束の間の共同生活
島での生活は色々あったが、結論から言うなら俺達は助かった。
生活を始めて四日目の夜に、島の沖合に定期船が通りかかり、夜空に向かって炎を撃って、自分達の存在を報せたのである。
そこに至るまでの経緯は長く、詳細を話せばキリが無い。
なので、俺なりに短くまとめて、省略した形で伝えようと思う。
まず、レナスの相棒妖精だが、彼は本当に消えてしまったようだった。
消えた、と言うよりは死んだのだろうが、レナスはあまり気にしておらず、むしろ、俺が気にしている事に気付き、妖精の仕組みを話してくれた。
それによると相棒妖精は、俺達が居なければ生まれてすら来ないらしく、その時の神の気分によって、適当に創られる存在らしい。
故に、性格や姿は適当。寿命ですらも適当のようで、中には一年も経たない内に寿命で死んでしまう妖精も居ると言う。
おそらくそこには俺達――
つまり、マジェスティが長生きしないからと言う、根本的な理由があるのだと思うが、それでも彼らの存在に対して、酷すぎないかと俺は思う。
ただでさえ相棒妖精は、俺達マジェスティが死んだ時にも死ぬ。
その上で寿命が適当とくれば……俺だったら知った時に絶望するだろう。
どこに行って、何をするのか分からないマジェスティになんかついていかないし、自分がいつ死ぬか分からないなら、好き勝手をして過ごしたいと思うかもしれない。
「(これはユートには話せないな……)」
いくらあいつがノーテンキでも、こんな事を知れば怖くもなるだろう。
それに、もしも引き篭もられて、漫画ばかりを読むようになられても辛い。
言わない事にも辛さはあるが、そうなるよりは余程にマシなので、ユートには決して話さない事を、俺はその時に誓ったのである。
ちなみにだが、妖精の復活を願えば、同じ妖精をくれはするらしい。
しかし、そこまでの記憶を失った、新しい妖精としての扱いになるようで、それならむしろ、姿形が同じじゃない方が良いのではないかと、聞かされた俺は密かに思うのだ。
順番的には確かこの話が、一番最初にされたと思う。
そして、次にされた話が、食べ物についての事だったはずだ。
島を調べて分かった事は、この島には動物すら居ないと言う事で、助けが来る、と信じた上で、それまで一体何を食べて生き延びて行くのかと言う質問だった。
「最悪は迎えが来ない事もあり得る。神も直接の手出しは出来ん。
となると、この島での長期の生活を考えて置いても損は無いだろう。
まずは食糧だが、その次は住居だ。泉はあるが、浴槽が欲しいな……
その他に何か思いつく事があれば、お前も遠慮なく意見を言ってくれ」
傾き始めた太陽を背に、倒木に腰かけたレナスが言って来る。
それはまぁ、当然の心配で、考えて置いて損は無い事だ。
だが、俺には奥の手があった為に、そんな心配は露ほどしておらず、むしろレナスの心配と言うか、生真面目さが不意におかしくなって、「いや」と返して笑ってしまうのだ。
当然ながらレナスは訝しみ、「何がおかしい?」と俺に聞いて来た。
「いや、すみません。何でも無いんです。
でも、すぐに帰れるんで、そんな心配はしなくて良いですよ」
まずはレナスに謝罪する。失礼だったかなと思った為だ。
その後の言葉の理由は奥の手、つまり、移動魔法があるからなのだが、そんな事とは知らないレナスは「すぐに帰れる? 何故だ?」と言って、顔を顰めて疑問した。
色々言うよりは見せた方が早いので、それに答えず距離を取る。
それからライバードの紡いでいた呪文の冒頭を思い出すのだが……
「……」
それが、全く思い出せない俺は、両目を見開いて冷や汗を流すのだ。
確か、「ギルス」とか「マルス」とか言っていた気がするが、ハッキリ言って確信は無い。
そして、ライバードは二回とも「絶対に間違うな」と言っていたはずだ。
間違えればどうなるかは予測できない。だが、念を押して言ったからには、「発動しないネ♡」だけでは済まされない、良くない結果に繋がる気がする。
と言うか、おぼろげすらも、詠唱する呪文が思い出せず、適当の段階にすら到達できない俺はレナスに向かって「あー……」と言い。
「魚……魚を獲りましょう!」
と続けて、瞬きを早められる結果となるのだ。
「いや、お前は先程すぐに帰れると……」
当然の追求だ。俺が悪かった。繋がって居ない事は良く分かる。
だが、だからと言って呪文を忘れたとは、恥ずかしすぎて伝えられず、「そんな気がしたんですがー……」と、曖昧に言う事で、誤魔化す道を選んだのである。
「不安の為に頭がイカれたか……身の安全も考えるべきか……」
そんな事をレナスはボソリ。その後の警戒が増した気がした。
だが、提案自体は拒否はされず、魚を獲る為に浜辺に移動し、俺達は尖った木を銛代わりにして、何匹かの魚を獲る事が出来た。
その際に、レナスはカジキのような魚を捕まえ、それをすぐに冷凍化した。
そして、事ある毎にそれを刃物や、武器として使って俺を怯ませ、挙句の果てには鳥を射落として、「使い方がヘン!」と叫ばせるのだ。
まぁ、そういう事が様々あって、一日目が過ぎて二日目の夜になる。
その時には仮初の小屋が作られ、レナスはそこで寝ていたのだが、俺は一応男なので、遠慮をする形で外に寝ていた。
その時に役に立った……と言うか、思い出したのが、セフィアに貰ったラーク王国のマントで、それにくるまって眠っていると、女性の歌声が聞こえた気がした。
方向的には入り江の方で、小屋の中からは寝息すら聞こえない。
軽くホラーを感じた俺は、レナスを起こそうとしたのであるが。
「ヒッ?!」
カジキを置いて寝て居たレナスに、それ以上のホラーを感じて断念。
「ううん……」
と、無意識に切っ先(?)を向けられて、慌てて小屋から離れるのである。
一人は怖いが仕方が無い、と、覚悟を決めたのはこの時の事で、歌声が聞こえる入り江に行くと、一人の女性が岩場に見えた。
髪の毛は青か、もしくは黒色。はっきりしないのは薄暗い為では無く、何故か視界が歪んで見えるから。
人間じゃないのか……そう思った時には、女性の腰から下に気付くが、その時にはあちらも俺に気付き、何事かを言って海に逃げていた。
後で聞いた話だが、それはセイレーンとかマーメイドとか言われているモノらしく、歌の力で人を魅了して、行動を操るような存在だった。
一体彼女が何を歌っていたのか。それは俺には分からない事だが、直後に俺は何となく……ソワソワと言うか、ムラムラと言うか、所謂劣情を感じてしまい、「やめろ! よせ!」と頭では分かりつつ、フラフラと小屋へと向かい出したのだ。
頭では分かるが足が止まらない。昂る劣情と興奮が収まらず、言う事を聞かない部分が増える。
殺されるぞ! 相手が悪い!
と、死を盾にして言い聞かせるも、「そのスリルが逆に燃えるぜ!」と、第三の足もむしろやる気だ。
その内俺は考える事すら、言い聞かせる事すら出来なくなって行き、小屋の手前で服を脱ぎ、飛びついた所で記憶が途切れた。
「ん……んんっ……? なんだコレ、痛っ……」
気付いた時には朝になっており、まずは俺は痛みを感じる。
それから目の前の小屋の壁を見て、前のめりに倒れて居ると言う現状に気付く。
最後の記憶を辿ってみると、現在が裸な理由も分かる。
もしかして俺は……ヤってしまったのか……? その結果としてこんなとんでもない体勢なのか?
そう思って体を起こそうとすると。
「いってッ……!!?」
腰の下に激痛を覚える。正確にはそれは尻であり、おそるおそる右手を伸ばすと。
「ぎゃああああああ!?」
カジキ。レナスの凍らせたカジキの尖端部分が尻の穴に突き刺さり、それがゆらゆらと揺れる事で、大量の血を床に滴らせていたのだ。
何があったのかは不明であるが、兎にも角にもそれを抜く。
「あふッ……」
痛みでは無い何かもあったが、気にしないようにして立ち上がり、自己回復を意識して、レナスを探して小屋の中を見てみた。
散らかっている。相当に。拳で作った穴だとか、血糊の跡等もあちこちにある。
だが、当のレナスの姿が無いので、尻を押さえて外に出て、服を拾いながらに歩いて行くと、倒木に腰かけて居るレナスを見つけた。
「次は殺す」
振り向きもせずにたったの一言。おおよその事を俺は理解する。
とりあえずの形で「すみません……」と謝罪して、言葉少なにその日を過ごした。
そしてついに、四日目になり、偶然の形で定期船を見つけ、先にも言った方法で俺達は島から脱したのである。
現在、俺は紅茶を両手に、レナスを探して彷徨っている。
船長の気遣いで貰った物だが、一人で飲むのは気が引けた為で、しばらく船内を探した結果、舳先に佇んでいたレナスを見つける。
近付いて行くが、反応は無し。まだ怒っているのかもしれない。
「あの、一昨日のアレなんですけど、ああいう事はしない人間なんで……
ってか、実際にした訳なんですが、何かに操られてたような気が……
いや、言い訳にしか聞こえないと思いますが、本当に、全く記憶が無いんで、出来ればレナスさんにも忘れて貰えると……」
故に、そう言って横に立つと、レナスは「何……?」とまずは一言。
「あんな事をしでかして置いて、謝りもせずに忘れろだと!?
私も長く生きて居るが、あんな事をされたのは生まれて初めてだ!
責任を取れ、等と言うつもりは無いが、反省が無いのはどうかと思うがな!」
怒った様子で言葉を続け、紅茶を奪って去って行く。
「全く、アレを片付けるのに、私がどれだけ苦労をしたと……」
そして、俺に背中を見せて、ボヤきながらに遠ざかって行くのだ。
記憶が全て飛んで居る俺には事情がサッパリ分からない。
「もしかして今度は復讐される側になった……とかな」
或いは体に触れたりしたのか。それとももっとヤバい事をしたのか。
推測の域を出ない事だが、不安を覚えて小さく呟き、その後に俺は紅茶をすすって夜の海原に視線を移した。
片付けた、と言うのがポイントでして……




