久方ぶりの日常
「フーン……大変だったんだねー。でも、ヒジリが無事で良かったよ。
いくら人助けの為だって言っても、自分の安全も考えてよね? 今後は」
「あー……うん。気を付けるよ」
あれから三日が過ぎた日の午後。
俺はいつもの軽食店で、ナエミと向かい合って話をしていた。
あれからここまで――つまりナエミに槍を貰ってから別れてからの事だが、一応一通りを話した俺は心の中だけでナエミに謝る。
謝る理由は槍を失くした事……では無く、大きな嘘をついているから。
正確には嘘をつかざるを得ない為に、罪悪感を覚えて謝ったのだ。
一言で言うならその嘘は、「無人島には俺だけが流れ着いた」と言う物。
本当の所は言うまでも無いが、レナスと共に流れ着いた。
そして、まぁ、色々あって、色々やらかして生還をした。
それを改ざんして嘘をつく理由は、レナスにこんな事を頼まれたからだった。
「少しの間、姿を消したい。生きて居る事を知られたくない奴が居る。
いずれ、噂が聞こえて来る時まで、私と会った事は黙って居てくれると助かる」
頼みと言うには微妙であるが、俺はそれを頼みとして受け取った。
少し前まで、いや、現在も、敵である人物からの頼みな訳だが、レナスの裸を見た事や、見せてしまった負い目のようなものが、俺の方にはあったからだ。
それに、本人はハッキリとは言わないが、その後にも何かをやらかしたようだし、受ける事でチャラになるならと思っていた所も無くは無い。
ともあれ、その頼みを受けた俺は、ダナヒの街に一人で戻り、戻りがてらに修正した事実を皆に話して聞かせていた訳だ。
まぁ、例えばナエミに話した所で、「知られたくない奴」とやらに知られるとは思わないが、俺が話さず黙って居れば、定期船の関係者以外に知る者は無い。
いや、定期船の関係者にも名前自体は名乗ってないし、「金髪の青い鎧の女」と言う事でしか、聞かれたとしても伝わらないだろう。
だが、まぁ、念の為と言う事もあるし、頼まれた以上は守る努力をするべきだ。
その引き換えに覗きの事とか、カジキの事なんかを黙って居てくれるなら、ある意味公平な取引なのだから……
「じゃあセンレツのアオさんは死んじゃったのかな?
王女や団長の仇が取れなくて、ヒジリとしてはちょっと悔しい?」
テーブルの上からユートが聞いて来る。「じゃあ」とは言ったがこの話をユートはこれまでに二度は聞いている。
それでもしつこく聞いて来る理由は、俺の嘘を見抜いているから?
おかしな所が一つでもあれば、「確かヒジリさんは前はこんな事を~……」と、揚げ足を取るつもりで聞いているのか?
いや、ユート(こいつ)がそんなに賢いはずは無い。単純に前の事を忘れているだけだ。
そう思って「まぁな……」とだけ言葉を返し、「ダヨネ」と言う微妙な返事を貰う。
その言葉が何を意味するかは不明だが、俺はとりあえず頷いて置いた。
「すみませーーーん!」
「うおっ!?」
突如の声に少々ビビる。ナエミが店員を呼びつけたのだ。
注文が決まった。と言う訳では無く、それは実は二度目のコールで、聞いた店員は「少々お待ちくださいませー!」とは言ったが、やはりはこちらにやってこなかった。
それもそのはず、店内は満席で、対する店員は彼女一人。ピークからは少し外れた時間の予想外の入店で潰れている感じだ。
キッチンもキッチンで一人のようで、出て来る料理も相当に遅い。
中には本気でキレている客も居て、見ているこっちがハラハラする程だった。
「手伝ってあげたいとすら思っちゃうね。この状態は」
「じゃあ黙って待ってやれよ……」
気の毒そうにナエミが言うので、出来る事をやろうと俺が言う。
こういう時は言った物勝ちで、黙っていると最後にされるが、まぁ、別に急ぐ身でも無いので、俺は気にせず待つ事にした。
「ああ、そう言えば貰った槍だけど」
それから思い出した話を振って見る。
「貰ってすぐに失くした槍の事?」
「う……」
言葉にトゲがある。まぁ、当然だ。俺だってプレゼントしてすぐに失くされたら「ふざけんなコイツ」と思う事だろう。
壊れたなら兎も角失くすだなんて、割とサイアクな事だと分かる。
だが、そうなった物は仕方が無いので、申し訳ない表情を意識して作る。
その上で思い出した事――つまり、肝心な時に槍が伸びなかった事を言うと、ナエミは「あらら」と一言言ってから、あの槍の仕様を教えてくれた。
「長くなった槍を戻す時に、柄の底の部分を右に捻ったでしょ?
その時にロックがかかるようになってて、そのままの状態じゃ伸びなくなるんだ。
だから、もう一度伸ばす時には、左に捻ってロックをまず解く。
それからじゃないとスイッチを押しても、何の反応も無いって訳」
まず、と言うなら渡した時にそれの説明はまずするべきだ。
ネットでエ〇ゲーのダウンロードをしたは良いが、専用のツールが必要だとか言われ、訳が分からず彷徨った挙句にホラー動画が出て来て諦めた過去が蘇る。
まぁ、それとは随分違うが、共通の内容はブン投げ具合で、渡した相手が素人である事をナエミにはもう少し考えて欲しかった。
「ごめんねー。あの時は忙しそうだったから。
でも、すぐに失くされるとか、正直夢にも思わなかったからさー」
「う……」
それを言われると何も言えない。悪いのは百パー俺なのだから。
「まぁ次はもうちょっと、ヒジリに優しい槍を創るよ」
「は? 次? まだ創るのか?」
「そりゃあそうでしょ。一体何の為に修行を積んできたと思ってるの?
修学旅行の体験工芸ですか」
なぜかの敬語でナエミは笑う。おそらく分かっていない癖に「全くだよ」と尻馬に乗るユートがウザい。
「それでちょっと相談って言うか、お願いして貰いたい事があるんだけど」
何を? そして一体誰に? そう思いつつ「うん?」と言うと、ナエミは「えーとね……」と少しだけしおらしくなる。
「工房が欲しいの。学校の近くに。だからあそこに居るおじさん達に、お願いして見てくれないかなぁ」
「こ、工房!?」
エライ事を言われた為に、右の鼻から鼻水が飛び出す。俺はそれを拭きとった後に、「工房なぁ……」と繰り返して考え込んだ。
工房とは種類が色々あるが、ナエミの場合は鍛冶施設の事だろう。
専門家では無いので良く知らないが、鉄を溶かしたり水に浸けたり、叩いたりするあんな施設を学校の近くに建ててくれと言うのだ。
鍛冶屋の修行をしてきたのだから、それは当然の願望ではある。
「二人でパン屋を経営しよう!」なんて、関連性ゼロの事を言われないだけ、納得せざるを得ない流れだ。
だが、それでも驚くには十分で、俺にはすぐに答えが出来ない。
資金の問題……は、別に良いのだが、「そこまでやるのか……」とナエミの本気に引いていた部分があったのかもしれない。
「お願い! 師匠と調べたんだけど、あの島って結構良い鉱石が採れるの!
移動の手間とかを考えちゃうと、いっそ島に工房を建てて、そこから通う方が近いと思うんだ!
売り上げの中から少しずつ返すから! お願いします! ヒジリ様!」
「うおお……」
話はそこまで進んでいたらしく、正直な所は更に引く。
確かにあの島には山があったが、一体いつの間に調べていたのか。
「じゃあヒジリはそのコーボーの隣で、冴えない本屋の店員をしてよ。
髪はボサボサで丸メガネ的なのをつけて、暗-い声で「いらっしゃいませぇ……」ってさ」
「いや、なんでわざわざ変装……? 普通にやるし。やるんなら」
ユートの要望には短く答える。現時点では建てる気は無いし、そこで働くと言う展望も無い。
「じゃあ建ててよ! 本屋も建ててよ! 亡国の王子とローズ公国の王の五巻を優先的に仕入れてよ!」
「まだ読んでんのか!?」
すると、ユートがそんな事を言うので、流石に顔色を変えるのである。
因みにそれはカレルの愛読書で、分類的には「BL本」。
そんなものを優先的に仕入れる本屋を学校の近くに建ててはならない。
倫理観から俺はそう思い、騒ぐユートをかるーく無視する。
そうしているとナエミが「駄目……?」と、哀願するような表情を見せ、思わずときめいてしまった俺は、視線を外してボソリと言うのだ。
「ま、まぁ、別に構わないけど……さ……」
と。
ナエミが鍛冶屋を目指した理由は、好きだから、と言う事もある。
だが、根本的には俺の浪費癖、と言うか、武器を壊して失くしてしまう事への、予防措置であったはずだ。
だったら俺が「やめろ」と言う理由は、最初から一つも無かった訳で、むしろ逆に「お願いします」と頼むべき事柄に近いと言えよう。
まぁ、今更の事ではあるので、照れ臭くてとても言えた事じゃないが……
「ホントに? やった! ありがとヒジリ!」
「本屋もね! 本屋も建ててよね!?」
ありがとうはこちらの言葉だが、俺は苦笑いでそれに答える。
ユートの方は俺がやらないにしても、いずれは必要な物なのかもしれない。
本屋に駄菓子屋。それに鍛冶屋? いや、鍛冶屋は少し離れて建てるとして、学校の周りにはそう言った建物があった方が良いのだろうか。
遠くから来る人もいるかもしれないし、寮があったら副収入にもなるか?
「大変お待たせいたしましたぁ!」
「うああ!?」
そんな事を考えていると、ようやくだがいきなり店員が現れ、驚いた俺に謝って来るので、こちらも謝罪を返すのである。
あの島を学校だけにするか。それともある程度の栄えた場所にするか。
俺はこの時から島の方向性を、真剣に考えるようになって行った。
とは書きましたが学校編は、あまり話に出ないと思います。
話の必要上出す時もあるかもですが、基本的には無いと思っていて下さい(あくまでもその予定ですが)




