モルト島沖海戦 後編
今回少し長めです。
分割しようかとも思いましたが、一気に終わらせる事にしました。
終わったか。
降りしきる雨の中で、私はそう思って武器を収める。
周囲には敵と――味方の死体。キングサーペント号は後方に居た為に、敵の襲撃は少なかった。
しかし、それでも数百の敵が押し寄せ、迎え撃った兵士が命を落とした。
もし、嵐が来なかったなら、最初の不意打ちが無かった訳で、被害はもっと少なかっただろう。
だが、それも運命と言えば運命。私は首を振って現実を見据えた。
「被害状況を報告します!」
そんな事を思っていると、一人の兵士が走り寄って来る。本来、ティレロに言うべき事だが、まずは私にと思ったらしい。
ありがたい事に……と言って良いのか、彼らは戦況や損害を逐一私に報告してくる。
陸軍時代の癖なのだろうか、直接の上官と思ってくれているらしい。
しかし、戦闘中ならそれも良いが、終わった後なら話は別で、あまりに出しゃばった事をしてはティレロの顔を潰してしまう。
いや、別に潰しても良いのだが、私も少々楽がしたく、「それは艦隊司令官に」と伝えて、兵士をティレロの元へと向かわせた。
「あ、はっ! 失礼致しました!」
さっきまではこれで良かったのに。
口にはしないがそんな事を思ったか、戸惑った顔を見せて兵士は立ち去る。
私はそれを見送った後に、甲板上に目を張った。
小悪魔の死体に悪魔の死体。クラーケンの触手に……我が軍の兵の遺体。
これだけの戦力を揃えた以上、勝つという事は分かって居たが、それでもやはり死者が出るのは仕方が無いと言える事だ。
だが、仕方が無いからと言って、路傍の石のように扱ってはならない。
自己満足に近いかもしれないが、私はそこで両目を瞑り、我が軍の犠牲者に黙祷を捧げた。
「損害は軽微。お聞きになりましたか?」
そんな時に、背後から、聞きたくも無い声が聞こえてきた。
言うまでも無く、艦隊司令官のティレロ・アルバードの声である。
私もそうだが、あちらの方も、出来るだけ接触を避けていたのだが、一体どういう風の吹き回しで、雨の中をわざわざ出て来たのだろうか。
不思議に思いながら黙祷を続け、終えた後に体を向ける。
ティレロは土砂降りの雨の中を、傘も持たずに歩いて来ており、私の視界に入った直後に、白面の中の口の端を曲げた。
暗闇を引き裂く鉤爪のような笑顔。そんな感想を直後に抱く。
本人としてはただただ普通に微笑んでいただけなのかもしれないのだが、何を考えているか分からないと言う事もあり、私の印象は辛辣な物だった。
「損傷艦を退避させた後に、本来の作戦に移ろうと思います。
その陣頭指揮についてですが、レナス卿に是非、お願いしたいと思いまして」
「本来の作戦……?」
黙っていると、ティレロはそう言った。私は思わず聞き返す。
訳の分からない事を言う奴である。戦いは先程終わったはずだ。
色々推測して混乱した事もあるが、単に頭がおかしいだけなのか?
そう思っていると、ティレロは笑い。
「ヘール諸島の全戦力と、海王ダナヒを海の藻屑にする。
その為に我が軍はこれだけの戦力を結集したのではありませんか?
もしや、ヘール諸島を助ける為だけに、これだけの戦力を動員したとでも?」
両手を広げてそう言ったのだ。
少なくとも、私はそうだと思った。いや、全兵士がそう思っているだろう。
ヘール諸島のダナヒにしても、そうだと思ったから腹を晒している。
そんな所を攻撃すれば、王国の信用は地に落ちる。個人としても信義に反するそんな事は決して認められない。
それに第一に、国王は知っている事なのか。いくら無能で世間知らずの国王でも、そんな横暴を良しとするだろうか。
無言で居ると、「どうなのですか?」と、陣頭指揮の可否を聞いて来る。
「分かり切っているだろう……」
そんなものが受けられるか。そう言う意味で私は言ったのだが。
「あぁ。そうですね。聞くまでも無かった事ですか。
屋敷で待っている大事なお友達の、アイニーネちゃんの命がかかっているとあれば、嫌も応もありませんからね」
ティレロは何やら含んだ口調で、そんな事を私に言って来るのだ。
脅し。と、全く取れない物では無く、「どういう意味だ?」と険しい顔で聞き返す。
すると、ティレロは「いやいや」と言ってから。
「見張りを付けていると言う事ですよ。私の命令一つでそれは、彼女を殺す暗殺者にもなりますが」
私の耳に顔を近づけて、声色低くそう言って来た。
それがティレロの本来の声、そして性格だと私は思う。
やってみろ、と言いたい所だが、アイニーネは子供。万が一もあり得る。
故に私は眉根を寄せて、汚物を見るような目でティレロを眺めた。
「貴様……一体何を企んでいる? 何を目的にそんな事をさせる?
ヘール諸島の危機についてもだが、一体どこから情報を仕入れた?」
それから聞くと、顔を戻し、ティレロは笑顔でこう言ったのだ。
「私にはそう。女神がついているのです。あなたの後ろにも居るようですがね」
「どういう……意味だ……?」
意味が分からず思わず聞くが、ティレロはそれを無視する形で、艦内を目指して歩いて行った。
斬るか……と、直後に思いはしたが、右手は流石に動かなかった。
ティレロの命令が届かないにしても、届かない事による襲撃の実行も、あり得る事だと思ったからだ。
ならば従うのか。と、自分に問うてみる。
それしか道は無いように思える。最高責任者が奴である以上、覆す事はまず無理だ。
それこそ陸軍出身者を集めて、反乱を起こすしか術は無い。
それならいっそ……と、私は思う。
いっそ、ダナヒと戦って見るか。そうすれば奴、カタギリも必ず姿を見せて来るだろう。
強くなっていれば良し。……なっていなければ、その時はその時、諦める他に無い。
未だ収まらない嵐を前に、私は決意し、踵を返した。
戦いが終わって三十分が経った頃。
与えられていた部屋に戻った俺は、上着を脱いで頭を拭いていた。
体はすでに全身びしょ濡れで、大量の水が滴っている。
出来れば湯浴みをしたいと思うが、船の中ではそれも出来ず、一枚、二枚と布を使って体を拭いている時にある物を見るのだ。
場所としては窓の外で、何やらチラチラと明かりが見える。
それは所謂照明では無く、色で言うなら燃えるような赤色で、一体何かと思った俺は、そのままの姿で窓に張り付く。
「ナニナニー?」
「いや、何か明かりが見えた気が……」
同じく張り付くユートに言うが、先程の明かりは確認できない。
見える物は荒れ狂う海と、窓を打ちつける大粒の雨だけだ。
気のせいだったか……そう思った時、高波の合間に何かが見える。
そしてそれが、燃え盛る僚艦――つまり、味方の船だと気付き、窓を押し割らんばかりの勢いで、俺とユートはそれを見るのだ。
戦いはすでに終わったはずで、敵の攻撃と言う事はあり得ない。
ならばなぜ燃えているのか。
原因が全く分からないままで、僚艦は高波の向こうに消失し、やがて、波が下がった時には、僚艦の舳先は空へと向いていた。
沈没したのか、させられたのか。兎に角僚艦が沈んだ事は事実。
「見間違いじゃないよな!?」と、ユートに聞くと、「乳首を捻る!?」と、言葉を返され、それを「見間違いじゃ無い」と取った俺は、濡れた服を着て通路に飛び出した。
見間違いでは無かった以上は、何かがあって沈んだのである。
その「何か」は俺には分からないが、「失火でしょ」と無視して良い物では無い。
国王であり、司令官でもあるダナヒに伝えて判断を仰ぐ。
俺もめっきり飼い慣らされてしまったが、組織ではそれは重要な事で、所謂「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」を守る為に、ダナヒの部屋へと夢中で駆けた。
そして、三十秒もかからない内に、一つ下の層のダナヒの部屋に着く。
「ダナヒさん! 入りますよ!」
が、急いでいたのでノックをせずに、開け放った事が失敗となり。
「ギャアアア!?」
「ウヒョオオイ!!?」
俺とユートは素っ裸で筋トレをしているダナヒに遭遇し、天井にぶら下がって開脚をした直後の、強烈な痴態を目にするのである。
「オイオイなんだぁ? ノックくらいしろよー?」
ダナヒが言って「すとり」と降りる。今回ばかりは正論すぎて、俺には全く反論の余地が無い。
「まぁ、何か急いでたみてぇだし、今回は大目に見といてやるよ」
だが、服を着ずに椅子に座り、両足を組むその流れには「何か抜けて無い!?」と言いたい所だ。
「ヒジリにぶらさがっているのより大きい!」
「あ、うん……そうだな……」
それは知ってる。パンツの時に思った。だからそれ以上はユートに返さず、見て来た事をダナヒに話す。
するとダナヒは「マジか!?」と言って、その場に勢い良く立ち上がるのだ。
「っ!?」
直後に聞こえる小さな爆音。ユキカゼの船体が大きく揺れる。その事により立って居られず、俺達は部屋の端へと滑り。
「ぎゃあああああ!?」
ダナヒの「ナニ」が尻に当たって、俺は思わず悲鳴を上げた。
嫌とか何とか言う前に怖い! うっかり入りそうでマジに怖い! 恐怖の為に俺は暴れ、転がるようにして横に逃れる。
「があッ!?」
その事によりダナヒは「ナニ」を、部屋の壁にぶつけて悶絶。
挙句の果てにテーブルが滑って来て、トドメとばかりにそこにぶつかった。
自業自得……とまでは言わないが、服を着て居なかったツケだと言える。
その為俺は「大丈夫ですか?」とは言わず、痛みを察して同情だけをした。
「いやー、でも何だったんだろ? 凄い揺れだったねー?」
「あ、ああ……」
船の傾きが元に戻る。何も無かったかのようにユートが言うので、とりあえずの形で同意を示す。
ダナヒをちらりと見てみた所、幸いにも大怪我には至らなかったらしく、「クソ!」と一言を言った後に、テーブルを押し退けて立ち上がって来た。
「今のは砲撃だな。ったくあいつら、思った通り裏切りやがったか」
それから吐き捨てるように言葉を続け、パンツも履かずにズボンを手に取る。
「あ、あいつらってどういう事ですか? 思った通りって?」
それを着る間に質問すると、ダナヒは「ヨゼル王国の奴らだろ」と、当たり前のように俺に言うのだ。
聞かされた俺は訳が分からない。だってさっきまで共闘してたじゃないか。
戦うにしても今日、今この時と言うのは、背中から刺して来るに等しい行為だ。
「代えの斧」
「あ、はい」
要求された為に斧を呼ぶ。残りは確か一本だったか。念の為に「あと一本ですよ」と言ってから手渡す。
そして、「どういう事ですか?」と聞き、動き出したダナヒの後ろに続いた。
「どうもこうも最初から、後ろから俺様達を刺すつもりだったんだろ。
どーも怪しいと思ってたからな。一応、対処は出来るようにしてある。
つっても花火で知らせた後になるから、もうちっとの間はやられっぱだがな」
口惜しそうにそう言いながら、ダナヒは甲板への通路を走る。
俺とユートもその後ろに続き、偶然出て来たカレルと合流。
その後にすでに甲板に出ていたライバードを見つけて近くに駆け寄った。
ダナヒは出口の近くにあった筒を抱えて甲板に出て来て、俺達から少し離れた場所で、それを支えて種火を擦った。
「クソ! 雨で火が点かねぇ! ヒジリわりぃ! 火ぃつけてくれるか!」
「あ、はい!」
だが、雨の中で種火が着かないらしく、呼ばれた為に小走りで近寄る。
闇の中ではためく金色の灯。
そう言った物を見たのは直後の事で、それはダナヒの更に向こうから左右に飛びつつ接近している。
そして、それが人間だと分かった時。忘れもしない鮮烈の青、レーヌ・レナスだと分かった時。
俺はすかさず槍を呼び出して、行動高速化を意識するのだ。
重なる武器に響き渡る高音。
直後には俺はダナヒを背にして、レナスからの攻撃を防御していた。
「ほう、やるようになったな」
鮮烈の青、レナスはそう言って、闇の中を華麗に回転し、手すりの前に静かに着地した。
「んなぁ?! ど、どうなってんだ!? そいつはオメェ! アイツじゃねぇか!?」
ダナヒも相当焦っているらしい。言わんとしている事は理解できるが、更年期障害並に固有名詞が出て居ない。
「とにかく花火を!」
「お、おう!」
一先ず言うと、ダナヒはそう言って、ライバードの魔法で花火に着火。
それを荒天に打ち上げた後に、斧を両手に後ろに立った。
カレルとライバードもその横に立ち、豪胆な一人の侵入者に向かう。
四人がかり……とは卑怯な気もしたが、挑んできたのはあちらの方だ。
俺は容赦と情けを捨てて、槍を構えて腰を落とした。
「いずれは確かめねばと考えていた。遠慮をするな。全員でかかって来い!」
身震いがした。恐怖の為に。あの時の記憶が蘇ったのだ。
圧倒的な力を示され、あっさりと敗北したあの時の事を。
負けたとしたら今度はどうなる? ダナヒやカレルが殺されるのか?
それは嫌だ。絶対に嫌だ。この戦いだけは負けられない。
槍を握る力も強く、レナスを見据えて下唇を噛む。
「行くぞ!」
「ユートは離れてろ! 巻き添えを食うなよ!」
「う、うん!!」
そして、レナスが動いたと同時に、ユートを離して迎え撃った。
最初は俺の防戦一手。ただひたすらに防御に回る。
その隙にカレルやライバードが遠距離からレナスを攻撃したが、それは全て紙一重でかわされて、俺への攻撃は止む事が無い。
「てやあっ!!」
辛うじての体で反撃を繰り出す。胴を狙ってのなぎ払いだ。
「おりゃああっ!!」
それと同時にダナヒが現れ、レナスの背後から斬りかかる。正面には槍、背後には斧。縦横を交えた攻撃だったが、レナスは舞うようにして俺の槍の上を飛び、カレルとライバードの攻撃の死角から、突きを繰り出してきたのであった。
このままではかわせない。そう思った俺は、即座に行動高速化を意識。
左に向かって素早く動くが、レナスも同時に発動したらしく、並行するように少しを走って、レナスの斬撃を槍で受けた。
「ぐああっ!!」
以前であればおそらくこれだけで、俺は気絶をしていた事だろう。
重く、鋭い一撃を受け、高速化を解いてマストにぶつかる。
その隙にレナスはダナヒの元に行き、通常の速度で数合を打ち合う。
そして結果、ダナヒが打ち負け、斧を飛ばされて素手になったが、ライバードの雷撃を避ける為に、レナスはダナヒから距離を取った。
続くカレルの緑弾を避け、攻撃者のカレルに氷の矢を放つ。
「きゃあっ!?」
カレルはそれを避けたようだったが、接近を許して攻撃を喰らうのだ。
「カレル(さん)!!」
ダナヒと俺が同時に叫ぶ。見る限りでは血は出て居ない。攻撃を喰らったカレルは吹き飛び、手すりにぶつかってそのまま昏倒。
殴ったのか、蹴ったのか、それは分からないが、どちらかである事をすぐに願う。
「テメェ! いい加減にしろよオラァ!!?」
直後にダナヒが走り出した。武器は持たず素手のままで。
「ダナヒさん!」
「おう!」
俺は最後の一本を呼び、ダナヒにそれを投げ渡し、ダナヒと並走するようにして、振り返ったばかりのレナスを襲った。
そこからは猛攻。ひたすらに猛攻。ダナヒと二人がかりでレナスに斬りかかり、一歩、二歩と後退させる。
このままなら行ける!
そう思った時、船が再び大きく揺れる。
「どうわっ!?」
「ぬおおっ?!」
その事によりダナヒがよろめき、詠唱に入っていたライバードが転倒。
バランスを崩しながらも雷撃を放つが、レナスはマストの上へと逃れた。
三対一なら勝ち目はあるが、一対一だと勝ち目は薄い。
いや、正直に勝てる気がせず、俺は直後は動きを止める。
「来い! カタギリ! 一対一で勝負をしよう!」
それが上からのレナスの声だった。
勘弁してくれ、と本気で思う。ゲームセンターの対戦じゃないんだぞ、と。
随分と気軽に誘ってくれるが、こちらは本当に命がけだ。
いや、あちらも命がけには変わらないのだが、残念ながら実力差がありすぎる。
団長とセフィアの仇……と言うか、せめて一言詫びさせたいが、今の俺が正々堂々と戦ってレナスに勝てる未来は見えない。
「(情けないな……クソッ……!)」
まだまだだ。俺はまだまだ。まだまだ修行と努力が足りない。
下唇を噛んで思っていると、ダナヒが「行けよ」と背中を叩く。
「ハ?」
何て言った? 聞こえて居たが、気のせいだったと思いたい。
そう言う意味で顔を向けると。
「行けよ。アツい展開じゃねぇか。下の事は俺様達に任せろ!
オメェはあいつをブッ飛ばすんだよ!」
ダナヒの悪い癖、「アツい展開に燃える癖」が発動しており、拳を作ってそう言って来るのだ。
いやいやいやいや、勘弁して下さいよ! 自分、あの人には勝てないっすよ!
と、中坊ばりに言いたい所だが、俺にも一ミリのプライドはある。
結果としては「ああ、はい……」と言い、止む無くマストに飛ぶのであった。
「よく来たな。さぁ、仕切り直しだ」
俺を見るなりレナスが微笑む。敵として見ないのなら綺麗な人だ。
だが、バケモノのような強さを持つ人にそんな言葉は相応しくない。
「(アレしか無いな……アレに賭けるしか……)」
唯一の勝機に望みをかけて、俺はゆっくりと腰を落とした。
「行くぞ!」
それから一秒も経たない内に、レナスが即座に斬りかかって来る。
俺はそれを防御しながら、絶対に外せない一瞬を探した。
探して、見つけてそれからどうする。アレだ。俺にはアレがある。
ナエミが創ったこの槍には、大きな秘密が一つあるのだ。
俺は幸いレナスの前では、短い槍のままで戦っている。
隙を見つけてスイッチを押せば……
二段階に伸びる槍の先で、レナスの体を捕らえられるはず。
もし、それを外してしまった時は。全ては終わり。ゲームオーバーだ。
唯一の好機を探りつつ、防御をしながら後退をする。
意識して、そうしていた訳じゃ無く、レナスの剣撃に押されているのである。
「どうした? 防御ばかりでは私には勝てんぞ! 以前より遙かにやるようにはなったが!」
「くっ!!」
一撃が重くなる。まだ本気では無いのか。このままだと隙を見つける前に、俺の心か槍が折れる。
背後もそろそろ限界点で、その後ろには暗闇と、荒れ狂う海が広がっている。
隙は見つからない。そもそも無いのだ。
待っていてもそれは無い。自分で作らなければこの人にはそれが無い。
それがようやく分かった俺は、防御から一転、攻撃に移った。
ただひたすらに攻撃をする。当たる、当たらないは問題じゃない。
レナスに攻撃をさせない為の攻撃。彼女には悪あがきに見えたかもしれない。
その証拠にレナスは冷静に、俺の攻撃を捌いて避ける。
今しか無いんだと高速化をしても、レナスは俺の速さに合わせ、攻撃を難無く凌いで行った。
そしてついに。
「うわっ!?」
剣が突き出され、かわした俺の足がよろめく。立って居られず尻をついたのはそれからすぐの事だった。
「強くはなった。だが、まだまだだな」
どことは無しに残念そうに、レナスが言って剣を突き付ける。
或いは今か、と、思いはしたが、右手を動かす余裕は無さそうだ。
人間諦めが肝心。と、確か爺ちゃんが言っていたな。
だが、ここで諦めてしまったら、結果はあの時と同じになるだろう。
最後まで諦めず隙を伺う。俺にはまだ切り札がある。
そう思ってレナスを睨んだ直後、幸運がその場に舞い降りてくる。
頭上に広がる暗雲が輝き、一筋の雷を生み出したのだ。
「ふわああっ!?」
それはユキカゼ号のマストに命中し、近くに居たレナスを一瞬怯ませる。
「行ける!!」
俺はその隙にその場に立ちあがり、素早い動作でスイッチを押した。
「あ、あれ……?」
が、どういう訳か反応は無し。マストだけがみるみる傾いて行く。
「しまったッ!?」
「肝心な時に壊れた?!」
そしてマストはついに倒壊し、レナスの体を嵐の海に。俺の体を辛うじて、手すりを掴める範囲に落とした。
咄嗟の事で槍を手放し、そこにはナエミに「ごめん!」と謝る。
その上で右手で手すりを掴み、すんでの所で俺は助かった。
だが、海に落ちたレナスはと言うと、波に揉まれて浮いたり沈んだり。
まさにカナヅチと言える動作で、暗闇の中でもがいているようだった。
……助けるべきか。と、顔を顰めて悩む。
「大丈夫ヒジリー? 雷当たんなかった?」
「ああ。それは大丈夫……」
そんな時にユートが現れ、頭上から俺の安否を気遣った。俺はと言うと手すりを握って、レナスを眺めてぶら下がっている。
あの人にはまぁ、恨みと言うか、どうしてセフィア達を助けてくれなかったんだ。という、理不尽に感じる部分を持っている。
だから助ける義理なんてものは、多分無いんだろうと、うっすら思う。
でも、なんだろう……このまま見捨てると後悔するような気持ちも持っており、故に俺は上がるに上がれず、レナスの様を呆然と見ていた。
このままレナスが溺れ死んだら、セフィアと団長は喜ぶだろうか。
喜ばないにしても自業自得だと思う位はするかもしれない。
だが、生きて居るダナヒやカレルはどうだ。
助けられるかもしれないのに、俺が見捨てた事を知れば、少なくともダナヒは「バッキャロー!」と、殴って来る位の事はあり得る。
そうなったら俺は反論できない。人道的におかしな事だと、頭ではやっぱり分かって居るのだ。
「……だよな!」
ならばやる事はたったの一つ。今は一時わだかまりを捨てよう。
「ダナヒさんに伝えてくれ! ボートを一艘下ろして欲しいって!」
「ええー!?」
ユートに伝えて浮き袋を取り、嵐の海に身を躍らせる。
大丈夫。いざとなれば、俺には爺ちゃんに教えて貰った「カタギリ流遊泳術」がある。
絶対に溺れない。大丈夫。
そう思いながら海に飛び込み、水を掻く為に右腕を振り上げた。
大丈夫と二回も言っているのだし…




