成長の証と引き換えの傷
会議の日から三日が経った日の昼。俺は自分の島の入り江で、ライバードの指導で瞑想をしていた。
魔法の師匠、ライバードが言うには、俺に足りない物は集中力らしく、瞑想をする理由はその集中力と、動じない心を養う為だった。
現在、俺は岩の上で、両目を瞑って胡座をかいている。
聞こえて来る物は打ち寄せる波の音と。
「ライバードさんキタァァー! 凄いヒキキタァァー!?」
「フヒョオウ! こいつは凄まじい引きじゃあ! 牛乳パワーが無かったならば、ワシの両腕は圧し折れておった!」
おそらく釣りをしているらしい、ユートとライバードのはしゃぐような声。
続けて二人は「毎日!」「いっぽんんん!!」と、何かのCM風に声を掛け合い、最後には「健康飲料ゥゥゥ!」と揃えて、砂場に倒れる音を立てるのだ。
どうなったのかと思って薄目を開けると、後ろに倒れて笑い合っていた。
どうやら糸が切られたようで、魚は生憎釣れてはいない。
なにやってんの、と思って見つめていると、こちらに気付いたライバードが一言。
「いかんぞ。ヒジリ君」
と、眉根を寄せるので、「すみません……」と謝って瞑想を続けた。
あんな騒ぎの只中にあっても、ライバードは瞑想が出来るのだろうか。
いや、それが出来ないからこそ、俺の集中力には問題があるのか。
そんな事を思っていると、今度は二人が「ヒャアア!」と喚く。
今度は見ないぞ、と、耐えて居ると。
「ゲフッ!?」
俺の頭に何かが命中。その衝撃で岩から落ちて、命中した物を両目に入れるのだ。
パッと見はワカメだが、砂の上を跳ねている。よくよく見ればワカメのような物を纏った緑色の魚が正体のようだ。
見た目の通りに粘着質で、俺の髪の毛は一瞬でベトベト。その不快感で顔を顰めると、まずはライバードが謝って来る。
「す、すまんのう……また糸が切れたようでな」
悪気は無いらしい。あったらキレるが、ピンポイントで俺を狙う技術にはきっと素直に感心するだろう。
「魚だったから良かったけど、岩とかだったらどうすんの? ちゃんと周りを見てなきゃ駄目でしょ」
だが、続いたユートのその言葉には「瞑想中だし!」と叫ばざるを得なかった。
というか、せめて「避けろ」とか言えよ。「ヒャアア」じゃねえよ。
と言いたかったが、これはライバードをも責める事になるので、口にするのは何とか耐える。
「あー、でも気持ち悪ぃなコレ……それに臭いし、なんだコレ、この臭い……」
例えるならヘソの穴をほじった後に、その指を嗅いだ時のような臭いだろうか。
そんな臭いが自身の頭から、これでもかとばかりに漂って来ている訳で、この状態で瞑想を続けるのは、ハッキリ言って拷問に近い。
それでもライバードが「やれ」と言うなら、まぁ、仕方なくやるとは思うが、その前に「見本を見せて下さい」と言って、ライバードに魚を擦り付ける位の事はやりたいと思える気分であった。
「んむう。まぁ、仕方が無いかの……今日の鍛錬はここまでと言う事に……」
と、ライバードがそこまでを言った時に、ユートが遠くを見て「あっ」と発す。
方向的には浜辺の背後、学校へと続く森への道で、小さな何かが見えた後に、こちらに向かって近付いて来ていた。
大きさとしてはユート程で、地に足をつけず浮遊している。
「……ロウ爺? 何でロウ爺が?」
ある程度の距離になって分かった事は、それがカレルの相棒妖精の、ロウ爺だと言う事であった。
普段はあまり姿を見せないのだが、一体どういう事であろうか。
近くに主のカレルは見えず、また、居るような気配も感じない。
以上の二点から不思議に思い、俺は漂う悪臭を気にせず、飛んで来たロウ爺を出迎えるのだ。
「くさっ! ヘソの穴くさああっ!」
第一声がそれだったので、気分を害して顔を顰める。
ライバードとユートは言いはしないが、ある程度の距離を取っている辺り、やはり相当に臭いはするのだろう。
「な、なんでロウ爺だけが? カレルさんに何かがあったんですか?」
気を取り直して聞くと「うんや」と言われる。「探してはおるがな」と、更に続けられ、現れた意味自体はここで分かる。
後は探している理由であるのだが、これは聞かねば当然分からない。
「なんで俺を?」
故に聞くと、ロウ爺は、南東の「魔の島」関連の事で、緊急会議を開きたいと言っている、デオスの意思を伝えてくれるのだ。
早い話がロウ爺は、俺達がここに居るだろうと言う推測で、使いっ走りにされたと言う訳だ。
居なかったのなら無駄足となり、見つかるまで彷徨っていた訳だろうから、何とも気の毒な役目と言える。
だが、カレルは相棒妖精を――つまりロウ爺を雑用及び、情報収集に使っていた訳で、むしろ、俺の相棒妖精の扱い方が、過保護すぎると言えるのかもしれない。
……まぁ、ユート(こいつ)はいつも近くに居てくれて、くだらない話にも付き合ってくれている。
それだけでも俺にはありがたい事なので、それ以上の事は望まないようにしよう。
そんな事をふと思い、ユートの顔を見たのであるが、見られたユートは不思議そうな顔で、両目を何度も瞬かせていた。
「ちゅうわけで用件はきっちり伝えたぞい。聞いてないとか知らんとか、ロウ爺さんの妄想じゃないですか? とか、後で言い訳をせんでくれよ」
「いや、そう言う事、一度でも言った事ありましたっけ……?」
ハッキリ言って絡みはほぼ無く、ロウ爺がボケた事を言い訳にして、逃れようとした事など一度も無い筈。
それなのにヤケに突っかかって来るので、一応の言い訳を展開しておく。
「いや、あった! あれは今から五年前……」
「会ってないでしょ……」
すると、ロウ爺がそう言ったので、俺はすかさず突っ込むのである。
ロウ爺は黙り、浮いたままで後退して、「チッ」と舌打ちして去って行く。
何がしたいのかは良く分からないが、元々そんな妖精である。
カレルが突き放している理由はそれか、と、一時期真剣に思った程だ。
その為、俺はあまり気にせず、「じゃあ戻ります」と、ライバードに告げる。
すると、ライバードは「一人で行けるのかね?」と、心配から発した質問をして来た。
ライバードの日課はギースとニースに勉強を教える事でもあるが、その前に俺の精神を鍛錬してくれる事も日課となっている。
つまり、ライバードはどこかにあるのだろう、自分の家からまずダナヒの街に来て、俺を同行者に加えた上で、この島に来ると言うコースを取っている。
移動の手段は勿論魔法で、時間にするならまさに一瞬。
何も考えずに「戻ります」と言ったが、そこはキチンと考えて、「お願い出来ますか?」と聞くべきだったのだ。
そうでなければ移動手段が、俺には船しか無いのだから。
「あー……すみません。良く考えてませんでした。送って貰っても大丈夫ですか?」
「ふむ……まぁ、それは構わんのじゃが。ここは一つ、成果を見てみよう。 何、以前にも一度出来た物。二度目に出来んと言う道理は無いわ」
故に、考え直して聞いたのだったが、そこまでの時間が少々長すぎた。
考える時間が出来た事で、ライバードの気まぐれな試練が発生し、楽に帰れる道を無くして、俺は「いぃぃぃ……」と言うのである。
「いや……でも、成功しても、また何時間も寝てしまうんじゃ……」
「大丈夫じゃ。自分を信じなさい。君は確実に成長しておる」
最後の足掻きもまるで無駄。肩に手を置いてそう言われ、臭いに気付いてちょっと嘔吐かれる。
その後には若干距離を取られて、「さぁ」と言われて俺も諦めた。
「目的地をしっかりと意識して……緊張をせずに、リラックスするのじゃ……」
「ヒッヒッフー! ヒッヒッフーだよヒジリ!」
妊婦かよ! と、心で突っ込み、言われるがままに心を落ち着ける。
向かうべき場所は館の裏庭にするか。滅多に人が来ない場所だし、誰かに鉢合う危険も無いだろう。それにその、今は臭いし、出来れば女の子に会いたくはない。
「大丈夫だと思います。呪文をもう一度教えて貰えますか?」
そこに決めて、ライバードに頼むと、「うむ」と返して呪文を発し出す。
俺は注意深くそれを真似て、移動魔法の詠唱を開始した。
「訪れし場所! 記憶を辿り、我を今、その場に導かん!」
「訪れし場所! 記憶を辿り、我を今、その場に導かん!」
そしてついに魔法を発動。以前のように視界が途切れる。
「おふ!?」
その直後には、ばふっ、と言う音がして、柔らかい何かが顔に触れた。
一瞬後には脚の下、と言うよりは尻にもそれに似た柔らかみを感じる。
加えて良い匂い。俺の臭いじゃない。柔らかで香しい花の匂いを連想させるような心地良い匂いだ。
どうやら俺は立っては居ない。何かにしがみつくような体勢で居る。
まさか失敗か!? すぐにも焦り、顔を動かして周囲を眺める。
「あっ……」
その際に艶っぽい声が聞こえたのだが、俺の注意はそこには行かなかった。
ならばどこに行って居たのかと言うと、テーブルを囲んでいる執事やメイド達。
場所は確かに館の裏庭で、見知った顔も多く居る。
だが、なぜかのパーティーを行っていたようで、俺はそこに乱入したらしい。
皆、呆気に取られた顔で、突然現れた俺を見ている。中には紅茶のポッドを傾けて、中身をこぼしっぱなしの子も見える。
「え、えーっと……」
俺自身もようやく状況に気付き、恐る恐るでまず下を見る。
青いスカート、そして脚。
それから顔を上へと動かすと、青ざめた表情のメイドと目が合った。
それも目の前。数センチの距離だ。
俺はどうやら彼女の目の前に不意に姿を現したようで、彼女の体に抱き付く形で、状況の理解に入ったらしい。
柔らかい感触はつまり胸で、良い匂いは彼女の匂いであったのだ。
一度も見た事が無い所を見ると、新しく入ったメイドなのだろう。
「あ、そ、その、初めまして……」
場違いも良い所だ。ここで挨拶とは。後になれば自分でも分かったが、この時の俺はどうかしていた。
言われた女性は目を白黒し、状況の把握に奔走していた。
「その子は危険よ! 早く逃げて!」
「シキュウを守って!!」
誰かがどこかで叫んだ為に、目の前の女性も危険を察知。
「イヤアアア!!」
「アアアアイイイ?!」
俺の股間を拳で押し殴り、地面の上へとまずは落とす。
「死ね! ド変態!」
「ギヒイイ!?」
それから何かの瓶を使って、俺の後頭部を叩きつけるのだ。
そう言えば三日前の会議の時に、新人のメイドがどうとか言ってたな。
て事はこれは歓迎会か、或いは先輩の送別会だったのか。
「ヒヒヒ……」
そんな事を思った俺は、不気味に笑って膝をつき、「凄いよヒジリ! 大成功だよ!」と無邪気に喜ぶユートに対して「アホか……」と答えて地面に倒れた。
メイド達の中でのヒジリの評価は、「あのゴミ」で通じる位に落ちてます。




