#108 幻魔族。(1)
アーマス、レイア、ミナ、ヤハス、メル、五人は思った。“これは終わった!”と。
そして、脳からの命令を待つことなく、体は自然に【眼を擦って】いた。
レコード・ルーラーの声、発動!
◇◆◇フスカ村跡地◇◆◇
「(――!ルベルア様、レコード・ルーラーが伝信を始めるようでありんす)」
おっ、きたか。意外と言えば失礼かもしれないけど、メル達も本当に順調だったようで何よりだ。リエルの手足を縛って猿ぐつわを噛ませてから謁見に臨んだのかな。
「なんという事に……!」
「あらゆる魔力?人の命すら魔力に変えることが出来るというのか!?」
んん?俺って生き物まで魔力に変えれるの?そういやスライムもゴブリンもハイオークも、普通に吸収出来たもんな。
突如として騒ぎ始めた騎士達。相変わらず俺には何も聞こえないのだが、今まさにレコード・ルーラーがベクール周辺に絞って声を届けているのだろう。
「(伝信は終わりのようでありんす。今から妾がそのままの言葉をお伝するのでお聞きくんなんし)」
宜しく!
「(“人界・東の地、王都ベクールに住まう者達に限定して告ぐ。かの悪魔王と同種、あらゆる魔力を自身の魔力として取り込む事を可能とする幻魔族の再来が確認された。対処を為違えた時、消失はフスカ村だけに止まる事は無いだろう”と。今頃ベクールはパニックとなっている事でありんしょう)」
なるほど。ベクールがどんな国なのかは正直よく分からんけど、今頃は貴族達がてんやわんやで走り回ってるパターンかな?作戦が無事成功すれば、メルは俺を命懸けで封印した英雄になる訳だ。
なら、俺はこのまま悪魔ロールプレイをしながら、騎士達が通ってきた道を辿ってベクールを目指せば良い、と。
とりあえず、俺もレコード・ルーラーの声が聞こえていたていで話を進めるか。
『レコード・ルーラーか、無駄な事をするものだ。聞こえたろう?貴様らと遊んでやる時間は無くなった。ベクールが東の大国などと呼ばれていようとも、所詮はたかだか一つの国。下手に王国民を逃がされたのなら腹の足しにもならんからな』
馬より多少早く進んでも、メル達の移動速度なら俺がベクールに到達する前に出会えるだろう。
「ま、待て!我らを素通り出来ると思うなよ!」
「そうだ!我らが時間稼ぎすら出来ないと思っているのなら、その考えを改めさせてやる!」
巨大化させた体を維持したまま、ふわりと浮かんで動き始めると、それを見た騎士達が慌てて目の前に立ち塞がる。台詞こそ立派だが、焦りの色を隠しきれてはいない。
立ち塞がられても困るんですけど。
『貴様らこそ、それを本気で言っているのならゴブリン以下の知能だな。邪魔だ、退け』
「うわあっ!」
「なんだこれは!気を付けろ!!」
決死の覚悟で俺の進行を防ごうとする騎士達を、帯状に伸ばした影で払い除ける。傷つけないように、優しく、ヒヨコの赤ちゃんをそっと移動させるように。
よし、誰も怪我してないな。お馬さんも無事な様で何よりだ。
ん?ヒヨコの赤ちゃん?ヒヨコってそもそも鶏の雛じゃ……まぁ、気にしない、気にしない。
「くそっ!驚かせやがって!」
「この悪魔、見かけ倒しだぞ!これなら綿菓子で殴られた方がよっぽど痛いんじゃないのか!?」
「ああ!悪魔王と同じ種族だかなんだか知らないが、大したことないぞ!」
ムカッ!こっちはこんなに気を使ってやってるのに、全く、好き放題言いやがる!
「(なんと安い挑発。ルベルア様、気にしてはなりんせん)」
「おい!魔力の使い方も分かっていない半熟悪魔が何処へ行く?」
「ベクールに行って見世物屋でも始めるつもりか?ハッハッハ!」
分かってるさ。分かってるけど、腹立つぅ~!
「(ただ、少しばかり調子に乗りすぎた様でありんすね。この者達は運が無かったという事にして、草木の魔素に変えてしまう、というのも良いかもしれんせん。ああ、一人はルベルア様の素晴らしさを語らせる為に残しておかなくては)」
調査隊、今からでも運に極振りした方が良いと思うよ。腹のなかに小鳥を抱えている俺の為にもな!
『貴様らが絶望する顔は食後のデザート代わりにしてやろう。防壁陣!』
俺が作り出した魔方陣はドーム状の強固な壁となって騎士達を包み込む。中は叫び声やら金属音やらで賑やかな事になっているが、この騎士達の力ではウォードを自力で破壊するのは厳しい筈。
騎士達とは戦闘しないと決めている以上、ここでのやり取りが長引くほど不自然が生まれる。そうなれば、いくら頭脳明晰な俺と言えど、何かしらのボロを出すかもしれない。
ってことで、ウォードの効果が切れる前にさっさと行ってしまおう!この際、ある程度の距離まで上空を飛んで行った方がのんびり出来そうだしな。
魔方陣に包まれた騎士達からは飛び立つ俺の姿を見ることは出来ないが、ウォードの効果が切れた後、悪魔が忽然と姿を消した事に気付いた時の焦る様子は想像するまでもない。
ベクールの王様ってのが実際どんな奴なのかは分からんけど、俺を逃がした事で厳しく罰せられたりするのかな?
でも安心しろ、お前らが次にベクールに帰る頃には既にベクール王はメルの傀儡だ!(多分ね)
『ところで、メル達は今どんな感じ?』
「まだ王城にて出発待機をしておりんす。人族の騎士達が少し準備に手間取っている様ですが、もうじき整うでありんしょう」
『なるほど』
メルが俺を封印した、という事にする為には目撃者も必要になるが、悪魔の元にベクールからの騎士が到着するには時間が掛かるだろう。
◇◆◇
「ルベルア様、もう一つの村を越えた先にメルとの疑似戦闘に適した広い平原がありんすので、そこで待ち構えるのが良いかと」
フスカを離れ、小さな村を二つ越えた先でユクスが言った。
確か、千里眼の使用には特定の条件があり、ユクスが一度見たことのある人物を基点とした場所しか見る事が出来ない筈だが、単純にこの世界の地理に詳しいという事か。
『じゃあ、そこらで降りる事にするよ』
メルは結構なスピードで近付いてきている。
出発したのは確実だけど、作戦が終わるまでは他人の前で翼君を見せないようにすると言っていた気がするから、いまのスピード以上を出せない状況なのだろう。
つまり、出会えるのはもう少し先になるかな。
うっかり予定を忘れて翼君で飛んで来てくれても良いんだけど、頭脳明晰な俺より頭の良いメルはもはや頭脳神なので、それは無い。
過去を振り返ってみればそれがよく分かる。
例えば、まだ俺とそれほど上手く魔力を通わせられなかった頃から影での移動を試みたり(民家が三棟くらい壊れたけど)、
村長のジジイの剣技をすぐに会得したり(髭おじちゃんの腕がちょっとグロくなったけど)、
初めて見るドラゴンにも臆する事なく跨がったり(トカゲみたいなドラゴンだったけど)、
思い返せばキリがないが、俺の妹は天才だ!やはりメルが作戦をうっかり忘れるなんて事は無いだろう。
となると、速さ的に今のメルの移動手段はおそらくリエルドラゴン。メル単独での飛行に比べると、かなりスピードは劣るけれど、それでも馬よりはずっと速い。
リエルは兵士を乗せられるほど大きなドラゴンにはなれないから、合流してからも暫くは待ち時間になるかな?
もしそうなら、いきなり疑似戦闘を始めるのは止めて、謁見を頑張ったメルをたっぷり誉めてやるとするか!
「そろそろ言っていた平原の辺りでござりんす」
『降りてみるよ』
高度を下げていくと、確かに一面だだっ広い平原になっていた。
けど、けどね?
『なんか、思ってたより人の数が多くないか?メル達、じゃあないよな』
「あれは、ベクールを中心として活動しているローグでありんしょうか。レコード・ルーラーの声を聞いて、近くにいた者達が集結したのかもしれんせん」
『マジか。もう姿を見られたよな?』
「はい」
『しゃーない、のんびりしようかと思ってたけど、メル達が来るまで相手をしてやるか。ユクス、この辺りの自然は傷つけてもすぐに復活するんだよな?』
「はい、魔力が満ちた土地ですので。聖神が来るので、ローグ達も動けぬくらいまで怪我をさせても問題無いでありんしょう」
『うーん。手荒な事をするのは気が乗らないけど、メル達が来るまで放っておく訳にもいかないし、俺が安全な悪魔だと思われるのもマズイのか』
「ルベルア様は誠に優しい御仁でありんすね」
『まぁな。そんじゃ、あいつらに思い知らせてやるか。魔王と同族の俺に喧嘩を売ったらどうなるかをな!クハ!クハハハハッ!一匹残らず、無事には帰さんぞ!』
(ルベルア様!?矛盾にも程がありんす!!けど、どちらが本当の貴方様でも妾の愛は変わりんせん!!)