モグラ叩き
「それで、連れてこれたのはこの子たちだけなの?」
イストとセイが気絶している男たちの服を全部剥ぎ取り、トールに出してもらった「人の縛り方」という本を読みながら、様々なやり方で男達の体を赤い縄で縛り上げていく。
手を動かしながら、イストは目を目の前で手伝っているセイと、テーブルを囲んで食事を取っている5人の少年少女たちに目を送った。
「残念なことに、ね?」
溜息をつくような仕草をして、でも満足そうにセイは笑った。
「いやぁね。やっぱり突然現れた私みたいな子供の言う事信用するような子は居なかったわ。どうせ売るんだろとか、魔術を使うって分かったら生贄にするんだろうって。」
「そりゃあ、そうでしょうね。そんな状況に暮らしていて、ほいほい他人を信じるような子供、阿呆でしかないわ。」
イストの視線の先では、『暴虐の野獣』たちと一緒に、トールが用意した食事を慌てて掻き込んでいく子供たち。一番上は14歳の少年。そこから、13・10の少年と12・9の少女。来る前にセイが与えたという綺麗な服を着ていれば普通の子供に見えた。
「この子たちはね、ここにいても先は無いから着いて行くって言ってくれたの。
それくらいの覚悟がある方が信用も出来るかなって思ってね。」
「そうね。覚悟がある子は私も好きよ。きっと、ジェノスやバルトもね。」
「良かったぁ。ジェノス君達が気に入ってくれるなら安心だわ。あの子とあの子、強くなりたいんですって。あの二人に任せた方が正当でしょ?」
セイが指差したのは、13歳と10歳だという少年たち。マナーも何も関係なく、スプーンでピラフを平らげようとしている。
一番年上の少年に肘で突かれ、我に返って皿を置き、イストやホールの中にいたトールたちに頭を下げた。
「カイっす。」
「アト、です。」
13歳、10歳だという、これまでの生活のせいで年の割りに小柄な少年たちが頭を下げ、名前を名乗るとすぐに食事を続けた。
「私でもいいじゃない。」
「駄目、駄目。イスト姉は危険だもん。」
失礼な子。イストが睨みつけるが、セイは何処吹く風。さくさくと男たちに赤い縄を回していく。
「一番上のあの子と、あっちの子は兄妹で、どっかの貴族の妾の子供。鬼婆に捨てられたんだって。だから、店の接客してもらえばいいかなって。」
「それはいいわね。あなたが留守にしている間なんだけど、フェウルが貴族相手の商売を始めてね。今、そっちに行っていて留守なの。美容品とか貴族向けの宝飾品だから、担当させてもいいんじゃない?」
ねぇ、とトール、メルリーウェ、ラスに確認を取るイスト。
ホールのあちらこちらで、勢いのある食事風景を見学していたトールとメルリーウェも、優雅にお茶を飲んでいるラスも、悩むこともなく頷いた。
「クインです。よろしくお願いします。」
「トリアです。」
それなりの教育を受けていたと分かる、ぎこちないながらもマナーを守った食べ方で食事をしていた兄妹が頭を下げる。
これから、どうなるのだろうと不安のある顔をしているが、それでも目には強い意思が宿っていることは分かる。
そして、イストが最後に目を向けたのは、口元を真っ赤にしてナポリタンを頬張っている一番小さい女の子。エニという9歳の子だと、セイが説明した。
「あの子、しゃべれないみたい。ご飯一杯食べれるよって言ったら、最初に着いてくるって私に引っ付いてきたの。」
セイの言葉通り、エニの前には食べ終わった皿が次々と増えていっている。よほどお腹が空いていたのか、食い意地がはっているのか。なにはともあれ、9歳の小さな体に入る量を超えている皿の数に、一緒に食事をとっていたダグラスたちも呆気に取られている。
食事を用意して、彼らのコップにジュースを注いでいたトールは、その食べっぷりに嬉しそうに笑い、どんなのが食べたいのかとメルリーウェに聞かせていた。
「他の子たちもね、考えなおしたら連絡しろって魔道具渡してきたから。何時かは増えるかも知れないけど、しばらくはこの子達で楽器を使ってもらうつもり。」
店をやる日は店の手伝い。それ以外の日はセイが作った楽器の練習をして、時々店で披露する。評判が出たら外でも演奏してもらうし、何処かに呼ばれるかも知れない。その内、大掛かりに演奏する機会が作れれば。
セイはそう計画していた。
「来る途中に説明したから、この子たちも了承してくれてるし。カイとアトの楽器には攻撃魔術とか、戦いに役に立つものを仕込もうと思うけど、何がいいかな?」
「そうね・・・。」
そうは言われても、どういう風に戦いたいかによって違うのに。イストはそう思い、二人にゆっくりと話を聞いた後で考えるわとセイに伝えた。
満足に食事をする機会が少なかったであろう子供の、必死ともいえる食事風景を止める気にはならない。イストも昔、そうやって生きていた時期があるだけに、今の彼らも心境も理解できる。
「さて。これで全員縛り上げれたわね。」
最後の男を縛り終わり、肩を回して体を解しながら立ち上がり、イストは目の前に転がる男を蹴り上げた。
イストの言葉に満足し始め、余裕が出来たのか食事の手を止め顔を向けたダグラスたちに子供たち。そして、イストとセイの周りに転がる光景に、顔を引き攣らせ、メルリーウェと少女二人は顔を赤らめ、目を逸らした。
床に転がって気絶したままになっている、全裸にされた体を複雑な方法で交差する赤い縄で縛り上げられた男たち。
トールが出した本の挿絵には、女が縛られている挿絵があり、そちらは覗き込んだカミーユなどからも好評だったのだが、むさくるしい男たちで縛られている光景は気色悪く、吐き気を覚えた。
「それで、大広場に転がせばいいの?それとも、何処かに貼り付けて置く?」
「・・・あまり過激なことをすれば何を言われるか分からんぞ。衛兵も出てくる。ギルドの前に転がす程度にしておけ。」
目を手で覆っているダグラス。余程、男たちの姿に気持ち悪さを覚えたらしい。
「つまらないわね。」
イストが呟くが、ダグラスには聞こえていたようで睨まれた。
「これからも来るな?どうする?」
それまで一言もしゃべらなかったラスが口を開いた事で、ダグラスたちも驚いた。
ラスが問い掛けたのは、イスト。
他の面々が留守にしている今、戦いにおいて意見が優先されるのはイストだからだ。メルリーウェもトールもセイも知識はあっても経験は無く、ラスは知識も経験もあるものの最後部で指示する立場のそれは使いものにはならない。
「商業ギルドに乗り込むのか?」
ロアスが聞いてきたが、イストは眉間に皺を寄せ、爪を噛んで考え込んだ。
「・・・面白くないのよね。まるで、精霊たちに動かされているみたいじゃない。」
その言葉に、確かにと呟くラスに、理解出来ていないトールたち。話を聞いているダグラスたちも首を傾げている。
「だって、乗り込んでいって商業ギルドを壊すことは出来るだろうけど、後始末が面倒くさいに決まってる。それに、私達がそれをして喜ぶのは商業ギルドを目障りに思っているギルドの精霊姉弟たち。どうして私達が都合良く使われてやらないといけないのよ。」
「それも、そうだね。」
イストの説明に、ポンッと手を打ったトールたち。精霊たちには世話になっているが、そこまでしてやる義理はない。
「じゃあ、自衛権の行使だけにしておこうよ。」
セイが提案したのは、トールとセイの故郷が用いているやり方。
国を守る為だけに軍は出動するのだという。
「来る奴等だけ、撃退すれば正当防衛だから!」
正義は我にあり!って言うんだよ。セイが笑い、トールも頷いている。メルリーウェ、ラスとイストが顔を見回していくが、二人ともそれでいいと頷いていた。
「・・・・・もぐら叩き・・・だね」
「何、それ?」
「何処から出てくるか分からないモグラのぬいぐるみをどれだけ叩けるかっていうゲームだよ。」
トールが呟いたものをセイが説明する。
「商業ギルドが襲撃者を送り込んでくれば叩きのめして、晒し者にすればいい。何回でも、何十回でも。あちらが諦めるまで、それを繰り返すの。」
「それでは、お前等が消耗するだけだろう。」
「そこは別に問題にはならないわね。」
そう、問題じゃない。
防衛の一点ならば、トールが居れば事足りる。
基本、外に出たがらないトールは店に居る。トールならば、防犯設備を取り出し防ぐことも、向かってくる者たちを絶対に殺せる、手榴弾などの簡単な武器も取り出せる。別にトール自身が巻き込まれる武器でも使うことが出来るのだ、時と場合、武器を選ぶ必要もない。
永遠に店にこもり続けることも出来る能力をトールは持っている。
「・・・子供たちはどうするの?」
セイの耳元に口を寄せ、たった一つだけある疑問を問う。
セイの当初の計画として、出掛けて行く前に子供たち用の家を用意していた。そちらにも防衛設備を完備するとして、外を出歩いている時の子供たちに手を出された場合も考えなくてはならない。
「大丈夫。私が得た祝福を使うから。」
イストと同じように、イストの耳元で密やかに返事を返すセイ。
「『友達100人出来るかな』。これを彼等に使えば、彼等の現状も把握しようと思ったら出来るし、彼等を通して魔術を使うことも出来る。それに、一応の護身用の魔道具を渡して置くし。それに、この人数なら二階の物置にしてる部屋二つにいてもらえばいいんじゃない?」
「そう。」
なら、いいわね。
イストはセイの説明に納得し、セイから体を離した。
「モグラ叩きでいきましょうか。クイン、護身用の魔道具を渡すわ。貴方達の身の安全は保障する。安心しなさい。」
イストの言葉に、子供たちの中で一人だけ食事を止めて、周囲の様子を窺っていたクインがホッと肩を落とした。不穏な会話に、子供たちの中で一番の年長でそれなりの教育を受ける機会があったクインは、年下たちを守らなければと体に力を入れていたのだろう。まだ緊張を完全に解いてはいないようだが、嘘偽りが感じられないイストの言葉に少しだけ安堵していた。
「じゃあ、『暴虐の野獣』方。こいつら運ぶの手伝って頂いても?」
「分かった。ギルドの前でいいんだな。」
「まぁ、今回は?」
イストはダグラスたちに頼み、気絶したままの男たちを外に運んでいく。
ダグラスたちは、全裸で縛られる男たちを顔を顰めながら担ぎ上げ、イストの後に続いて運んでいった。
「トール君。二階の物置にしている部屋片付けてきて。クインたちの部屋にするから!」
「・・・分かった。」
セイの指示に従い、トールは二階へと上がっていった。
もしも誰かが忍び込んできた場合、食材や調味料などが何処にも無いと不審がられるのを防ぐ為に物置を作っただけの為、そこまで必要な部屋でもなく、中にしまってあった物もトールにかかれば一瞬で片付けられる。
「今、部屋を作るから今日からそこで休んで。今日一日はゆっくりしてもらって、明日から色々指示するわ。」
セイの言葉に頷くクインたち。
その目は、不安と希望で満ちていた。




