馬鹿の所業
「き、君。私にも見せてもらえないだろうか?」
壁役となっていた『赤星』の男達がうっとりと酒瓶を抱きしめている隙を付いたのだろう、周囲でソワソワと様子を窺っていた商人の一人が、どことなく強張った表情で近づいてきた。
「誰ですか?」
名乗らない人とは話しちゃ駄目って言われているの。
無邪気な笑顔で、メルリーウェはその商人を切り捨てる。
その間にも、トールが商人達を煽り立てるかのように、テーブルの上に色々なものを取り出していく。
イストや『迷宮の大精霊』、ギルドの女性職員達に聞いた女性が欲しがるだろう物を数点、酒のつまみにとトール達の世界ではコンビニでも購入出来る珍味など数点。
普段、あまり高貴な身の上というものを意識したことの無い、メルリーウェ。その力故に隔離されていたとはいえ、生まれは王族、教育も最低限ながら王族のそれに基づいたものだった。さらに、兄ラストルを僕とした後には、完璧な教育を受けていた兄による教えも受けていた。
そんなメルリーウェが求める礼儀作法は、それなりに厳しい。
相手が商人であろうと、いや貴族を相手にする可能性もある商人だからこそ、ますます厳しい裁定を下しているところもあった。
それらは全て、無意識でのこと。
舐められてはいけない、という家族達の指摘が刻み込まれた上のメルリーウェの判定は、厳しく加減の無いものとなった。
商人が話しかける。メルリーウェが切り捨てる。トールが煽る。
その流れは、あと数回続くこととなった。
消えた!?
驚きの声が広間を占めた。
事の真相を知らない者たちから見れば、召喚された少年に襟元を掴まれていた一人とその連れである二人、三人の召喚された者たちの姿が忽然と消えたことになる。
魔術師達からすれば、魔術陣も魔力の流れも、詠唱も、何もなく姿を消す。そんな彼らにとっては有り得ないことに驚いた。
その他は、せっかく召喚したというのに消えてしまったということに驚き、不満の声さえも上がっている。
「バルト君。お願い出来ますか?」
フェウルが小さな声で頼んだ。
何がしたいのか、すぐに察しがついたバルトは懐に手を入れた。
そこには、友人達と共に街を出る際にトールから受け取った護身用の武器が一つ、隠されている。
この世界には絶対に無いもの。
それは、大精霊達に確認を取ってあった。
トール達の世界の常識の通じない異世界で、どれだけ威力を見せる事が出来るかは分からない。そう言われながら渡されたそれは、何度か使う機会があり、致命傷とまではいかないものの何度かバルトの窮地を助ける一手となってくれた。
それは、黒光りする鉄で出来た『銃』という道具。
誰もいないことを確認し、銃口を自身の横へと向けて、トールに教わった通りの動作で準備を整えた後、フェウルに耳を塞ぐよう注意し、指を折り曲げる。
バンッ
耳を痛めてしまう程の大きな音は、何度も使い聞き慣れてしまっているバルト以外の人間達が驚いて、一切の動きを止めるものだった。
声も、動きも全てが止まり、そして王や勇者達に集まっていた注目は音を発したバルトへと向かう。
それが、フェウルが望んだものだった。
これでもかと大きく見開かれ、何事かという意思を含んで集まってくる全ての目。
それらをバルトの前に進み出て受け止めたフェウルが、まるで子を慈しむ母のような、柔らかく優しさに溢れた笑みを見せた。
《御気になさらずに。さぁ、英雄様達への歓迎をお続け下さい。》
フェウルは全ての力を喉へと送り、《神の御声》を放つ。
久しぶりに全力を使いますね、と暢気に笑いながら、フェウルは広間に集まった全員へ命じる。
自分達のことは気にするな。
消えた者達のことなど忘れ、今いる英雄達のことだけを考えろ。
その効果は、すぐに現れる。
「そうだ。まったく、興奮したからといって、祝いの空気に水を差すとは。」
さぁ、歓迎に戻ろう!
フェウルの《声》に導かれた王が宣言する。
それによって、貴族達の視線は陣の中に留まっている三人の少年少女達へと戻り、大げさなまでの歓声を口々から放った。
バルトが、グルリとその様子を見回し、誰一人としてバルトやフェウルに視線を残してなどいないことを確認する。
フェウルの《声》が全員にきちんと行き届き、そして効果を発揮したことが、誰一人として、魔術師達でさえも勇者達に視線を戻している事で確認出来た。
「さっすがぁ」
「ふふふ。ありがとうございます。」
小さく、口笛を鳴らす振りをしながらバルトが褒め称え、フェウルが照れ笑いでそれに答える。
仕出かしたことを考えれば、そんな二人の反応は軽すぎると思われるのだが、そんな指摘をするものは誰もいない。むしろ、二人に目を向けるようなものが誰もいない。そこにも、フェウルの《声》の効果が現れていた。
「それにしても、トール君大分怒っていましたね。」
ヤマウラケンジと名乗った少年に掴みかかられた状態のトールは、日頃の彼をしる家族からすれば驚く程の冷たい雰囲気を放っていた。
召喚を行なったものに対するだけでなく、召喚した者を安易に信用するなどという頭の軽い三人の同郷の者達にも、イラついている様子だった。
「俺達が呼ばれたのって、あれですよね?」
「えぇ、予想通りでしょう。私達の扱っているモノを、英雄様の為に差し出せっということでしょう。」
取り出すモノ、取り出すモノ、今まで見たことも無いものばかり。
そんな噂と、貴族が手に入れたものを確認したのだろう。それらの恩恵を、召喚した英雄に持たせ箔をつけようとでも思ったのだと思われる。しかも、無償で行なえと要求するだろうと考えられる。
「商人がそんな事を承諾すると、本当に思ってるんですかね?」
どう考えようと、商人が一番嫌がる行為だ。
「そうですね。それに、うちはそれなりに有名になってきたんですけどね、大精霊も懇意にしている店、と。」
フェウルも苦笑する。
フェウルがあちらこちらで行商したことで名が広まり、その名の広まりと共に、街に訪れて店を利用したことがある冒険者達が自慢げに色々な話をする。
それによって「ギルドの大精霊達がよく出現し、その扱っている商品を褒め称えている」という話が出来上がっていた。
「大精霊に筒抜けの店に、勝手に召喚した英雄様の身の回りの世話をさせようって…。」
馬鹿ですか?
なんて、バルトは音にしたりはしなかったが、フェウルは頷き、その笑みを困った子供を見守る親のようなものにした。
「そうだから、召喚なんて真似をしたのでしょうね。本当…」
愚か、馬鹿、続く言葉は色々と想像可能だが、それは全て嘲笑うものでしかないことだけは確定していた。
「まぁ、此処で帰ってもいいのですか…。もう少しお話を聞いて、どうしてもと言われるのなら、しっかりとお買い上げ頂きましょう。」
「トールやセイが、商品を用意してくれますかね?」
店で扱っている商品を作り出すのは、トールとセイ、ラスにメルリーウェの四人。
その内の、多くを占めている二人が嫌悪する状況を帝国が始めてしまった。そうなると、トールとセイの二人は例え買うと言ったとしても用意するとは思えない。
「なら、取引をしないだけです。商品が無いのなら、売り買いは出来ませんからね。」
面白そうな事態ではある。だが、それが"家族"の心情に反することならば深追いはしない。
大事なのは、家族なのだから。




