルが帰って来た知らせでも聞いてモルドーの家にでも行ったのかな。とりあえず村長のジジイの歯ブラシを……!!なっ、歯ブラシの入った棚に鍵が付いているだと!?おのれ!ジジイめ!無駄な対策を……ッ!


 仕方ないから鏡に“た……すけ……て……”とでも書いとくか。読めないだろうけど。


 四日振りに日課(イタズラ)を済ませた俺はモルドー宅へと向かった。モルドー宅はまだ午前中だと言うのにわいわいと賑わっており、いつもの顔触れが集まっていた。


 様子から察するにメルも今着いたばかりらしい。早く帰ったと思ったけど、自分で村中に知らせながら走ってきたみたいだな。


「メ゛ル゛ぅ!本当に、本当に無事で良がっだぁ~!」


 モルドーが号泣しながらメルに抱きついている。悪い奴じゃないんだが、締まらないお父さんだこと。


 両鼻から鼻水を流して、左鼻の穴から鼻提灯(はなちょうちん)を誕生させた。


「お父さん、泣かなヒッ!ちょっと離れて」


 メルは貰い泣きしそうになっていたが、モルドーの鼻提灯(はなちょうちん)を見て一気に引いた。


「そうなのよ!えっ?バース君が?えーっ、あはは!」


 エリスはバースの母親と談笑している。四日振りに娘が帰って来たのにマイペースすぎだろ。あと、何か知らんが笑われてるぞバース。


「モルドー、これで鼻をかみなさい。さて……メルには戻ってきた所悪いのじゃが天使族との話がどうなったのか聞かせてくれんか?」


「はい、天使族の王ミハエル・カーライル様から村長に書状を預かってます。あと、テスタントさんが村に来た時に起こした騒ぎのお詫びにとの品も頂きました」


 メルが小さな鞄からミハエルの書状と小包を取り出し村長のジジイへ渡した。村長のジジイは書状を見る前に、話から悪い事態にならなかったことを察し安堵の表情を浮かべている。


「そうか、此度は小さなお前に任せてすまんかったな。ご苦労であったぞ、メル」


 村長のジジイはたまに村長っぽい事を言う。


「はい、私は大丈夫です。それよりも村長、小包の中身は何ですか?早く見たいです!」


「まてまて、急かすでない。どれ……」


 村長は一旦、書状を懐に入れると、ガサガサと音を立てて小包を開いた。中には深い青色の石が入っており、その石は不思議な光を放っている。集まった村人達から思わず「おぉー!」と感嘆の声が洩れる。


「なんとも美しい石じゃが、一体どうしたものかの」


「ラピスラズリ……!」


 石を覗き込み、静かに興奮するメルがポツリと呟いた。


 ラピスラズリ、俺も前世で名前くらいは聞いたことがある。女の子が好きそうなパワーストーンだったか?


「なんじゃと!?ラピスラズリとな!?それは真なのかメル!」


「えっ!う……うん、昔お店の広告で見――」


(『メル!ちょっと待った!店はマズくないか?』)


 俺の声にハッとしたメルが、此方をチラリと見て小さく頷いた。


「あの、天使の王様が昔お店で買ったって言ってました!」


「ふぅむ。ラピスラズリと言えばワシが剣士をしていたときに噂だけは聞いたことがあるのじゃが、確か凄まじい力を持った古の宝石じゃったかな。そんな宝石を店で……?大昔には普通にあったんじゃろうか」


 村長のジジイはラピスラズリを大切そうに包み直すと(おもむろ)に小包をテーブルへ置き、懐からミハエルの書状を取り出し封を解いた。


「どれどれ」


 ―――


 余を含む天使族、浮遊城はメルの傘下と成った


 詳しいことはメルから聞いてくれ


 メルに持たせた小包には天使族の秘宝の一つである


 “天を象徴する石(ラピスラズリ)”を入れておいた


 此れは邪気を払い幸運をもたらす力を持つ


 盛大に奉り村の繁栄に役立てて欲しい


 それと一つ


 人には姿の見えぬ 余の使い魔を貸した


 メルにしか扱えぬがその存在を理解せよ


 では、いつか逢えることを願う


 天使王 ミハエル・カーライル


 ―――



 なんて偉そうな文書なんだ…。天使の王様がこんな俗な文章を書くなんて、元の俺なら絶対に想像出来なかったな。書いた本人を知ってるから納得できるけどさ。


 そして最後の文、使い魔って俺の事だよな…ククク。先にメルとミハエルで口裏を合わせてくれれば村の手前で降りなくても良かったのに。


 村長のジジイは一文、一文、ゆっくりと読み上げた。


「ワシら人族よりもずっと高貴な種族じゃと思っとったが、案外親しみやすそうな王様じゃのう。ラピスラズリはやはり凄い物じゃったか!天使族の秘宝と書いておるが、店で買った物だとは……」


 書状を読み終えた村長のジジイが難しい顔をしてテーブルの小包を眺める。


「それで、結局ミハエルさんと何があったの?」


 談笑を止め、静かに話を聞いていたエリスがメルに問いかけた。


 そりゃそうだ。肝心な事が何も書いてなかったからな。


「えっとね、ずぅーーーっと暇してた王様が、久しぶりに楽しめたからお友達になろう!って言って、私を盟主にしてくれたの!」


 メルの天才子役ぶりが発揮される。が、危険だった部分を誤魔化した所為で支離滅裂な説明となってしまう。


「まぁー!王様とお友達になっちゃうなんて凄いじゃない!!」


 ―――ムギュ~~っ!エリスが力強くメルを抱きしめ、豊満な胸が呼吸器を綺麗に塞ぐ。その横で村長のジジイは何かを納得したように、ポンと手を打った。


「そうじゃったか。心配しておったが天使の王が平和的な考えで良かったのぅ!しかし、メルを盟主とし傘下に入るとは破天荒な王じゃのぅ。まぁ、これで今回の件は終わりでいいかの。ゲイン殿、早速ラピスラズリを奉る祭壇を作る打ち合わせをしようぞ」


 村長のジジイはすっかり安心し、大工のゲインを連れて自宅へと戻っていった。


 村長のジジイが家に帰る頃には、モルドー宅に集まっていた村人達も解散し、家族水入らずの状態となっていたのだが、モルドー宅ではメルからの重大な発表が残されている。


 外で皆が帰るのを見送った三人は家の中に入ると、モルドーは食事テーブルの椅子に座り、エリスは温めていた料理をテーブルに並べた。


「皆帰ったね。お昼の時間は過ぎちゃったけど。ご飯にしようか、いっぱいメルのお話も聞きたいしね!」


 モルドーは四日振りの家族勢揃いをとても喜び、ぽっちゃりした頬が上に上がっている。


「そうね!今日は丁度メルちゃんの大好きな、芋と豆の煮付けよ!」


 エリスが素敵な笑顔でモルドーに賛成する。笑顔が可愛いなぁ。


 ってか、七歳児の好物シブすぎだろ!


 幸せそうで結構だが、俺はメルがこれから両親に話す内容を知っている。数日ぶりのメルとの食事を嬉しそうにするモルドーとエリスの顔、この後の展開を想像した俺は、二人が可哀想に思えた。


 俺には見ていられない。


(『メル、俺は少し散歩してくるから。その、なんだ……説得頑張れよ。途中で考えが変わったならそれでも良いからな?』)


 その言葉にメルはこちらを“チラッ”と見て僅かに頷いた。


 どうやらメルの考えは変わらないらしい。


 ――――スゥーーッ!俺は壁をすり抜けモルドー宅を後にした。


 はぁ。メルの近くに居てあげるべきだったかな?いや、きっと大丈夫さ。



 昼時の村は外に居る人が少ない――。その中で気になる一人を見つけた俺はそっと近づくことにした。


 やっぱり。あれはメルにこてんぱんにフラレたバースの弟じゃないか、珍しく一人か?一体こんな所で何をしてるんだか……。


 やっぱり鼻に指突っ込んでるし。マドカは鼻に指を入れたままテクテクと歩いている。そのまま転んだら鼻血は避けられないぞ。やることの無い俺は何も考えずにその後をついていく。


 ここは……村長のジジイの家じゃないか。マドカは何も喋らずに無言で村長の家に入って行く。


「なんじゃこりゃあ!悪魔!!悪魔の仕業じゃ!!」


 家の中から大きな声が聞こえてきた。恐らくは村長のジジイが俺からの悪戯(ラブレター)を発見したのだろう。そのまま村長のジジイは教会の方へと走っていった。


 シュタタタタッ!――― 足速えーなオイ。


 マドカはドアのすぐ近くに居たのに村長のジジイが気付くことは無く放っておかれた。影の薄い子みたいだな。俺は無人となった家の中をトコトコ進むマドカの後ろをじっと眺めた。というか、子供だからって平気で人ん家にずかずか入って大丈夫なのか?


 ◇注※ルベルアの日課は村長宅での悪戯である◇


 住居不法侵入である!打ち首じゃ!いや、打ち首はやりすぎか。やがて村長のジジイの書斎へと入っていったマドカは、机の一番下の一番大きな引き出しを開けた。そこに入っていたのは一つの小包。


 まさか?俺の背中に少しザワッとした悪寒が走る。マドカは躊躇すること無く小包を取り出し、その包みを手際よく開け始めた。


 盗み?さすがにまずいな、止めよう!俺は傍観をやめ、マドカに近づいた。


 今ならミハエルの使い魔として天使族の秘宝を守ったって事にもできるだろうし、マドカはまだ小さな子供だから未遂なら怒られるだけで済むだろう!そう考えた俺はマドカを止めるべく手を伸ばした――


「僕は七歳だよ。だけどね、中身が無いの」


 俺の体は熱にも冷気にも強いというのに、不気味な言葉に全身を寒気が襲った。


 今まで一切喋ることの無かったマドカが突然口を開いたのだ。感情を出すこと無く……ただ、謎の一言を。更にマドカが“両手”でラピスラズリを持ち上げると、栓の抜かれた彼の鼻から見えない何かが溢れ出した……。


 俺の伸ばした手はラピスラズリに触れ―――




 意識が…… 遠く……



  光が…… 眩しい……





 ◇◆◇




「先生来て下さい!!深澤(ふかざわ) (まどか)さんが目を開けてます!!」


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