欲深な侵入者
細い月が空に登ったある日の夜のこと。
極僅かとはいえある人目を避け、暗がりを渡り歩いて数人の人影が、最近何かと話題の店の前に訪れた。
人影は扉に触れ、ガチッと音がして鍵がかかっている事を確認する。
8つある人影の一つが扉の前に進み出て、ゴソゴソと扉を弄る。
カチンと甲高い音が響き、扉を弄っていた人影が背後を振り返り、頷きあう。
扉を押し、物音を一つ、立てないように注意を払って店の中に身体を滑らしていく8つの人影。
ほんの少し差し込んだ月の光が、扉を潜る人影を照らし出す。その姿は頭からブーツに至るまで黒に統一され、その手には鈍い光を放つ剣を携えている。黒の布に覆われた全身の内、唯一覗く目は鋭く細められ、濁った瞳を店の中に向けている。
男達が入っていったのは、真っ暗な店の中。
店が開店している時に見せる、人が途切れることのない喧騒はそこには無い。
男達が頼まれているのは、いつもと同じこと。
店を適度に壊す事。再起不能になる程、破壊する必要はない。いや、してはならない。再び営業が出来るという状態にしなくては、依頼人たちの下に金が集まらなくなってしまう。そうなれば、男達にも分け前は渡っては来ず、次回から依頼されることもなくなる。これだけ悪名を轟かせているにも関わらず、依頼人である商業ギルドに逆らおうという者たちは不思議と絶える事はなく、男達は毎回美味しい思いをさせてもらっている。
今回も、今夜適度に暴れるだけで多額の依頼金が手に入りる。これだけ美味しい仕事は止めることは出来ない。
テーブルやイス、家具などを壊し、壁にも傷をつけ、酒などの飲み物を一部床にぶちまける。
厨房にゴミを撒き散らし、幾つかの備品は盗んでおく。
それが、いつものやり方だ。
だが、今回は依頼人の鬱憤が余程溜まっていたのだろう。いつも以上にやってもいいと許しが出ている。高価なものがホールに飾ってあると噂を聞き、それは好きにしていいのかと確認もしてある。好きにしろという承諾を書面に書かせた。これで、後から分け前を寄越せと言われようが、盗み出し、売り払った大金は男達のものだ。予想するだけでも、見たこともないような大金が懐に入ると男たちはニヤニヤと隠れた口に下品な笑いを浮かべ、心を高揚させていた。
夜に動くことが多い男達は、小金で魔術を売っている魔術師によって、闇夜でも視界が利く術をかけてもらっている。簡単な仕事だからと、最低限の視界にした。大金が手に入るからと言って、余計な金をかけるつもりはない。その術によって、暗闇に包まれている店の中もうっすらとだが内装を確認できた。
テーブルの上に片付けられたイス。
噂に聞く『グランドピアノ』という魔道具。
壁にかけられた剣に服。
聞きつけた噂によれば、階段下のカウンターの中には、ポーションや貴重な薬があるらしい。
調味料や食材も、料理人たちが欲しがっていると噂していたから高く売れるかも知れない。
そんなことを考えながら、男達は店の中に広がっていった。
男達の中の2人は、それぞれ中庭に繋がる裏口の前と、階段の下で人が来ないかを見張る役目を担うことは先に決めてあった。
そして、物色を始めた6人。
内の一人は、カウンターを飛び越えて厨房へと入っていった。
6つの男達が、それぞれに分かれて店の中を物色している。
店の中を適当に壊していくという話だったけど、先に金目のものを確保しておくことを優先したのか。夜盗するような人はそうすると予想していたけど、やっぱりか。
予想通りに動かれて、少し呆れ顔でトールは思った。
階段下のカウンターから顔を少しだけ覗かせて、トールとメルリーウェが店内を見回していた。
裏口の前で見張ろうと、カウンターの前にやってきた男が気づき声を上げようとしたが、見張りとして一人が裏口に張り付くだろうと予想していたトールたちによって、裏口周辺の床には声を出す事も動く事も出来なくなるブロックを敷き詰めてある。目を見開き口を大きく開けたまま、トールたちに驚く男が1人、その姿のまま立ちすくんでいる。仲間たちからは、裏口の前で見張っているだけだと見えるだろう。
階段横のカウンターを飛び越えて厨房に入ってきた男は、トールとメルリーウェ、ラスと一緒に待機していたカミーユによって、厨房の床に着地する前に待ち受けていたカミーユによって首を絞められ、意識を奪われている。軽薄そうな優男という印象だった彼だったが、そこは『暴虐の野獣』の1人。仕事は確実だった。
絞め落とした男を縛り上げ、床に転がしたカミーユは警戒を続けながら、トールに貰った透明で、ガラスではない器に入ったプリンを食べていた。
昼から夜の間に店に出す事が多いプリンは、老若男女問わず人気になっていた。
始めは一つ一つ作っていたトールだった。しかし、あまりの人気と持って帰りたいという要望に、大手メーカー各社のプリンを作り出し、日替わりで色々な味と食感のプリンを味わえるようにした。持ち帰りも、別料金を貰い許可を出した。一応、入れ物の蓋だけは外しておいた。
セイが残していったグランドピアノを始めとした魔道具を愛でる為に日参していたルシアールが話しを聞きつけ、『暴虐の野獣』が協力を申し出てきた。残されているのが戦闘に向かないメンバーだという事を気にしてのことだ。
人がいいなぁと心配したトール達だったが、その申し出を喜んで受け入れた。
別に大丈夫だけどと思ったものの、面倒ごとはさっさと終わらせるに限る。
依頼で離れているイーダや、セイの旅に付き合っているロアス以外のメンバーが、日が暮れる前に店を訪れた。
カミーユ以外のダグラスたちとイスト、ラスは、ホールの中にいた。
かといって、侵入者たちが気づく事はない。
トールが貸し出した姿を消す指輪を身に着け、暗視ゴーグルを顔にかけ、彼等は男達が動くホールの中で身動きせずに待っていた。
最初に予想していた、侵入者たちが手にするだろう高値になりそうな物の前に立ち、侵入者が近づいてきたところで、他の侵入者が見ていないことを確認すると、それぞれの技と方法で侵入者の意識を奪っていく。
カミーユと同じ背後から首に腕を回し絞め落とす方法、薬を使って眠らせる方法。その全ては音を一切立てないように注意を図って行われ、金目のものを探すのに夢中な男達は仲間が1人1人いなくなっていることに気づかない。
馬鹿だね。
適当に持ち出して、破壊を優先するのがプロなのに。
ゴツゴツとした暗視ゴーグルを嵌めてホールを見ながら、トールが小さく呟いた。
それを聞き逃さなかったカミーユが三つ目の種類が違うプリンを口に運びながら笑った。
そういうことが出来ない奴等だから、こんなくだらない仕事を請け負うんだよ。
ホールに背を向けて、壁にかけられた剣を下ろしていた一人の男が残った。
今日、この日の為にラスが素人目にも高価に見えるよう装飾された剣を、昼間に客がいる内に壁に飾っていった。
全部で7本になった剣は、その絢爛豪華な造りが話題を呼び、購入したいという要望を人づてに伝えてきた商人もいた。商業ギルドが怖くて店には来れないまでも、店の情報に耳を澄ませている商人たちが多いようだ。
嫌がらせのように少し強めに固定してあった剣の3本目をようやく床に下ろすことが出来た男が、ふと後ろを振り返った。
「な、なんだ!!?」
同じ格好をしている仲間たちは全員床に倒れている。
これまで声一つ物音一つ漏らさず行動していた男が、声を上げてしまった。
まぁ、もういいかしら?
女の声が聞こえて、店の明りが点された。
瞬きを三回。
眩しさにくらんだ目が馴染んだ男が見たのは、有名な『暴虐の野獣』の面々と、遠目で一回だけ確認した店の店員たちだった。姿を消す指輪を外し、暗視ゴーグルも外していた。
「もう少し、利口にやらないと計画が駄々漏れよ?」
イストが鮮やかに笑った。
男達が今日の夜に店を壊す事は筒抜けだった。
とはいっても、イストが姿を変えて、商業ギルドがいつも頼んでいるという男達の後をつけていたことから判明した事だ。十分な程に警戒していた男達も、まさか複数の姿を使い分けて付け回しているなんて考えもしなかったようで、簡単に情報を得ることが出来た。
「さて、どうしたらいいかしら?」
イストが倒れた男たちや、驚きで竦んでいる男をそれぞれ指差して首を傾げる。
動けないようにして外に放り出す?それとも商業ギルドに放り込んでおく?
イストの問いかけに、ダグラスたちは好きにしろと言い、カウンターから身を乗り出してホールの中を見るトールとメルリーウェ、何時の間にかテーブルから下ろしたイスに腰掛けているラスも、どうでもいいとイストに一任した。
困ったわ?
ねぇ、貴方はどうなりたい?
頬に手を当てて、イストは最後の男に問いかけた。
そんな問いに答えられる訳もなく。
男は逸る心を抑えながら、店の入り口まで一直線に道が開いていることを確認した。
普段の男だったら、それがおかしいことだと気づけたのかも知れない。
だが、危機的状況に陥っている男には、そんな事を考えている余裕は無かった。
「くそっ」
男が走る。
一直線に伸びた逃げ道を走り、男は入り口の扉に手をかけようとした。
それを、手を伸ばせば捕まえることが出来たイストも、魔術を使えるルシアールも、誰も動かずに見送っていた。
そんなことにも気づけなかった男は、ニヤリと笑い扉を開けようと・・・。
バンッ
「たっだいま!何騒いでるの?」
「コレも・・・定番?」
旅装束のセイが勢いよく扉を外から押して開き、夜だというのにテンションの高い大声を上げたて入ってきた。
その扉に勢いよく顔を打ち付けて床に沈む男。
階段横のカウンターに移動したトールが、お笑い系の劇などで良く見た光景に首を傾げ、そして期待していた光景ではないことを不服に思った。
トールは、全員に逃げようとした者がいたら放っておいてと頼んであった。
それも、これも、新しい防犯装置を試したかったからだ。
侵入者は今日来ると聞かされたトールは、入り口の扉につけていたセキュリティーを全て解除した。外で騒がれるより、中に誘い込んで倒した方が静かでいい。近所付き合いは大切に、は日本の田舎育ちの身には骨身に染み付いた言葉だった。
セキュリティを解除したトールは、扉の内側に仕掛けをつけた。
逃げる人がいたら引っかかってくれたら面白いな。それだけの理由だ。
逃げようとした侵入者が扉に触れる。
手が触れた場所から電流が走る。そんなシンプルな仕掛けだった。
アニメで見るビリビリと骨が見えるようなことは期待していないが、痺れた人が本当に煙を身体から昇らせるのかは見てみたかった。それがトールの主張だ。
「何?トール君不機嫌ね。」
「・・・・何でも無いよ・・・。また、使えば・・・いいだけ・・・」
目があったセイが、口を尖らせたトールに尋ねたが、明確な答えは返ってこなかった。
「それで、この人は何なの?」
トールの返事を諦めたセイが、鼻血を流しえ足元に倒れている男を足でツンツンと小突く。ピクリとも動かない男は完全に気を失っていた。
「ただの侵入者よ。それより、セイの方はどうなったの?」
「あっ、そうだった。入ってきて!」
イストに問われ、セイが扉の前から横にどいた。
そして、セイの護衛と案内を務めた巨漢のロアスを一番後ろにして、5人の少年少女たちが店に入ってきた。
「やっぱり、ロアスさんがいるとはいっても警戒されちゃってさ。説明したけど、着いて来てくれなかったわ。この子たちは、それでもいいって言ってくれた子たちね。」
「そう、覚悟がある子は好きだわ。」
イストが、ペコリと頭を下げた少年少女に微笑みかけた。
「セイ。紹介してくれる前に、この人達どうしたらいいと思う?外に捨てる?商業ギルドに放り出す?」
邪魔なものは片付けてから。イストが床に転がる侵入者たちの処分をセイに聞いた。イストとセイは、何処か趣味が似ているから、きっとイストが満足する答えをくれるだろう。
「全裸にして広場にでも転がしておけば?あっ、貼り付けでもいいかも。」
その場合はメルリーウェは外出禁止ね。
「いいわね、それ。」
処分方法は、あっさりと決まった。




