半魔達の皇都
話を聞いて分かった事は、大まかに分けて四つあった。
一に、集落の名前であるが、「浜辺の集落」で通って居る事。
山の麓なら山麓の集落、川の畔なら川辺の集落と、単純な名前で呼んでいるらしい。
そして二つ目。若者及び、男が集落に居ない事については、皇都――所謂首都のようなものだが――そこからやって来た兵士によって、強引に連れて行かれた結果のようだった。
働き手はおろか、年若い少年まで、有無を言わさず連れて行かれたようで、それを止めようとした集落の長は兵士に斬られてしまったらしい。
斬った兵士は何も言わず、振り向きもせずに去ったらしく、そこには勿論恐怖はあったが、違和感もあったと女性は言った。
そして、事柄は三つ目に繋がるが、彼ら、彼女らは非常に飢えていた。
男、即ち集落の働き手が急に居なくなってしまった事により、収入はおろかその日の食事にすら、事欠くようになったからだ。
残された集落の住民達は、やむを得ず養殖していた貝を食べた。
それが、例の黒真珠を含有した、ヤーゴンシェルと言う名の貝のようだった。
元々彼ら、彼女らは、黒真珠の価値を知らなかった。昔から普通に捨てていたらしいので、ここは価値観の違いと言える。
ともあれ、それらを食べつくしてしまった事で、住民達は非常に飢えていた。
腐りかけていた牛乳ですら、「おいしい」と言った理由はそこにあると思われ、何とかしてあげたいと思った俺は、とある事を思い出すのだ。
そう、俺のセキュアの中には百キロ強のムメがある。思えば無人島でもこれを食べれば良かったのだが、あの時は完全に喪失していた。
だが、ムメの保管状況と言うのか、セキュアの中の状態が分からない。
それこそカビだらけ、虫だらけの食べ物を、笑顔で「どうぞ♡」と言ってしまうかもしれず、確認の為に場を一時離れて、木箱を召喚して中身を見てみた。
暖かくは無く、冷たくも無いが、しかし品質は保たれている。
一体どういう原理なのかは不明だが、セキュアの中ではもしかすると、有機物は傷まないように出来ているのかもしれない。
例えば人を送ったとしたら……飲まず食わずでも生きて行けるのか。
いや、そもそも酸素はあるのか……? 宇宙のような空間だったら、送った瞬間にお陀仏である。
だからと言って「やってみるか!」と、軽く試せる事柄でも無く、馬鹿な実験はしない事にして、木箱を抱えて戻るのである。
中身は十キロ。二人だけならしばらくは食べて行ける量ではあるが、集落全部の事を考えて、五箱ばかりを女性に渡す。
そして、それの交換条件として、四つ目の情報、男達が連れ去られたと言う、皇都の場所を教えて貰うのだ。
女性は少し戸惑っていたが、結果としては教えてくれた。
ついでに聞いた「卵のようなモノ」については、彼女は何も知らないようで、朝になったら集落の者達に聞いてみてくれると言ったのである。
断る理由は何も無いので、俺達は素直にそれを頼み、空けてもらった藁ぶき小屋に行き、朝までの短い時間を過ごした。
そして朝。おそらく十時頃。
「救いの主様おはようございます」
と言う、若い女性の声で起こされ、小屋の入口で土下座をしていた女の子達に気付いて大いに引くのだ。
「おはようございます救いの主様!」
「救いの主様! 今日も良い天気ですよ!」
「救いの主様! ケッコンして下さい!」
正直、悪い気分では無いが、ここまでやられると戸惑ってしまう。
「まさに現地神。ワシは今、ムメ神様の誕生を見ておる」
「やめて下さいよ……」
師匠のそれにはすぐに突っ込み、若い女の子達にも同様の事を言う。
「キャー♡」
すると、女の子達はなぜか喜び、笑い合ってその場から走り去って行った。
例えるなら「憧れの先輩に軽ーく怒られちゃったー♡」的に。
「憧れのムメ神先輩にかるーく怒られちゃったー! 的な?」
「ムメ神先輩って一体誰だよ……いや、なんとなく居そうだけどさ」
とりあえず、ユートにそう言ってから、憮然としているギースに気付く。
寝起きだからか、髪はぐしゃぐしゃだが、寝ぼけていると言う表情では無い。
「どうした? 何か引っかかる所でも?」
故に聞くと、「いや」と一言。
「ニースが見てたら竜変化だなーと思って。一つ言っとくとあいつ割と、一途っていうか根が深いから」
その後に続けた言葉には、むしろ俺が「いや……」と言い。
「そんなんじゃないから、よろしく伝えてよ……」
考えた末に、取り留めのないそんな言葉を発す俺であった。
「卵のようなモノ」についての情報は、浜辺の集落では得られなかった。
それとは全く――とは言い切れないが、関係無いと思われる情報を一つ得る事が出来たが、それ以上の事は得られなかったので、俺達は朝の内に集落を後にした。
ちなみにその情報なのだが、「結婚もしていない皇帝に、なぜか赤子が出来た」と言うもの。
ハッキリ言って「ヘェ……」としか言えないし、ギースでは無いが「だから?」とすら言いかけた。
皇帝に限らず、婚前交渉……つまり、アレは俺達の世界では割と当たり前の事であり、その結果としての妊娠や出産も日常茶飯事と言って良い。
だが、こちらではそうでは無いのか、それともこの地では異端な事なのか。
情報と言うにはあまりに俗で、役立ちそうにない物であり、俺達は自然、その話を忘れて、集落から南に向かって歩いた。
そして、その日の夕方頃に、彼女達の言う皇都に到着。
一言で言うなら「大きな違和感」が、俺達の事を出迎える。
目の前には門と、櫓があるのだが、人の姿が一切見られず、本来締まっているはずの門が、大きくこちらに開け放たれている。
その向こうに見えている市街に於いても、歩いている者は一人も見えず、夕焼けに赤茶けるそれらの風景に、ちょっとした恐怖感を覚えるのである。
「出撃した後、そのまま、と言う感じじゃな……これだけの街に生活感が無いとは」
師匠が言うが、まさにそれだ。足跡や轍を見るのであれば、人の往来があった事は確かだが、最近、ここ二~三日の間に、それが出来たと言う形跡はない。
つまり、先の戦闘に出撃した後には往来が無く、全兵士、及び全住民を先の戦闘に動員したとするなら、この違和感にも説得力と納得が生まれると言う事である。
「いくらなんでもそりゃあ無いだろ。兵士が居なくても住民が居るじゃん?
兵士が皆居なくなったからって、住民が首都を捨ててどこかに行くかな?」
これはギースで、師匠の言葉を五十%程は理解をしている。
だが、まさか住民までが動員されたとは思っておらず、一般的常識を持ち出して、俺達の推測を否定しようとした。
まぁ、俺も、おそらく師匠も、そんな事があったとは思いたくは無く、ギースの意見を否定しないままで、理由を探って歩き出した。
門を潜り、市街に入るも、人の姿は一切見られない。
市場らしき所を通り過ぎたが、商品は無造作に並べられたままである。
「半魔はアレなの? 腐っている物に強いの? そういえばあの子もオナカ壊さなかったし」
商品を目にしたユートが言った。場所は俺の右肩で、見ている物は腐った肉だ。
蠅がたかり、臭いも凄まじい。顔を顰めて「どうなんだろうな……」と言うと、今度はギースが「何が?」と聞いて来た。
「あー。もう半分の種族によるな。オレの場合は竜だから、割とそういうのは大丈夫な感じだけど」
簡略化して言葉を伝えると、そんな事をギースは言った。
「え?! じゃああんなのもイケちゃうの!? ギースだけじゃなくてニースちゃんも!?」
ユートの驚きで想像をする。宛らハイエナのような姿で、肉をむさぼる二人の姿を。
近寄ると「ウゥゥゥ!」と唸りを上げて、俺を威嚇する二人の姿を。
「あ、いや、あんなのは無理だぜ? 食べれる食べれないは兎も角として、普通にまず食べたくねーし」
が、ギースが気付いてそう言ったので、想像の二人は「ボン!」と消滅。
「ですよねー……」と、引きつった笑いで答えて、市場の中を更に進む。
そして、水の無い堀が見え、門に渡された橋が見えてきた頃、突如として聞こえて来た甲高い物音に、俺達は両耳を押さえるのである。
例えるなら耳にアイスピックを突っ込まれ、そのまま脳を掻き回される感じか。
我慢をしようとしても呻き声が出てしまう程の、強烈な痛みを伴う高音だ。
やがては全員がその場に膝を着き、俺は横倒れに地面に転がった。
「……! ……!」
なぜかユートは無事なようだが、高音の為に声は聞こえない。
このままで居ると頭が狂う。どうにかしないと本当にマズイ。
……そう思った直後に音は止み、辺りに静けさが戻って来た。
なんだったんだ。言葉にしないが、息を荒くして立ち上がる。
「……大丈夫ですか?」
それから師匠とギースに聞くと、師匠の方は「うむ」と頷いた。
だが、ギースは俯いたままで、口を半開きにして佇んでおり、そこに不安を覚えた俺は、右足を一歩前へと踏み出した。
「がっ……!?」
直後の衝撃は俺の腹から。視界がぶれて、白に染まってゆく。
「ギース君! 何をしとるんじゃ!?」
師匠の声で何かが動く。それはギースの右腕だった。
俺の腹から離れたそれは、今度は背後の師匠の元へ。
何がどうなった……
そう思いながら、俺は白濁して行く世界に沈んだ。
早い物でもう十月です。季節の変わり目で気温が微妙です。
皆様も体調にはお気を付けて…(作者はすでに風邪を引きました)




