臨時ボーナス
三人で来たのか?
坊主が店から出てる姿なんて、貴重だな。
この子は?見たことない子ね?
『赤星』『風花』の面々は、三人を快く受け入れ、自分たちの席の丁度真ん中を空け、座らせた。二つのパーティーに挟まれるように座らされた三人は、様々な思惑を持って向けられてくる他の客の視線に煩わされることなく、彼らの質問に答え、勧められるがままに食事をとることが出来た。
「うん。そろそろ、伯父さんの荷物も減った頃だと思ったの。セイちゃんが、可愛い子には旅をさせろって、送り出してくれて。トール君も、そろそろ外に出なさいって。」
「そりゃ、そうだ。」
「坊主が外にいるのなんて、見たことねぇーもん。」
メルリーウェの言ったことは、この店に来るまでにトール自身が考えたものだった。
全くの嘘ではなく、セイや『暴虐の獣』の面々、最近顔馴染みとなった冒険者の客達に実際に言われていることだ。
「クイン君は、セイちゃんが連れてきてくれて新しい従業員。」
メルリーウェに紹介されたクインが、軽く頭を下げた。
「へぇ?」
まじまじと見られるのは、どう取り入ればいいのか、店でどんな役割を果たす従業員なのかを見定めているのだと、クインは理解出来た。
「…フェウルさんに…貴女達が興味を持ってるって…連絡…貰ったんだ…」
それまで目を合わせようとも、声を出そうともしていなかったトールが、机の影に隠れるように膝の上へ置いた袋から、白いボトルを取り出した。
「え~何、これ?」
フェウルに色々と化粧品や美容について聞かれた覚えのある『風花』のメンバー達は、その見たこともない、瓶でもない、木の筒でもないボトルに注目した。
「…日焼けを抑えて…肌を白くするもの…。」
トールの説明に、彼女達は目を輝かせた。
トール以外から聞かされれば、何の冗談と鼻で笑うだろう。詐欺師扱いして、仕置きするくらいはするかもしれない。
でも、イストやセイといった、街の外でも頻繁に活動しているカラミタの女性陣の肌の美しさや白さを思い出せば、そしてカラミタの出す商品の数々の効能を思えば、それが偽物であるなどど考えもつかない。
冒険者などという仕事を生業として、それを誇りに思っていても、女性であることに変わりはない。強さと共に、美しさも手に入るかもしれないのなら、目を輝かせるものだ。
「いや~ん。本当に!?これ、幾ら?買うわ!!!」
「皆でお金出し合って、ね。高価なのは分かってるから。」
化粧品が割高になるのは仕方の無いこと。
日常にどうしても必要なものでもなく、常日頃ふんだんに使うのは汗水流して働かないでもいい貴族くらいだからだ。
フェウルの護衛任務の中で手に入れた数々の物は、感想を聞かせて欲しいという仕事でもあった為、今まで購入したこともある平民向けの比較的安価なものとそう変わらない格安の値段だった。
トールが持ってきたというものは、その効果を考えれば普通の値段など決して手を伸ばせるものではないと思えた。それでも、それなりに実力と評判があって蓄えもある『風花』。それぞれが出し合えば、手に入らないことも無いと考えたのだ。
「…まずは効果を試してから…って…フェウルさんが…」
街に帰るまでの間、試してみて欲しい。
目を合わさないように、机の上に置いたボトルにだけ集中してボソボソと話していたトールは、自分の上に影が掛かるのを感じた。
目を合わしたくないという思いがあるとはいえ、異変があれば確認しなくてはいけない。
それが分かっているから、影が掛かった瞬間にトールは意を決して顔を上げていた。
「ひっ!」
「おい!こら!!」
トールは思わず、隣に座っていたクインの肩を引き、自分の盾にしていた。
『赤星』や『風花』の中でも冷静な女の制止の声も間に合わず、感激のあまりにトールに抱きつこうとしたのは、弓を扱う『風花』の一人、シャラという女性。
前髪で覆われているというのに、前髪越しにも目を合わせることも出来ないトールには、女性に抱きつかれそうになるなんて、苦行、罰でしかない。
トールの代わりに抱きつかれることとなったクインも、従業員として雇われた後の説明で、トールと客の緩衝役を頼むかも知れないと言われていたこともあり、初めは驚いたものの何とか気を保つことが出来た。
そして、そんな事が会った時はトールにこう言ってとセイ達に教えられた言葉を、背後にいるトールに向けて放った。
「トールさん。臨時ボーナスお願いしますね。」
命や大怪我に関わるような時は、逆に覚悟が決まって自分で対処するだろうから。
そんな説明と共に、緩衝役を務めた後に"臨時ボーナス"と言ってそれに対する給金を支払って貰えと言われていた。
「あっ、ご、ゴメンね…」
クインが緩衝役を果たすのは、これが初めてのこと。
カイとアトはそれぞれ一回ずつ、客に絡まれそうになったトールの前に出て緩衝役を務めたことがあったが、その時は小さな袋に入った臨時ボーナスを、呆然とした様子に覗いていた。
次の日、貯金の仕方を教えて欲しいとジェノスに慌てた様子で頼み込んでいた姿からも、それが驚く程の額だと知れた。
元々、給金を渡す為にそれぞれ用の名義で銀行に預ける準備をしていたのだとカードを渡された時、そして渡された月の給金だという額にも驚いたが、ただ一度の盾役でそれだけを払うトールには、恐ろしささえ感じてしまった。
「こ、これ。…ゴメン…本当に、ゴメン…」
興奮を治めたらしいシャラから解放されたクインに、トールが小袋を手渡す。
その顔は、真っ赤に染まっている。
ジャラ
確実に一枚、二枚ではない音、十枚程度でもない袋の膨らみに、受け取ったクインは顔が引き攣った。
この帝都にある銀行に、明日にでも連れていってもらおう。
衆目の面前で中を確かめる気にもなれず、クインは縛られている紐をそのままにしたまま、袋を懐にしっかりと仕舞い込んだ。
「坊主。俺達にはねぇのか?」
女共だけズルイじゃねぇかぁ。
大柄の岩のような男が口先を尖らせての言葉は、あまりにも似合わず、笑いを誘う。
「…これ。」
再び、机の下の膝の上に置いた袋に手を入れ、トールは『赤星』の面々の期待に応えようとした。
ズルゥ
壁となっている男達の体の隙間から、何とか様子を窺っていた衆目からも驚きの声があがる。
どう見ても、トールが持っていたとは思えない長さ、大きさの瓶が机の上に、一本、二本、そして三本。
入り口さえ入ってしまえば、どんな物も入れて置ける無限収納のことを知っていなければ、驚くのも無理はない光景だった。
「お酒、気に入ったって…」
聞いたから。と続けられる筈だったトールの声は、男達の輝く目を目の当たりにして窄んでいった。
店に来る客達にも酒は提供している。
だから、トールやセイの世界の酒が、この世界でも通用するのは知っていた。売ってくれという商人が居たことから、目新しく好まれることも知っている。
だが、厨房の中からそれを聞いているだけのトールは、顔に出して喜ぶ様子を見るのは初めてのことだった。
フェウルは、旅の途中で『風花』の面々に化粧品などの女性が好むものを試しに使わせたのと同じように、『赤星』の面々には、持ってきた食料や酒を試させ、感想を求めていた。
酒にいたっては、小さな瓶に入ったもので様々な種類を試してもらっていた。今回、トールが用意したのは、その中でも彼等が気に入ったというものの大瓶。
フェウルからの連絡で旅の道中の事は知らされていた為、帰ってきたら渡そうと元々用意しておいたものだった。
「あぁ、まじで嬉しいわ。」
シャラのように抱きつくにくるかも。そう思ってトールとクインは身構えたが、男達が抱きつきに行ったのはお酒がたっぷりと入った大瓶だった。




