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花の雫  作者: 深澤雅海
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余談


 肌寒い廊下を速足で歩く。窓の外には降り積もった雪が太陽の光を反射していた。何もないただの庭なのに、雪があるだけで芸術性を感じるのが面白い。

 店主をたたき起こしたらゆっくり観賞しよう。

 

 ここはなんでも売っている雑貨屋だ。正確に言うと雑貨屋の敷地内だ。

 通りに面した部分に店があり、そこから奥に続く渡り廊下で店主の住まいに行くことができる。

 ここでは店主の他に俺と数人の従業員が寝起きしていた。今はもう店主以外は起きて店で働いていた。


「店主! いつまで寝ているんですか! コーディーが涙目ですよ!」

 スパーンと大きな音を立ててドアをスライドする。鍵が閉まっていたら壊そうと思っていたが、その心配はいらなかった。

 締め切った部屋の中で店主は布団の中でもぞもぞと動いたが出てくる気配はない。


「こういう寒い日は古傷が痛むんだ」

「昨日より暖かいですよ」

「気のせいだよ」

「気のせいじゃないです。温度計も昨日より3度高いです」

「3度じゃそんなに変わらないよ」

「変わります。変わってないと思うことこそ気のせいですよ」


 簡素なベッドだが寒い地方独特の分厚い布団だ。こんもりと盛り上がった物体がもぞもぞと動く様子は少し滑稽である。


「それに昨日は楽しそうに反物を整理してたじゃないですか」

 店で扱うものは多岐にわたる。東西南北様々な地方から色々な商品を仕入れたり、時には旅人に持ち物を売ってもらい、それを店に並べたりしている。食器や置物、古着や反物なんでもござれで店も結構広い。

 そして、異様に繁盛している。

「あれはもう昼近くて暖かかったし」

「もう同じような時間ですよ。南からの荷物だといって旅人が店に来ているんです。本人は約束していたと言っていますが、店主から聞いていないってコーディーが泣いてます」

「南から!? それこそ反物だよ!」


 勢いよく布団が跳ね除けられ店主が姿を現した。


「おはようございます店主」

「おはよう」

 にっこりと笑顔だが、もう昼近いのである。


 店主は布団にくるまっていたのが嘘のようにいそいそと着替え始めた。

 やや足を引きずっている。古傷が痛むというのも嘘ではないのだろう。


「あなたは本当に反物が好きですね。ここに来て初めて知りましたが」

「ここに来るまで関わったことがなかったからね。各地方で模様や製法が違うのも楽しいけれど、なにより素が糸だっていうのが面白いと思わないかい? 感動に値する」

 

 皺のないシャツに仕立てのいいスラックスを履けば、あっという間に美形店主の出来上がりだ。多少の寝ぐせがむしろ様になっているのが少しイラっとする。指が満足に動かせないとは思えない最速の着替えだった。


 店の方からコーディーの叫び声が聞こえた。限界らしい。


「起こしてくれてありがとう。行くよ」


 店主は笑顔でそう言うと部屋を出て行った。


 俺は跳ね除けたせいで芸術的な形になっている布団を整える。

 もう彼の身の回りの世話をやくのは仕事ではないのだが、なんとなくほっとけず世話を焼いてしまう。

 従業員も俺と店主は兄弟みたいなものだと思っている節がある。

 嫌ではないが良くもない。


 布団を直し洗濯物の入ったカゴを持ち廊下に出ると、裏口の扉をノックする音が聞こえた。

 店に用事があるものは店の方に行く。個人的な用事のある者だろう。裏口に向かい扉を開けた。


「お久しぶり。俺のご主人から君のご主人へお手紙だ」

 そう言った彼の後ろには草を食む馬がいた。すでにのんびりとしているところを見ると、こちらが取り込んでいるのを察して待っていたらしい。緊急ではない手紙の様だ。受け取って懐にしまう。


「最近の騎士は郵便の仕事もするのか」

「郵便はついでだよ。ああそうだ、ひとつあげよう」

 そう言って持っていた箱を下に置いて蓋を開けた。

 箱は頑丈な作りで密閉するようにしっかりと閉まる蓋をしていたが、よく見ると小さな穴がいくつも開いている。空気穴だろう。

 中には氷が敷き詰められ、この地方ではなかなかお目にかかれない花が綺麗な花束となりいくつか入っていた。普通ならこの地方に着く前に枯れてしまう花も生き生きとしている。

 そのうちのひとつを渡される。


「向日葵は人気だったって聞いたよ。スイユ嬢にもぜひ」

「命日はだいぶ前だ」

「惚れた女に花を贈るのに理由がいるのか?」


 じゃあな、と箱を小脇に抱え友人は墓地への道へ足を向けた。

 太陽の光を反射して、赤毛に混ざる金髪が光る。


 俺は持っていたカゴを室内にしまい、友人の後を追った。

「なあ、その花束、全部捧げる気か?」


 向日葵の花束を持って笑う彼女の声が聞こえそうな気がした。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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