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#111 トーラス・ドラフォイ。(2)

「メル」


「ヒァイッ!」


 静けさの中、不意にベクール王に名前を呼ばれた事でメルの返事が裏返る。


「ひとつ、話をしよう。ドラフォイの家系で数え、ワシが三世代目の国王なのだが、其方はベクールの先代の国王を知っているか?」


「いえ、歴史の勉強はあまりしていなかったので……すみません」


「謝る必要はない。先代の国王、ワシの父上は国王でありながら戦士でもあったのだが、ある日、ゴブリンの群れが近隣の村を襲っているという突然の報を受け出陣した戦場で命を落とした。ワシの目の前でな」


「そんな……!」


「ゴブリンごときに遅れをとるような国王では無かったのだが、不覚にも変異個体のゴブリンの存在に気付くのが遅れたのだ。当時のワシにとって、世界が崩れるような感覚に陥るほどの、耐え難い出来事であった」


「…………想像するだけで、とても、とても辛いです」


「しかし、不幸はそこで終わりでは無かった」


「えっ?」


「民の為に戦い、命を落とした父上に送られたのは、【怠惰(たいだ)の王】という不名誉な称号ひとつだけであったのだ。国を守るべき立場でありながら、その責務を果たすこと無く無責任な死を遂げた、という理由でな」


「――ッ!どうしてですか!?」


(かね)てよりベクールの国王には、東の地という辺境で生き残ってゆく為の強さが求められており、その期待に応えるだけの実績と名声が備わっていると認められた父上は、国民の強い支持を得て、ワシの祖父に当たる先々代から王位を継ぐ事となった。

 しかし、それを妬んでいた貴族達も多く、そういった者達により“村が襲われていたから出陣した”という経緯が“国王がモンスターの群れの掃討に失敗し、村が襲われた”という事に改竄(かいざん)され、国民に知らされたのだ」


「トーラス様のお父様は民の為に戦い、命を落としたのに……酷い!」


(自分がベクールに来たときには既にトーラスが国王だったけど、そんな過去があったなんて…………にしても、時間を無駄にする事を極端に嫌うトーラスが、こんな時に昔話をするなんて一体どういう風の吹き回しだろう)


 メルの隣でベクール王の話に耳を傾けていたヤハスだが、その心境は複雑であった。

 それほどまでに、そう思ってしまう程に、今日のベクール王はヤハスの知る傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なベクール王とは違っているのだ。


「それを知ったワシは心に誓った。亡き父上の名を地の底に引きずりおろしてまでも王位を狙う、そんな者達に次代の王を任せてなるものか、と」


「トーラス様……」


 無論、メルも困惑していた。何故こんな話を私に?という理由もあったが、たった今、面と向かって話しているベクール王は周りから聞いていた話からは想像もつかないくらいに優しく、悲しい眼をしていたから。


「結果、真相を知り味方についた貴族や、ワシの言葉に耳を貸してくれた多数の国民の力を借り、敵対貴族達の醜い争いを制す事が出来た訳だが、今となっては民の中にもワシを良く思っていない者も多い」


「どうしてですか?とてもそんな風には見えなかったです。王城(ここ)へ来る途中、都の中を歩いて来ましたが、みんなが笑顔で、活気に溢れていましたから」


「逆の者も多いという事だ。ワシと貴族との争いに巻き込まれた者、そういった争いの中で歪み、他人を信じなくなったワシ自身が不幸にしてしまった者。そんな者達がな」


「トーラス様にお会いするのは初めてで、こんな事を言うのは軽率かもしれませんが、そんな印象は全然受けませんでした」


「今日のワシがまともに見えたのなら、それは其方達の純粋さに気付かされたからであろう。自らの心が如何に荒み、汚れていたのかをな」


「もし、それが本当なのでしたら、今度は日々の生活に苦しんでいる人達を救ってあげてください。

 トーラス様にしか助けることの出来ない人を。

 不幸しか存在しないと決めて全てを諦めてしまった人達も、本当は心の何処かで救いを求めている筈ですから」


(かつての私、ルアさんと出会う前の私がそうだったように……)


「うむ。其方達と出会い、ワシはひとつの覚悟を決めた。が、それは幻魔族の討伐が終った時、改めて話すとしよう。まずは頼みたい、幻魔族討伐に其方達の力を貸してはくれまいか?」


「はい!」


 一も二も無く返事をしたメル。他の五人もメルの声に後押しされるように立ち上がると、続けざまに賛同の意を述べた。


「数多く居る無能なローグとは違い、黒き鳥ノ王討伐という最高難度の依頼を達成した程の其方達の助力、心より感謝する」


「トーラス、今回の君を見ていて、確かにベクールは良い方向に変われそうだと思ったけど、その為には、誰が無能だとか、使えないとか、そういう言い方も直さないとね」


「……努力しよう」


「それで、幻魔族への対処だけど、自分達もハーリッドの指示に従った方が良い?」


「必要ない。連携の合図も分からぬ中で無理に合わせろと言っても、其方達にとって足枷(あしかせ)にしかならぬ事が目に見えている。其方達はイーストランスや兵団とは別動隊として動いた方が良いのではないか?」


「うん。そう言ってもらえたなら此方としても助かるよ。その方が自分達も動きやすいからね」

(是も非もなく息子(ハーリッド)の命令を聞けと言われそうだからカマをかけたつもりだったけど、本当に今日のトーラスはいつもと違う)


「うむ。黒き鳥ノ王との戦闘における皆の立ち位置を知らぬ以上、ワシが口を出すつもりはないが、そちらはヤハス殿かメルが指揮をするのが良かろう」


「了解。なら此方はメル様を頭に据えて、自分は後方から全体を見るとするよ」

(ルベルア(マオーサマ)の影響なのか、確かにメル様やリエルは良くも悪くも突き抜けた純粋さを持っているけど、ねじ曲がった性格のトーラスがここまで感化されるなんて。

 自分は初めて出会ったのが戦場だったとはいえ、ここまでメル様達を信じる事は出来なかったのに……)


「其方らならば、必ずや幻魔族を討てると信じておるぞ。時間を取らせてしまったが、そろそろ討伐隊が北門に集合し始めている頃だろう。其方らも向かってくれ」


「君も立場的に何かと大変だと思うけど、これが終わったら二人で食事にでも行こうか。これからの(・・・・・)君とは仲良くなれそうだしね」

(悔しいけど、人を見る目はトーラスの方が上だったのかもしれない。やはり、自分も聖神と呼ばれるにはまだまだ成長しなくちゃいけないな)


「ふふ、はっはっは!それは本音に違いない。ヤハス殿からの誘いとあらば国王としても断るわけにはいかんな。楽しみにしておこう」


「じゃあ、トーラス様、行ってきます!」

(ううう、なんか、凄く罪悪感が……)


「うむ!」


「トーラス様、またね」


「無事に戻ることを祈っている!」


(うおお、その会食には俺も絶対に参加しなくては!)


(メルもリエルも、ヤハス様まで、なんでこんなに国王と親しげなの?全然意味分かんない)


(この謁見でユクス様を討伐した分の後払い金貨が貰えると思ってたのに、期待はずれも(はなは)だしいニャ!)


 若干温度差のある三人のローグはさておき、こうしてメルの初めての謁見は意外な成果を上げ、終了した。

 といっても、厳密に言えば天使王・ミハエル・カーライルとの謁見には臨んだ事がある為、【人族との初めての謁見】と言った方が正しいのだが。


 謁見の間を後にしたメル達は、兵士に預けてあった装備を受け取ると、そのままの足でベクール王都・北門を目指した。


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