浜辺の集落
集落の近くの林に潜み、俺達はユートが戻るのを待っていた。
時間にするなら十分程が経ったが、ユートは未だに戻って来ない。
現在の時刻はおそらく一時頃。住民は寝ていると考えられるが、半魔、或いは魔物の集落なら夜行性の者も居るかもしれない。
基本的にはユートは見えないが、万が一にもそれに見つかれば……
戦闘力を持たないユートが、捕まってしまうのはあり得る事だ。
Pさんとレナスを信じるのなら、マジェスティ以外にはユートは殺られない。
という事は命は大丈夫なのだろうが、あいつも一応女の子であり、スケベで有名なオークやゴブリンに捕まって居たらと心配になるのだ。
まぁ、本人には性的な意識――自分が女の子である意識が無いのだが、それでも裸にひん剥かれたりして悪戯をされたら気の毒ではある。
いや、むしろ意識が無いだけに、相手の興奮を加速させるかもしれず、故に俺は「軽率だったかな……」と、偵察に出した事を後悔していた。
「(でもまぁ、普通に考え過ぎか……俺がムッツリすぎるだけだな……)」
多分普通は考えないだろう。捕まったからと言ってひん剥かれる等と。
逆に言えば、俺がその立場なら、薄らとでもそれを考えると言う事で、そこはもう言い訳のしようが無く、ムッツリだと認めざるを得ない所だ。
が、まぁ、戻らないユートに対して、心配だからこそ思う所もある訳で、今更ながらにその存在が大きい物だと俺は気付く。
相棒妖精の寿命は適当で、短いものなら一年も生きられない。
もしもユートがそうだったなら……俺はきっと家族の事のように、悲しみもするし絶望するだろう。
そして、寿命を延ばして欲しいとPさんにお願いをすると思う。
その事で寿命が伸びるのかは知らないが、解決の方法が他に分からない。
ポイントが必要なら全てでも良い。何かをしろと言うならやろう。
ユートの寿命がそんな事で延びるなら――俺は喜んでそれをする。
勿論、それはナエミやダナヒと言う、親しい人達にも言える事だが、ユートとは四六時中一緒に居る為か、居なくなったらと思う寂しさが違う。
現に今も、そうな訳で、俺は真っ直ぐに集落を見ている。
大きな欠伸をするギースに対して、「心配じゃないのか?」と、苛立ちすらも感じる。
まぁ、見えないし、絡んだ事が無いのだから、その無関心さは仕方が無いが、そうは思っても「イラッ」とする程に、俺はユートの心配をしていた。
「ふむ……ちと戻りが遅いな。もしや何かがあったのやもしれん。
どうするかね? と、聞くだけ野暮じゃが」
実際に親交がある為だろう。嬉しい事に師匠の方は、戻らない事に心配してくれていた。
それには軽く微笑んで見せ、その後の選択に少々悩む。考え過ぎと万が一が、殆ど半々だったからだ。
考え過ぎならノコノコ出向けば偵察の意味がなくなるし、万が一なら早く行かなければ、ユートが裸にひん剥かれてしまう。……かもしれない。
「いーんじゃねーの? とりあえず行って見れば?
仕掛けられたらブチのめせば良いし、何か聞かれりゃオレが話すよ。
多分だけどあそこに居るのは、オレと同じ半魔だと思うし」
そう思っていると、頭を掻きつつ、面倒臭そうにギースが言って来た。
少し眠いのかぼやけた顔だが、寝言を言った訳では無いようで、ギースの直感のようなものを信じて、いっそ行くかと俺は思った。
「むっ。どうやら杞憂じゃったようじゃな。無事にお帰りじゃ」
と、そんな時に師匠が言って、視界の先にユートが映る。
そこで俺は安心をして、大きな息を吐き出すのである。
偵察に行ってから二十分近くが経ったか。何にしても遅すぎだ。
「たっだいまー! なんか沢山見て来たんだけどー……
戻って来る間に殆ど忘れちゃった♡」
戻って来ての第一声がそれであったので「アホか……」と返す。
「……でもまぁ、無事で良かったよ」
「ん? そりゃそうでしょ。 キホンテキに誰にも見られないんだしー」
続けてつい、言ってしまうが、軽く流されてしまうのだった。
まぁ、「心配してくれて嬉しいれすうう!」とか、露骨に嬉しがられてもウザったいが、全く反応が無いと言うのも、心配した方としては微妙な所。
それ故にジト目で見ていたのだが、師匠に「どうじゃった?」と質問されて、ユートは俺に気付かずに説明を始めてしまうのである。
「凄いビンボーな村だったよ。お年寄りと子供と女の人しか居ないっぽい。
で、ゼンタイテキにゲッソリしてた。「お腹空いたよーママー……」とか、心に痛いセリフも聞きました……
「良いから寝なさい……」とか返してて、ボクはもうそこには居られませんでした……」
「なんか重いな……」
どちらかと言うと聞きたくなかったが、話された物は仕方ない。
それはそれとして覚えておいて、危なさ等を聞いてみる。
その事に対する回答は、あくまでユートの感覚になるが、「大丈夫じゃない?」と言う短い物だった。
そこには全く保証は無いが、それ以上の事を聞き出せそうにも無く、どちらかと言うとギースの直感――半魔が住んで居る集落と言う物だが――そちらの方を信じる事にして、俺達は集落へと向かう事にした。
林を抜け出して歩く事数分。集落の入口の建物が見える。
建物と言ってもそれは藁ぶきで、小屋と言うにもおこがましい物。
この地方独特の文化なのか、木の土台が敷いてあるが、それでも単純に土台の上に藁ぶき小屋があるだけだった。
そして、それらは村の入口から、浜辺に向けてまばらに建っており、地面に落ちているある物を見て、俺は足を止めるのである。
見た目は黒く、球のように丸い。大きさは直径で二㎝程だろうか。
言うなら黒飴のようにも見えるが、どうにも輝きがそれとは違う。
しかし、無造作に投げ捨てられており、集落のそこら中に転がっていた。
「これって……」
言いながら、師匠に見せる。自分の記憶が間違っていないかを、確認して貰う意味合いもある。
師匠は左目のレンズを下げて、「んん?」と唸ってそれを観察。
「黒真珠じゃな。しかしなぜ、このように無造作に捨てられておるのやら」
それからレンズを上に上げて、記憶が間違っていない事を証明してくれた。
捨てられて居た物は黒真珠で、元居た世界でも、この世界でも、高値で取引されている品だった。
それがなぜ、捨てられているのか。不思議に思う俺達の前に一人の子供が姿を現す。
おそらくトイレで起きたのだろう、眠そうな顔で俺達を見ていたが。
「マーマァァァ! ヘンな人達が居るぅぅぅ!!」
と、大声を上げて直後に逃亡。その声によって周囲の家から目覚めた人達が次々に現れ、俺とユートは彼らに対して、卑屈な苦笑いを見せる事になったのだ。
「なんだよオイ!? ヤンのかコラァ?! ヤンなら容赦しねぇぞコラァ?!」
とは、基本凶暴なギースのセリフで、すぐにもファイティングポーズをとるが、これは師匠が抑えてくれた。
「あの……何なんですか……? この集落に何の用ですか……?」
一人の女性が言って来る。その後ろには子供が居る辺り、その子の母親なのかもしれない。
見た目の年齢は三十代の中盤か。確かに人間と殆ど一緒だが、失礼ながら雰囲気的には、薄が幸そうな女性に見えた。
「夜分遅くに申し訳ないのじゃが、知りたい事が二~三ありましてな。
なに、怪しい者では無いのですよ。友好の証……と言っては何じゃが、息子さんにはこれを差し上げましょう」
女性の質問に師匠が答える。正直、俺には頼もしくて仕方ない。
ダナヒと一緒ならこうは行かなかっただろうから、この人選は大成功だ。
「これ、何?」
「牛乳じゃよ。とてもおいしいし頭も良くなる。恐れず飲んでみるとええ」
買収行為は更に進み、師匠が子供に牛乳を手渡す。
ユートはすでに例のアレ、「毎日一本~」を連呼しており、そんな中で子供――少年は、牛乳の蓋を恐る恐る開けた。
そして一飲みし、「ゴフッ!」と噴き出す。
その後の一言が「酸っぱい!」だった為に、「ヨーグルトになっとったか」と師匠は一声。
「いやいや、そんな腐ってたものを……」
と、危うく俺は言いかけたのだが。
「でもおいしい!」
「えっ!?」
そんな言葉を続けた後に、少年が一気に牛乳を飲んだので、自分達のその後と少年の体調、その両方が不安になって、言葉を失ってしまうのである。
情報は早目に。滞在は短めに。
どこぞのローン会社宛らのフレーズだが、この時の俺はそう思い、苦笑いを浮かべて立ち尽くしていた。
人肌でええ具合に暖まってましたから…




