#19 子供の成長トハ…。
◇◆◇一騒動を終えた翌日、メルとルベルアが浮遊城に来てから三日目の昼下がり◇◆◇
浮遊城の図書館、天使の女の子・リエルと俺の可愛いメルが楽しそうに話しをしている。日本の図書館とは違い、お喋り絶対禁止という訳では無いようだ。
「わぁ~!見たこと無い本がいっぱい!!リエルさん、これ全部読んでも良い本ですか!?」
高級と言われる本がビッシリと並ぶ光景に、メルは興奮していた。
「ええ、もちろんです盟主様!盟主様をよよ喜ばせるのがわたっ私のししし仕事ですので!」
リエルは、突如メルの案内役に抜擢された女の子であり突然の大役に緊張を隠せていない。というのも、初めはメルの案内役としてテスタントがついていたのだが、テスタントがあまりにも仰々しく住人達に紹介して歩くので、メルがミハエルに言って案内役を変えてもらったのだ。
そこでミハエルが気を利かせて「ならば歳の近い娘の方が良かろう!リエルをメルの案内役にせよ!!」と、即断で選出された案内役がこの娘。
リエル、二十二才、スリーサイズは……俺の影をこう…伸ばして巻き付ければ……分か――。
「ちょっと!ルアさんの変態!!」
メルが鋭く睨み付け、俺の尻(的な位置)をギュッとつねった。
(『ヒィッ!いだだだ!俺が悪かった!』)
まるで万力!握力モンスター!俺の尻は無事なのか!?
んもう!普通にしてるのを見ると忘れるけど、人間離れした身体能力なのよねウチの子ったら!!
「盟主様!?どどどうしましたかっ!?」
「何でもないよ、気にしないで」
◇“年の近い娘”として選ばれたリエルが二十二才という違和感の理由は、天使族が長寿であるが故にあまり子供を生まない種族だという事が関係する。
つまり、他の地で天使族が生き延びていない限りはこの世界で一番若い天使がリエルという事。そして、二十二才ではあるが、天使の寿命からして幼児であるために、見た目はメルより少しお姉さんかな?と言ったところ。
髪は左サイドで一つに纏めたポニーテールとシンプルで、天使特有の眼にも見慣れた所為か、少し紅く染まった頬が子供らしさを際立たせている◇
「リエルさんっ、この大きな建物は何ですか?」
メルは扉が固く閉ざされた白い壁の大きな建物を見上げて聞いた。扉には立派な化粧彫りが施されており、職人の存在を見てとる事ができる。
「はいっ、盟主様!こっここは、魔法研究所です!!主に回復魔法に力を入れて研究しているらしいです!!私も入ったことがありません!」
リエルはビシッ!と“気を付け”の姿勢をして答える。前世で俺が中学生だった時の体育教師“松本”よりも綺麗な “気を付け” だ。
「そうなんだぁ……。あの、リエルさん?」
「盟主様!リエルと呼び捨てて下さい!」
メルのふんわりした呼び掛けに、兵隊のような返事を返すリエル。なぜこの娘はこんなに肩に力が入ってるんだろう。表情は自分と年の近い女子と行動できて嬉しそうなのに。
「そうですか、じゃあリエルも私の事をメルと呼び捨てにしてください」
メルはニコリとして言った。いや、ニヤリか?どうやらメルも俺と同じ事を考えていたみたいだな。
「えっ!そっそそそれは、そんな事したらテスタント様に」
リエルはカニのオモチャみたいな動きで狼狽えながら道の脇にある白い石垣の方にチラリと目をやる。
―――ヒュッ!
視線を察知した何かが素早く動き隠れた!
「はぁ~ん。ルアさん、お願い」
メルは俺の方を向いた後に石垣の方へクイッと視線を送った。小っちゃいくせに、まるで山賊の親玉みたいな仕草だこと。
(『へいっ!オヤビン!任せろでヤンス!』)
俺は少し高く浮き上がり石垣を見下ろした。と、哀れな男が丸見えに。はぁ、仮にも天使族の“お偉いさん”だろうに、情けない姿で隠れたもんだ。
あまりにも不格好に隠れる男に少しやるせなさを感じたが、俺は手だけを飛ばして獲物を捕らえた。
「あっ!くっ!これは……ルベルア様ですね!?一体何を――!あっ!や……お止め下さあっ!アッヒャヒャヒャヒャ!!」
石垣の影にいた男が悶える。スマンな、手が勝手にくすぐっているだけだ、俺の意思ではない。
「もうっ!テスタントさん! リエルさ……あっ、リエルに変なこと言ったでしょ! 私はリエルさ……あっ、リエルにお友達みたいに接してもらいたいのに!!」
「アッヒャヒャヒャヒャハ!!」
テスタントは悶えている!!
「お、お友達……盟主様に私なんかが……」
リエルはモジモジしている、モジモジしているがトイレを我慢してる訳では無いだろう。
「リエルさん……あっ、リエル!堅苦しい案内役なんかじゃなくて、私の友達になってくれませんかっ?」
「そ、それは。メ……メ……盟主様がそう言ってくれるなら!良いですよね!?テスタント様!」
「アッ!……ヒャッ!……ヒャッ!……ヒヒッ!!」
テスタントは悶えている!!!
「ちょっとルアさん!もう良いよ!!」
(『テヘッ』)
「ゼハーッ、ゼハーッ、わ……分かりました!メル様がそれで良いと言うのなら……ハァ、ハァ」
どうしたテスタント、自慢の髪型が乱れているぞ。息が絶え絶えのテスタントは快く承諾、これによりメルの転生後初めての友達ができた。
「じゃ、じゃあ行こっか!メル!見せたいところが沢山あるよ!」
「うん、宜しくねっ!リエル!」
リエルは途端に可愛さを増してメルの手を引っ張ってゆく。なんて微笑ましい光景なんだ……俺も混ぜてくれないかな。
「ハァ……ハァ……ルベルア様はまだここに居ますか?」
唐突なテスタントの問いかけに、仕方がないから地面をカリカリと引っ掻いて返事をした。こんな風に話しかけられる日が来るとは考えていなかったが、存在を知られているというのは気分の悪いものじゃ無いな。
◇この世界に来て、ルベルアもメルも皆同じように言葉が通じ、本を読むことも出来たので、共通の言語しかないと思っていた訳だが、それは転生者特有のスキルであり、文字は日本語とは全くの別物らしい。
それが分かったのは昨日の事、ミハエルに対して姿の見えないルベルアが“よろしく”と書いて見せたのだが――。
「むぅ、これは天使族の知らぬ文字だ。昔の悪魔が使っていた文字とも違うものであるな」とミハエルを不思議がらせた。つまり、ルベルアが文字で会話をしようとするなら、この世界の文字を勉強しなければならないという事。
なので今はメル以外の人には引っ掻いて音を出すか直接触る等の行為でしか、ルベルアが居る事を伝えられないのだ◇
「まだ居りますね。ルベルア様、そろそろ我が主との約束の時間ですよ?」
あー、もうそんな時間かよ。よし、ミハエルとの模擬戦闘に向かうとするか。
俺はもう一度カリカリと地面を引っ掻いてから城の左側にある竜騎士出立室へと向かった。やたら広くてデカい通行口があるだけの部屋だ。
約束を守るために、昨晩は少し遠くまで飛んで目一杯魔力を溜めておいたし、きっとミハエルも喜ぶぞ!うふふふふ。
◇◆◇二時間後◇◆◇
◇バサバサとはためく茶色のマントの化物と天使王ミハエル・カーライルが浮遊城西の空でバチバチと魔力を散らしていた◇
(『ハァ、大魔法無しじゃキッツー!』)
◇マントを羽織り、ミハエルに居場所が分かるようにして戦っているルベルア。戦闘訓練するためにとミハエルが出したアイデアである。とはいえ正確な場所が分かるかどうかは、ルベルアが正直に体に羽織る事が前提なのだが◇
「ハァーッ……!ハァーッ……!疲れたぞ!!ルベルアよ!」
そりゃ疲れるだろ、二時間もぶっ通しでやるのが間違いなんだよ。
肩をポンポンと叩くと、ミハエルは剣を構えるのを止めて俺にしがみつき、翼だけのドラゴフォームを解除した。今日の模擬戦闘の終わりの合図だ。
ミハエルを乗せて浮遊城・ドラゴンナイト出立室まで戻ってきた俺は、マントを脱いで部屋に置かれた鈴を一度だけ鳴らした。
“またな”の合図である。
「うむ!中々良い汗をかいたぞ!また頼む!」
鈴を聞いたミハエルは一言残して部屋を出て行った。鈴が設けられたのはこの部屋だけでなく、俺の為にと城のあちこちに鈴が設置されている。二度鳴らせば“来た”の合図で一度だけなら“またな”の合図。
なんとなく、秘密の恋人みたいな扱いだ。
さて、あの二人はどこに行ったかな?メルとはお互いの位置を感じ取れるから探すのは簡単なんだが……。
スィーン!――お、居た!
鐘の広場のベンチに腰掛け、何やら楽しそうにしているメルとリエル。二人だけの女子会ってやつか?
(『メルー、面白い事あったかー?』)
「あっ、ルアさんお帰り!長かったね」
メルは飴玉の様な木の実を口の中で転がしながら言い、それに合わせてリエルも挨拶をくれた。
「お帰りなさい、ルベルア様。お疲れ様です!」
俺が居る方向は全然違うが、可愛いから許す。
「ルアさん、私決めたことがあるんだ!」
急に立ち上がり城下町をグルリと見渡したメル、一体何を決意したのだろう。
(『どうした?トイレの場所を増やしてもらうのか?』)
「違うよ!私ね、暫くここで暮らそうと思うの!」
―――えっ?
(『暫く?あんまり長すぎると村の奴らが心配するぞ』)
俺はメルを心配して泣きじゃくるエリスの姿は見たくない。正直、モルドーはどうでも良いけど。
「うん、ちゃんと顔は見せに行こうと思うから時間のある日は村まで連れていってね。それでね、学校に通う前までここで暮らそうと思うの」
この島で何を見たのかは分からない、けどメルの気持ちはもう決まっているみたいだ。学校に通う前まで……約三年間か。皆、寂しがるだろうなぁ。
(『まぁ、メルが決めたことなら良いか』)
「ありがとう!ここに暮らすとルアさんも毎日大変になると思うけど、宜しくね!」
言いながら、一度リエルの方を見て“やったね”という顔を見せたメル。
賛成したのは良いとして、本当に大丈夫かな。今まで子供が居なかったから分からなかったけど、保護者ってのは心配事が尽きないモノなんだな。
―――あっ、メルと浮遊城で暮らすってことはミハエルとは遠距離恋愛じゃなく、日課みたいに模擬戦闘しなきゃならないってことか……。それは確かに大変だ!
(『まぁ、もう決めたのなら明日には一度村に帰ろう。話は早い方が良いからな』)
「うん、わかった!」
“初めてのおつかい”は“初めての家出娘”になってしまったようだが、果たしてエリスとモルドーはこのショックに耐えられるのだろうか。




