軽食店での採用面接
ジャック・ライバード。
目の前に居る老人は、俺達の学校で働きたいと言った。
理由は子供が好きだからと言う事だが、困った事が二つあった。
一つは言葉が分からないという事。
俺とカレルの言葉は分かるのだが、その他の人達と会話が出来ない。
それはつまり、採用したとしても、生徒と会話が出来ない事を意味し、割と致命的な欠点だと言える。
そして二つ目。
ライバードの希望は、歴史や地理の教師であったのだが、この世界の歴史や文化の事を彼は全く知らなかったのである。
それは言うなら「漁師になりたいんですが、魚ってどこで獲れるんですか?」と質問しているようなもので、聞かれた漁師が「帰れ」と言うのは誰にとっても納得の事だろう。
「流石に無理でしょ……」
「厳しいですよね……」
そこは再びの軽食店の中。
俺の右手にはカレルが座っている。
正面にはライバードが「ちょこん」と座り、メニューを見ては頷いている。
ユートは存在すら気づいて貰えていないのに、その横に立って「あーだこーだ」と言っていた。
正直な所は、先生は欲しい。
何だかんだで集まって無いからだ。
最悪、言葉さえ通じるのなら、担任だけとして雇っても良いのだが、生徒とコミュニケーションが出来ないと言う事は、担任だけにしても致命的である。
年齢的に体育の教師等、「死ね」と言っているのと変わりないし、かと言って事務員として雇うにしても、やはりは言葉が壁になる。
良い人だと思うし、来る者は歓迎したい。
だが、流石にこれは駄目かと思いつつ、俺は軽く額に手を当てた。
「ふむ……なるほど。大体分かった。
それではこのー……ミルク風味ハルルとやらを一つ頂く事にしようかの」
そんな時に、ライバードはそう言った。確実にメニューの一点を目にして。
「ミルク風味とはなかなかの通ですな!
一見さんは大抵イチゴか、バナナ辺りを攻めるものですが」
こちらはユートで、なぜかの上から。
直後に二人が「ハハハ」と笑い合うので、俺とカレルは瞬きをするのだ。
「……もしかして、見えてるの?」
「うん? ああ、この娘さんな。勿論、最初から見えておったよ」
カレルが聞いて、ライバードが答える。
俺とカレルはその直後には、殆ど同時に「エー!?」と言っていた。
まさかとは思うがマジェスティなのか。そう思った事が原因である。
右肩には確かに妙な物があるが、それは相棒妖精には見えない。
上下に「パカリ」と開いたとしても、ユート程の何かは入れないだろう。
だが、相棒妖精が居ないからと言って、マジェスティに非ずと言う訳でも無し。
「もしかしてその、マジェスティなんですか……?」
ダナヒのような変わり者も居るので、直球でライバードに質問して見るのだ。
聞かれたライバードは「はて」と一言。
「それはアレかな? 専門用語か何かかね?」
そして、少々の疑問顔で逆に質問して来たのである。
用語と言えば確かに用語だが、ライバードが本当はマジェスティならば、そんな反応は返って来ないはずだ。
という事はピシェトと同様に、見えはするけどマジェスティでは無い、と言う、ちょっと特殊な存在なのだろう。
そう言った所に結論を落ち着けて、カレルと見合って「ハハハ」と苦笑する。
そうそう会えないわよ。都合良く。
言いはしないが、カレルの表情は、俺にそう言って来ている気がした。
「すまんが注文をお願いできるかねー!」
そんな中でライバードが手を挙げ、店員を近くに呼び寄せる。
ナニをするのかと見守っていると、ミルク風味ハルルの注文をした。
少し、聞き難かったようではあるが、それは注文としてきちんと伝わり、店員の女性は確認した後に、キッチンの方に向かって行った。
「失われた秘術の解明に比べれば、この程度の事は容易き物よ」
まさかとは思うが覚えたのだろうか。俺達が話していた十数分で。
信じられない気持ちで居ると、ユートがライバードのテストを始めた。
どうやらメニューをランダムに指差して、それの名前を訪ねるようだ。
「これは?」
「ダイアホーンマグロのぶつ切りサラダじゃな」
合って居る。食べた事は無いが。ていうか名前の通りのマグロなら、小舟は一突きで沈没である。
「じゃあこれは?」
「店長オススメの女王イカパスタじゃ」
それも合って居る。イカ自体はおそらく普通のイカだが、スープがなぜかピンクのパスタだ。
雰囲気は伝わる。それがナエミの感想で、「まぁ」と言った記憶があった。
「こいつはおどれぇた! パーフェクツですよ!」
驚いた事に全て合っていた。ユートが驚くのは無理は無い。
実際に注文が伝わった事を省みて、この地方の言語を覚えた可能性が高い。
「嘘でしょ……」とカレルが驚いているが、俺も全くの同感である。
何者なんだ。と言う気持ちは思えばこの辺りで生まれたのだと思う。
「まぁ、このように適応力には、昔から多少の自信を持っておる。
学校の授業が始まるまでには、歴史と社会の学習も終えよう。
ここはひとつ、ワシを信じて教師として雇ってみてはくれんかね?」
断る理由は何も無い。
正直、ちょっとだけ不気味であるが、「不気味だから駄目です」なんて理由がヒドイ。
何より俺は「言葉さえ通じれば」と、心の中で明示をした訳で、その条件がクリアされたのに雇わないと言うのはフェアでは無かった。
「分かりました……それじゃよろしくお願いします。明日にでも現場を見に行きますか?」
「勿論じゃとも! 良かった良かった! ありがとう! お礼を言うよ!」
結果としては許可を出し、聞いたライバードが顔を明るくする。
それにはユートも「ヤッタネ!」と言って、ライバードに親指を立てて見せていた。
妙な人だと思いはするが、ユートが懐くなら悪者では無いのだろう。
素性についてはこれから追々、機会がある度に聞いて行けば良い。
「……学校か。授業を受けるのは嫌だけど、受けさせる側なら楽しそうよねー」
ふと、カレルがそんな事を言ったので、俺は直後には体を向けるのだ。
こちらの世界でも行ったのだろうし、三回も小学生をするのは嫌だと思う。
だが、受けさせるのは楽しそうだと言うのなら、いっそ教師になって貰ってはどうか。
文系はライバードで、カレルが理系なら、足りないのはとりあえずは運動系だけとなる。
「じゃあ先生で! 理系の先生で! 得意ですよね!? そういうの!?」
そう思った為に、迫るようにして、カレルの両手を握って頼んだ。
カレルが来ればギースが喜ぶ。ギースが喜べばニースも喜ぶだろう。
笑顔が広がれば広がった分だけ、学校はきっと楽しくなるはず。
カレルにしても教師と言う立場なら、ギースの悪口も封じ易いのではないか。
そう考えて肉迫したのだが。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ……! ていうか近い……近いからあ……ッ!」
「あ、す、すみません……」
動揺した様でカレルは言って、俺の体を押し退けるのである。
客観的に見たのであれば、幼女を襲う少年に見えたか。
少々行き過ぎた事を恥じながら、眼鏡を押し上げるカレルを眺めた。
「どういう関係じゃね? あの子らは?」
「姉と弟です。リクツは抜きで」
ライバードが聞いてユートが答える。
「ほぉーん? ほっ! 来たぞ来たぞ!」
「ヒャハー! ハルル祭りじゃああい!」
その後に届いたハルルに興奮し、二人はこちらから視線を外した。
それから改めて「どうなんですか?」と聞くと。
「ま、まぁ……やっても良い、けど……理解出来なくても知らないからね……」
と、カレルは要請を承知してくれたのだ。
分からなくても構わない。数学なんてどうせ使わない。
足し算と引き算さえ出来れば生きて行ける、と、俺の爺ちゃんも良く言っていた。(婆ちゃんはその度にため息をついていたらしいが)
俺にとっての問題は、教師が居るか、居ないかなので、問題を一つクリア出来た事に、俺は純粋に喜ぶのである。
あっという間に教師が二人。運動系の教師が見つかれば、最悪それで準備は整う。
間に合わなければダナヒでも良いか? なんて、本人が聞いたら怒るだろうが、この時の俺はそう考えて、思わぬ進展に喜んでいた。
主に性教育担当




