#18 偉いヒトの話はナガイ。
浮遊城謁見の間に謎の静寂が訪れた。しゃしゃり出たテスタントの返事が天使王を沈黙させたからだ。
いや、なんか喋れよ!
「テスタントよ、少し外してくれ」
あっ、追い出されてやんの。
「ふむ、まずは今回の件について余が詫びるのが先か。確かメルと言ったな、余が持つ過去の私怨を其方に強引に押し付け、その命を奪おうとしたことを心より謝ろう」
王は玉座に座ったまま少しだけ頭を下げた。
なんて偉そうな謝り方なんだ、床に頭を擦り付けて足でも舐めやがれコンチクショー!おっと、俺には足無いんだよな。
「しかし、言葉だけでは足りぬだろう。余が死ねば浮遊城は落ちるのだからな……つまり其方は余だけでなく浮遊城に生きる者達すべてを生かしてくれたという事になる。そこで、詫びとして余の側近であるテスタントの首を渡そう。どうか、首ひとつで今回の事を不問にしてくれ」
はっ?首?いやいやいや怖い怖い怖い!
脇に控えている兵士達も動揺して動くのが見える。もちろん動揺したのは兵士達だけでは無く、メルも同様に動揺している。
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい王様! どうしてそう言う話になるんですかっ!? 私はテスタントさんの首なんて欲しくないですっ!!絶対に要らないです!絶対に絶対!!」
そんなに必死に嫌がると逆にテスタントが可哀想に思えてくるが、首を欲しがるメルなんて見たくないもんな。
「ふむ。テスタントの首では納得できんか。とはいえ余の首を渡しては皆まで地上へ落ちる事となる、渡す気も無いがな。ひとつで足りないと言うことならば……」
王がブツブツ言いながら控えの兵士達を眺める。その視線を受けた兵士達は先程よりも動揺し、鎧をガチャガチャと鳴らした。
この王様、発想が本当イヤ!
「王様!私は誰の首も要りません!!ただ、私やワプル村の皆の事をそっとしておいて欲しいです!!」
激しい身振り手振りを交えながら、全力で称号“首コレクター”の獲得を拒絶したメル。
「何も要らぬか。何も渡さなくとも其方が暴れないと言うのならば、それは悪くない話だが」
王は少し不思議そうな顔をして頷いたが、まだ少し信用できないといった様子で髭を撫でている。
って、元々暴れたのはアンタだろ!
「はい、何も要りません。けど、出来ることならワプル村と仲良くして頂き、私がこの島で自由に歩くことを容認して欲しいです」
簡単な要求に切り替えたメルは体をくねらせ“おねだりポーズ”をした。子供の必殺ポーズを使うとは中々やるな。
「この島を其方の自由にさせろと申すか!むむぅ、つまり余にワプル村の傘下に入れと!?」
コイツは何言ってんだ、あんな田舎村の傘下になんか入ったら村長のジジイが調子に乗るだろ。思い違いも大概にしろよな!
「えっ!いや、そうじゃ…」
「いや、本来ならばあの時奪われたはずの命。やむを得ないか……ならばひとつ、余の質問に答えるが良い」
「あっ、えっ?えっと、はい」
メルの情報処理が追いついていない。電卓の一万分の一の処理能力を誇る俺の解析速度も追いつく訳がない。
「あの時、余はどうやって負けたのだ?其方は余の剣を、あの“最強の切り札”を避ける間など無かったはずだが」
自分より実力が上の者が居ることを痛感したのだろう。王が悔しそうに顔を強ばらせ、メルに問いかけた。
「えっ…と。私は分かりませんが、ちょっと聞くので待ってください。ルアさん?」
メルが体をくねらせ助けを求めるように聞いてきた。可愛いけども、俺にはそんな格好しなくても普通に答えてやるのに……。
(『あー、あれはな』)
が、またも人の説明を待たずに話し出す王。王はどうやら、マイクを持つと離さないタイプと見た。
「む?ルア?ここに其方以外の者が居るのか?」
「はい。私が生まれた時から一緒にいる悪……妖精が居ます。普段は私以外の人に姿や声が伝わる事が無いのですが、あの時は私を守ろうとして凄い量の魔力を使ったみたいなので、王様や兵士さん達にも見えたのだと思います」
言葉を選びながら説明するメル。それを聞いた王は一瞬目を瞑り考え込んだかと思うと、髪の毛を逆立て“カッ”と眼を開いた。
「あの黒いのはお主の真の姿では無く、その妖精だというのか!!」
「はい!妖精さんです!」
メルは“ビクッ”と肩を上げ、イエッサー!とでも言わんばかりに即座に返事をしたが、王は壊してしまいそうな勢いで立派な肘掛けを叩いた。
「あの見た目は悪魔であろう!!」
王の眼は血走り、鼻息荒く妖精論を却下。
「はい!悪魔です!!」
王の迫力に背筋が伸びきったメルはあっさりと認めた。
(『あちゃー』)
天使と悪魔じゃ間違いなく犬猿の仲だろう、これはヤバい流れか?
「そうであったか。幻魔族の類いか?まだこの辺りにも悪魔が生きていたとはな。昔、瞬く間に多種多様な魔族が増え、それまで魔族の上に君臨していた悪魔族も数による侵攻には勝てず、気付けば姿を見なくなったのだ。古き喧嘩相手だったが、生まれて間もない悪魔ならば余の知る悪魔族とは何の繋がりも無いのだろう。だが何故ハールバドムを思わせる臭いを感じたのか……余も鼻が狂ったものよな」
遠い昔を見つめ、髪をワシワシと掻いた王。見るからに落ち着いており、少しの殺気も感じられない。
これは意外にも大丈夫なパターンか。
「……」
メルはモジモジしている、なんと返事をすれば良いか分からないのだろう。昨日殺されかけた相手が感傷に浸ってても、かけることばなんか出てこないよな。
「分かった。この浮遊城が傘下に入ることを認めよう!但し、お主は自由にこの街と交流してもよいが――」
が?何か嫌な予感がする……。
「――お主が交流している間はその悪魔と戦わせて貰おう!」
言い切ると同時に王の眼がランランと輝きだす。
「えと、ルアさん、良い?」
腕を体の前に絡ませてモジモジしながら聞かれても、困るなぁ。可愛い顔に騙されてやろうか、どうしようか。うーむ。
『また小さくなったりしないかなぁ。俺はこんな体だから殺られるとは考えにくいけど、命の取り合いなんて嫌だしさ』
メルが子犬の様な瞳でうるうると見つめてくる。
(『まぁ、いっか』)
「王様、私を守護してくれている“ルベルア”という名の悪魔さんが良いと言ってくれたのでその条件でお願いします!あっ、傘下とかは考えなくて良いんで」
クネクネしながら王に伝えたけど、今はクネクネポーズ要らないんじゃないのか?
「そうであるか!余の枯れた闘志もまた燃え盛るというもの!しかし、殺されては敵わぬからな、保険という意味で其方の傘下には入らせて貰おう!ガッハッハッハ!」
うわー、コイツ。戦闘狂かよ!
「テスタントよ!話はついた!戻って参れ!!」
王の呼び声を聞き、テスタントが足早に謁見の間へと戻ってきた。
「我が主よ、どのような話になったのでしょうか」
テスタント、危なくお前の首はメルの物となってスプラッター人形の横に飾られる所だったぞ。
「うむ、我が浮遊城はワプル村……もとい、メルの傘下となった!明日までには全ての住人達にも周知の事実とせよ!」
「なっ……主よ!聞き直すことへの無礼をお許しください!本当に宜しいのですか!?」
堂々と言い放った王に対して、テスタントは驚きを隠せずに聞き返した。
「ミハエル・カーライルの名において宣言する。考えは変わらん!皆、メルに無礼を働くことの無きようにせよ!」
◇脇に置く剣を掲げ力強く言い切った天使王ミハエル◇
「ハッ!では今すぐに知らせてきます!メルさんには後程この街をご案内致します!」
ミハエルへ一礼し、直ぐに謁見の間を飛び出していったテスタント。 というか、王様の名前が初耳なのだが、いかにもって感じの名前だな。メルは大事になった話に困ってモジモジしているし。
「ふぅ、これで後には引けぬな!ガッハハ!まぁ、余は良き遊び相手が出来たことを喜ぶとするか!メルと、確か……ルピーリアとか言ったな。末永く宜しく頼むぞ!」
「はい!こちらこそ宜しくお願いします!」
(『聞こえないだろうけど、宜しくな!後、名前全然違うぞ!』)
「あの、ミハエル様……」
ミハエルと力強い握手を交わしたメルが、可愛らしくモジモジしながら呟いた。きっと俺の名前を訂正してくれるのだろう。
「どうしたのだ?メルよ!其方は小さき少女だが、余を負かした悪魔の主なのだ、もっと胸を張るが良い!」
ミハエルは優しい声だが、その言葉はとても力強く頼り甲斐がある。味方になれば心強い奴ってとこかな。
「すみません、ミハエル様……あの……トイレを貸して欲しいのですが」
耳まで真っ赤にしたメルがボソボソと言った。
ずっとモジモジ クネクネしてると思ったら、トイレ我慢してたんかいぃぃぃっ!!来る前にしとけよ!ばかちんがっ!!
「うむ!我が盟主メルにトイレを案内せよ、メルが漏らすは、余の顔に泥を塗る行為と思うがよい!全ての天使は全力で支援せよ!!」
ミハエルはどうでもいい事を、世界の危機かのように叫んだ。それによりメルの顔は煙が出そうなくらい赤くなり、そのまま控えの兵士達に担がれて城の外へと運ばれてゆく。
――暫くして、城の外で大きな歓声が湧き起こった訳だが、メルはこの日を一生忘れないだろう……。
思いがけない事が沢山あったとはいえ、まだ二日目のこの旅。
天使族がメルの傘下に入るという驚きの結果をもって、俺とメルの“初めてのおつかい”が完了した。
まだ来たばかりだから、もう少しゆっくりしてから帰るとするか!
◇その頃、危機を脱した一人の少女は浮遊城の住人達に訳もわからずに胴上げされていた◇