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ちょっとした悪巧み

「まだ挨拶にも来んのか。礼儀を知らん奴等だな」


様々な土地で商いを営む商人たちが集まり協力し合うことを定めた商業ギルドは、元は冒険者ギルドの一角として運営されていた。

しかし、英雄タクマは商人たちが集まり相互補助の組織を作るとは思っていなかったのか、ギルドを運営する大精霊たちには商売に関する理解がなく、彼らの要求や意識を満足に掬いあげることが出来ず、彼らの独立を許したのである。

加盟する商人を集め、小さな国家並みの資金力を得た今では、ギルドの下部組織の枠を超え世界中に影響力を持つに到っている。

商業ギルドには会員と準会員と二つの階級がある。

会員は年金貨10枚払うことで、商品の移動への保険、あらゆる損害における保険、支店設立に対する補助を受けることが出来、商業ギルドの運営に関する発言、理事会・役員の選出権などを得ることが出来る。準会員は商業ギルドに銀10枚から出せれるだけを納めればいいが、運営に関する発言も選出権もなく、受けれる保険も補助も金額に応じてしか受けることが出来ない。

商業ギルドに入っていないと、他の商人との取引がスムーズに進まず、時には店を構える土地を手に入れることもできない為、商人たちは自分たちが出せれるだけの金額を納めている。


「まぁいい。いつものように少し怖がらせてやれば礼儀も覚えるだろう」


『冒険者の街』で商業ギルドの支部を纏めているのは、魔の森で採れる貴重な薬草や鉱石で利益を得てきた商人だった。すでに自分では動かず使用人たちに指示を出すだけの立場になっている男は、丸々と膨らんだ腹を摩り、商業ギルドの職員の報告を聞いていた。

男は、影で行っていた暴利な取引で得たものを理事会に長く名を連ねる者たちに配り、商業ギルドに逆らうものたちに率先して仕置きを加えるという功績をもって役員に名を連ねることが出来たという、なかなかな評判を持っていた。


男が標的として定めているのは、今冒険者たちの話題に乗っているものたちだった。


男の功績の一つ、商業ギルドの存在に疑問を持ち逆らった愚かな宿屋に仕置きを施し、近隣へと商業ギルドの存在を知らしめた。その宿屋があった建物で店を始めようとしているものがいた。

ギルドの鑑定で高額を叩き出したアイテムを売る。

大精霊に気に入られている。

すでに冒険者たちの中では、店が出来たら通わなくてはという空気になっている。

大工により建物の修復も終わったらしい。


なのに。

なのに、だ。


店を開けようとしている者が商業ギルドに挨拶にも、納金にも、訪れない。

金が無いわけではないだろう。

手持ちのアイテムをギルドで換金したという情報は入っている。


商業ギルドの存在を蔑ろにする愚か者ということなのか。

ならば、それは仕置きが必要ということだ。

時折現れるのだ。

だが、そんな愚か者たちも少し、優しく礼儀を教えてやれば商業ギルドの大切さを理解する。ほんの少しだけは、そのまま店を諦め消えていくのだが。

簡単なことだ。

男には、そういうことを得意とする大切な友人がたくさんいるのだから。



「あら、もう少しお待ちになってはいかが?」


いつの間にか、部屋に若い女がいた。

「誰だ、貴様は。」

商業ギルドの関係者が来ている時、帰った後も暫くは誰も近づかないよう店のものたちには命じてある。

報告に来た者も帰っていったばかり。

誰も来るはずがない。


「嫌だわ。お忘れになったの?ご自身がお呼びになったのに」


そんなはずが・・・・






「おお。そうだったな。そういえば、呼んでいた。」

何故、呼んでいないなどと一瞬思っていたのだろうか。

確かに呼んでいた。

そのように手配していたのだ。

「嫌だわ。しっかりなさってよ。」

初めて見る女だ。

しかし、豊満なその体に思わず喉が鳴る。

「少し待っていてくれか?指示を出さねばならんことがあってな」

愚か者への仕置きを手配しなくては。

こういう事は早ければ早いほど効果がある。

商業ギルドの、男の威光が街に行き届いていると知らしめる効果が。

「いいえ。ゆっくりお待ちになればいいのよ。」

女がしな垂れかかってくる。

その細い指先が、一歩一歩、男の山のようになった腹を下から上へと歩いてくる。

「ごめんなさい?

 少しお話が聞こえてしまったの。

 でも、これは良い機会。商業ギルドの寛容さと貴方の偉大さを知らしめてはいかが?」

頭に染み込んでいくような、美しい声だ。

今まで考えていたことを忘れ、女の提案が最良のものに思えていく。

「そうだな。時には寛容さを見せるのも必要か。」

「そうよ。それに、適当に稼がせてからの方が仕置きした後が楽しいわ。

 ね、そうでしょ?」

「あぁ、そうだな」

そうだ。女の言うとおりじゃないか。

もう、男には女の声しか聞こえていなかった。


そうだ。

これだけ話題になっているのだ。

店を開ければ冒険者が押しかける。

その利益を手に出来るかも知れない。

仕置きの代金には丁度いい。


「お前は賢いな。

 礼に、今日の代金は弾もう。

 さぁ、お前の仕事を見せてもらおうか」


男の手が、女の腰へと回る。

女が美しく微笑み、その唇へと男は近づいていく。





「お休みなさい。」




女と唇を交わすまで後少しというところで、女がそう呟いた。


すると、男の目は空ろとなり女の腰から手を離すと、フラフラと己の足で寝台へ倒れていった。

大きく開けられた口からはイビキが響き、深い眠りへと落ちていった。







「お疲れ様。」

「何、簡単なことだよ。

 昔を思い出して、楽しかった。」

イストから『視覚障害の指輪』を受け取る。

女の身体に入ったフェウルは、昔を懐かしみ目を細めた。

「教会ってこんなこともしてたの?

 これだから善人面した奴等って」

裏社会に生まれたイストには、教会のニコニコと笑っている奴等が実は裏で汚いことをしていることを良く分かっていた。

「秘術を覚えた若い者の役目でね。

 男だったなら女の姿になってもおかしくない者が選ばれた。

 人気だったんだよ?こう見えて私は。」

当時は嫌悪を抱いたが、フェウルにとって今では懐かしい思い出だ。あの頃は友と道を分かつことになるなんて考えもしなかった。

「だけど、少し時間を空けさせるだけでいいの?」

「トールはそう言っているね。

 まぁ、上手くやるだろう。あの子は頭が良い子だからね」

「そうね。そちらは任せるわ。何かあれば呼んでくれればいいし。」

「君は外に出ないのかい?

 バルトとジェノスはすでにパーティーを作って簡単な仕事を受けたんだろう?」

ギルドに初めて訪れて数日、あの日の噂が回っている為なのか、ギルドに顔を出し依頼書などを見て回っている三人にパーティーへと誘う冒険者は多い。

まだ初心者だと断っていたようだが、気の合うだろう相手を見つけたバルトとジェノスは近場での採取をメインとした依頼を受け、魔の森へと入っていった。

「私はしばらくはギルドの迷宮をメインで腕を磨くことにしたの。

 あからさまな奴等が多くて、面倒くさいのよ」

「それもいいかも知れないね。

 もしかしたら、『迷宮の大精霊』に会えるんじゃないかい?」

「そしたら、お店の宣伝でもしておくわ。

 『書の大精霊』は毎日来ているみたいじゃない。」

「そのうち、『大精霊ご用達の店』っていう看板が必要になるかもしれないね」

階下からの足音が聞こえ、二人は指輪を装着した。

その姿は消え、部屋の扉が独りでに開き、そして閉まる。そんな光景だけが残った。

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